団欒

「そうだ、マロード侯爵用に用意した晩餐がある。一応彼をもてなすために我が家の全力で作り上げたものだ。せっかくだしそれを我らで一緒に食べようではないか。ああいう態度をとっておいて何だが、そちらが仲良くしてくれる気があるのであればわしとしてもやぶさかでない」


 レイノルズ侯爵は少し罰が悪そうに切り出す。

 初めに婚約が決まった時に冷たい態度をとってしまったので思うところがあるのだろう。とはいえ、あの時にああいう態度をとったのは父上が無理矢理婚約を決めてしまった以上仕方ないところがある。


「そうですね、私としてもせっかくやってきた新しいところなので仲良く出来るのであればそれに越したことはありません」

「おお、そう言っていただけて嬉しい」


 私の答えに、レイノルズ侯爵はほっとしたように頷く。

 続いてロルスが私に言う。


「僕も君が魔力が得られたら君は戻っていくなどと思ってしまって申し訳なかった。レイラも色々苦労しているというのに、いけすかない貴族の一員として解釈してしまっていた」

「うん……とはいえ、私もついこの間までは本当に魔法が使えた訳じゃないから仕方ない」


「そうか、逆に気を遣わせてしまってすまないな」

「ううん」

「よし、それなら早速夕食の準備をさせよう。マロード侯爵と一緒なのかと思って憂鬱だが、そうでないと分かれば久しぶりのご馳走だ、積もる話でもしながら楽しく食べようじゃないか」


 レイノルズ侯爵は明るく言った。

 それを聞いて私の心も軽くなる。



 

 元々もてなしの用意がされていたからだろう、それからすぐに夕食は用意された。正直実家でずっと見ていた豪勢な料理に比べたら大したことはなかったが、そんなことはどうでも良かった。

 ここには自分をなじってくる人はもういない。レイノルズ一族との関係はまだ始まったばかりだが、これからうまくやっていけばいい。


 夕食前になると、レイノルズ夫人やロルスの幼い弟や妹、さらには執事など様々な人物がやってきて私に挨拶する。きっと今までは意識的に私と出会わないように避けていたのだろう、これまで感じていたよりも屋敷には多くの人が暮らしていた。


 そしてそんなレイノルズ家の人々と共に私たちはテーブルを囲む。

 ひとしきり今日あったことを話したり、マロード侯爵への愚痴で盛り上がったりした後、話題は自然に私のことになる。


「ところでアンナは実家ではあまりいい扱いを受けていないと聞いたけど、どうだったんだ?」

「実は……」


 そう言って私は生まれてからのこと、そしてブランドのことをかいつまんで話す。本当は和やかな食事の雰囲気を壊さないように控えめに話すつもりだったのに、話し始めると止まらなくなって、気が付くと随分熱を入れて話してしまっていた。


 おそらくこれまで自分の境遇を素直に打ち明けられる相手がいなかったが、ずっと心の底では誰かに打ち明けたいと思っていたのだろう。


「……ということがあったんです」


 話し終えると、あまりの私の熱の入りように食卓も静まり返っていた。

 それを見て私は一瞬後悔する。この家でせっかく初めての晩餐会だったというのにいきなりこんなに自分語りをしてしまって引かれていないだろうか。

 私はそう心配しつつ周囲をうかがった。


 が、私の心配に反してレイノルズ一家の反応は好意的だった。


「そうか、そんなことがあったのか。そうと知らずにすまなかった」


 まずはレイノルズ侯爵が同情と後悔の視線をこちらに向けてくる。


「今の話を聞いて申し訳なくなった。君が怠惰で魔法が使えるようにならないという噂を聞いていたけど、そうではなかったんだな。というか、思い返してみると僕の方こそどうせ貧乏貴族だからって大して頑張らなくてもいいと甘えていたところがあったかもしれない」


 レイノルズもそんなことを言う。


「公爵家に生まれたと聞いて楽な暮らしをしていたのかと思っていたけどそうではなかったのね」

「というかブランドというのは大層酷い人物だわ」


 他の人々も口々に私への同情を口にする。

 少しの間私は目の前に広がる光景を信じることが出来なかった。実家ではもし自分の境遇が辛いなどと言えば、「怠けている癖にそんなことを言うな」「そう思うならさっさと魔法の一つでも使えるようになれ」などと言われて終わりだっただろう。


 もちろん今は魔法が使えるようになってはいるが、仮にそうでなくてもここでは私の境遇に対して同情してくれそうな気がした。


「おい、大丈夫か、泣いているぞ!」

「え!?」


 侯爵の言葉で私はようやく自分が涙を流していることに気づく。

 どうやら話に熱が入りすぎて昔のことを思い出し、知らないうちに目から涙がこぼれていたようだ。全く気付かなかったが、気づくととても恥ずかしい。


「すみません、こんな場で……」

「いや、いいんだ。それなら今度は僕の話でも聞いてくれないか?」

「おい、彼女が悲しんでいる時にまた暗い話をする気か?」


 話題を変えようとしてくれたロルスに侯爵が苦言を呈する。とはいえ、ロルスの話は聞いてみたかった。何せ私はここに来てからまだまともに彼の話を聞いてはいないのだ。


「いえ、私はロルスの話を聞いてみたい」

「いいのか? 父上の言う通り、あまり愉快な話ではないが」

「いいの。これから一緒に暮らすんだから」

「ありがとう。それなら聞いてくれ」


 そう言ってロルスは話を始める。

 ロルスの話はある意味私と逆で、周囲に全く期待されずに育ってきたらしい。幼少期は武術や学問に精を出していた彼だったが、周囲の大人たちはロルスがいくら頑張っても、「所詮貧乏貴族」と取り合わなかったらしい。


 そしてその話を聞きながら渋い顔をしている侯爵もそんなロルスにあまり関心がなかったのかもしれない。

 また、ロルスの話の中にはマロード侯爵を含む数人の貴族に馬鹿にされたり辱めを受けたりしたエピソードもあった。


「……まあ僕のこれまでの人生のことだから無限に語れることはあるからとりあえずここまでにしておくよ。ただ一つだけ覚えておいて欲しいのは僕が初日に君に冷たい態度をとったのは、これまで見下され続けた上にオールストン家という名門貴族から僕を厄介払い先みたいに扱われたのが頭に来ていたからなんだ」

「うん、分かった」


 父上とロルスは今の話を聞いた限りでは婚姻話が出るまでは接点がなかったようだが、きっと彼は幼いころからのトラウマのせいで名門貴族というだけでアレルギーのようなものがあるのだろう。

 こうしてお互いの話が終わるころにはすっかり夜も更けていたのだった。

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