追い出し縁談

 それから数日後、私は家族の中でまるでいないものとして扱われていた。私が廊下を歩いていても誰も挨拶どころか目を合わせることすらしてくれない。

 学問と実技の先生だけは変わらず来てくれたが、普段より態度がよそよそしくなっていて、見るからに適当に授業を済ませて帰っていってしまった。そんな態度をとるぐらいならいっそ私の自由時間にして欲しかったんだけど。


 とはいえ、最初は少し戸惑ったものの慣れてくるとそこまで嫌ではなかった。いないもの扱いよりもそれまでの無能扱いの方がよほど苦痛だった。

 別に私は好きでずっと魔術の練習をしてきた訳ではない。ただ血筋だから仕方ないと思ってやっていただけだ。

 だからもうしなくていいと分かると、途端に気が楽になってしまった。


「それならいっそこんな家、出ていってやろうか」


 私がそんなことを考え始めた時だった。


「レイラ、話がある」


 私は突然父上に部屋に呼び出される。その声を聞いて私は鼓動が早くなるのを感じた。前にも突然呼び出されてひたすら怒鳴られたことがある。もしかしてまたそうなるのだろうか。もしそうなったら今度こそ家出の計画をちゃんと立てよう。


 そんな決意を固めつつ父上に向かい合って座る。

 婚約破棄された日に怒鳴っていた父上と違って、すっかり私への期待を失った冷ややかな表情だった。


「一体何でしょうか」

「お前のような無能をオーガスト家の嫡男と婚約させたのはわしの間違えだった」

「はあ」


 あの婚約に関しては完全に父上が勝手に決めた婚約だったので、私からはそれしか言えない。

 とはいえ、普段なら「他人事するな!」と罵声が飛んでくるところだったので私はすぐにしまったと思ったが、今回に関してはそうでもなかった。父上は全てを諦めたような無表情で続ける。


「そこでお前はレイノルズ家のロルスと結婚することが決まった」

「婚約ではなく結婚ですか」


 婚約をすっ飛ばしていきなり結婚なんて珍しい。

 しかも普通は婚約破棄された人は次の縁談まである程度期間を空けるものではないか。


 私は疑問を浮かべたが、父上はすぐに頷く。


「ああ、お前のような役立たずは婚約期間を挟めばまた婚約破棄されてしまうかもしれないからな。結婚させてしまえば簡単に離婚することも出来ないだろう」

「……」


 そういうことか、と私は力なく頷く。

 本当ならそんな物のような扱いをするなんて、と怒りを抱くところだったけど、自分のそれまでの人生がずっと物のような扱いだったせいでそんなことも思わなかった。


「レイノルズ侯爵は我が家の足元にも及ばないぱっとしない家だ。だから今回の縁談は二つ返事で受けてきた。きっと向こうは家柄だけ見てお前が魔術の才媛だと思っていることだろう。ロルスというのがどういう男かも知らないが、せいぜい化けの皮が剥がれぬようにするのだな」


 そうは言うものの、父上の顔には「どうせ無理だろうが、向こうで何を言われようと知ったことではない」と書かれている。


「……分かりました」


 私もレイノルズ侯爵という家の名前は聞いていなかったし、父上の意図はろくでもないものであることは伝わってきたが、特に異論はなかった。

 名前を聞いたことがないということは少なくとも、特別に悪い家という訳でもないということだろう。

 だったらこんな家にいるよりはまだましになるかもしれない。


「やけに物分かりがいいな。もっとも、今の状況を考えれば当然か。明日には送り出すと伝えているから準備しておけ」

「……分かりました」


 明日、というのは十分急だなと思ったが、今回の婚約破棄の件を向こうが聞けば気が変わってしまうかもしれない。それを恐れてさっさと送り出してしまうということだろう。


 これではまるで追い払うみたいだ。

 もっとも、ある意味家出する手間が省けたとも言えるかもしれない。

 豪華な服も部屋も食事もいらない。ただ平和な生活が出来ればいいな。


 そう思いながら私は自室へと戻った。

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