父の怒り

「ん、どうしたんだ? やけに帰りが早いが」


 ブランドに追い出されるようにして家に帰ると、予定より早く帰って来た私の姿を見て父上が首をかしげた。今年で四十になるがまだまだ働き盛りで、魔術師の割にガタイも良く、初対面の人が見れば少し恐ろしいかもしれない。

 とはいえ今の私は満足に魔法を使えずブランドには一方的に罵られ、かなり憔悴していた。

 そのため普段は宮廷魔術師として王宮では威厳に満ちている父上も、少し心配そうに私を見つめる。


 父上に泣きつくような形になるのは少し悔しいが、さすがにこんな理不尽な仕打ちを受ければ慰めの一つも口にしてくれるかもしれない。

 父上も自分で手配した婚約を一方的に破棄したブランドの行いを聞けば許しはしないだろう。そんな願望を抱きつつ私は口を開く。


「それが、ブランドにお前は魔法も満足に使えない無能だと言われて、婚約破棄するから出ていけと言われたんです」

「何だと!? それでどうしたんだ?」


 父上は驚きつつも尋ねる。

 が、私には父上の質問の意図がよく分からなかった。


「あの、それで、というのは?」

「当然言い返したんだろうな?」

「はい、ですが魔法を使ってみろと言われて使おうとしたんですが、それに失敗して……」

「それで失敗して追い出されて帰って来たのか?」


 そこで父上の表情がすっと変わるのを感じた。

 これまで何回も怒られてきた私には分かる。これは良くない前兆だ。


「は、はい……」

「この大馬鹿者! お前は我がオールストン家の代表として婚約しているということを理解していないのか!? 我が家のことを馬鹿にされて黙って帰ってくるなど何という恥さらしだ、情けない!」


 続けざまにとんできた罵倒に私は驚きと悲しみで何も言えなくなってしまう。

 先ほどブランドに色々言われたが、ブランドの非にならぬほど痛烈で勢いのある罵倒だった。

 しかも父親は言っている間にどんどん感情がヒートアップしてきたのか、顔を真っ赤にし、唾を飛ばしながら続ける。


「全く、お前は昔から魔法はろくに使えない役立たずだったが、まさかそこまで馬鹿にされたまま帰ってくるとは! そもそもお前がきちんと魔法を使えさえすればこんなことにはならなかったというのに! お前のせいでわしが王宮で『偉大な魔術師と言っても子育てに失敗した』と陰口を叩かれているというのも知らぬのか!?」

「す、すみません……」

「それに加えて……」


 それから父上の説教、というよりは罵倒は一時間ほども続いた。

 一時間近くもまくしたてるようにしてしゃべり続けた父はやがて疲れたのだろう、そこでようやく言葉を途切れさせる。


「……もういい、お前には何もしない。こうなったらすぐに追い出しているから覚悟しておけ」


 そう言って父上は足音を響かせながら去っていった。


 それを見て私は悲しみを通り越して無気力になる。今までは頑張ればいつか努力が報われると思っていたが、婚約破棄されて父にも見捨てられれば貴族令嬢としての人生は終わったと言っても過言ではない。


「はあ、もう知らない」


 いつもなら日課の魔術の訓練をしなければならないが、これまで十六年間上達しなかったのに、今更練習したところで無意味だろう。


 そう思った私はさっさと自室に戻ってベッドに入る。

 普段ならそんなことをすれば先生には「無能な癖にサボるなんて何を考えている」と激怒されるのだが、今日はもはや見捨てられてしまったせいかそれすらなかった。

 もう何もかもどうでもいい、と割り切ったのが良かったのか、その日はショックだったはずなのに今までよりもすぐに寝付くことが出来たのだった。

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