生憎のお天気

「御覧ください。この生憎の空模様を。昨日は晴れだったんだけどねえ。これじゃあ、折角の学園祭も台無しだよ」


「古田、前置きはいらない」


 世間話から興じた俺を咎めたのは、高梨さんだった。いつにもまして声は鋭い。彼女は彼女で、学園祭総合優勝という目標に向けて、真剣に今日を取り組む気らしかった。

 正直、彼女ほど周囲を引っ張ってくれる人がこうして俺とか七瀬さんの目標に対して協力的なことは、非常に助かる。


 陽の中の陽の者な彼女が一言頑張ろうと言えば、それは俺や七瀬さんの発信力とは比較にならない程の効力を発揮するだろうから。


 本当、彼女……とか、綾部さんの協力的な姿勢には何度も助けられてきた。感謝しか、ありはしない。


「まずは皆に。本当にごめん。需要云々の話をしておいて、当日雨で肌寒くなる可能性を考慮していなかったのは、明らかに俺の落ち度だ」


 だからこそ、俺はけじめとばかりに謝罪した。


「そんな。天気まで考慮しろだなんて言えないよ」


 綾部さんは困惑げに言っていた。


「俺が言いたいのは、当日の天気をどうにか出来なくてごめん、という話じゃない。

 天気や気候を考慮した商品選びをしなくて、ごめんって言うことだよ。

 九月末は残暑もある季節だけど、こうして雨が降ったりすると途端に肌寒くなったりする。つまり、雨が降ったらミックスジュースでは採算が取れなくなるかもしれない。

 もし事前にそこまで頭が回っていたら、多分商品自体を別の物に変えていた。だから、そこまで頭が至らなくて、ごめん」


 教壇の前で頭を下げると、教室は相変わらず静まり返っていた。


「古田」


 高梨さんの声だった。


「はい」


「あたし言ったよね。前置きは良いって」


「……うん」


「別に、今日の商品を決めたのはあんたじゃないでしょ。ミックスジュースにしようと思ったのは、このクラス全員だよ。あんたが一人頭を下げる意味がわからない。

 七瀬さんの言葉を借りるなら、もっと建設的な話をしようよ」


「え、なんで聞いているの?」


 直前の七瀬さんとの会話を聞かれていたことを知り、俺は今すぐに教壇から降りたいくらいに恥ずかしさを覚えていた。


「……あんた達が気付いていないだけで、皆あんた達待ちだったのよ。

 だから、いい加減話を進めて。時間が勿体ないでしょ。文化祭二日目始まっちゃうよ」


 七瀬さんをチラリと見たら、彼女も恥ずかしそうに俯いていた。


 俺はこうまで言われたら、いくら恥ずかしくてもここから離れるわけにもいかず、苦笑しながら気を取り直した。


「……わかったけど、どこから話そうか」


「対策、二つあるんでしょう? それを話してよ」


「ああ、うん」


 俺は頭を掻いて、わざとらしい咳払いを一つして、続けた。


「対策一つ目は、宣伝係を一人補充すること」


 指を立てて第一の対策案を述べると、クラスから唸り声が聞こえた。


「古田君、いいかしら」


 ようやく復帰した七瀬さんが、手を挙げた。


「はい。なんでしょう」


「宣伝係を増やす、ということは、実質料理係を一人減らすってことよね」


「うん。そうだね」


「料理の方の人手は足りるの? 料理係は受付も兼任してもらうことになっているけど」


 はい。そう思うでしょうね。


「幸か不幸か。外はこの空模様だし、当分出店が閑古鳥に近い状態になる前提の対策案だよ」


「なるほどね」


「勿論、これは暫定的な対策だよ。繁忙時期になれば料理係の人数は戻す。あくまで一時的な対策だ。

 ……誰かさんの話だと、この雨は午後からは止むらしいしね」


「それは間違いないわ」


 本当、七瀬さんはどっかの局のアナウンサーの天気予報に妄信的だな。

 俺は苦笑した。


「あと、これだけ肌寒いなら作り置きの総数も増やしていいだろう。午前中の在庫ベースを七十杯から百杯に増やそう。

 これで、宣伝係を増やしたマイナス部分も後々巻き返せる」


「だけど、宣伝増やしたくらいじゃあ、どこまでお客を増やせるかは疑問符だね」


「やっぱり、皆で自腹切って買おうよ」


「いや、それはインチキだろう」


 妙案が浮かんだとばかりに得意げな高梨さんを無下にすると、彼女は頬を膨らませていた。


「まあ、いいや。古田の言う通りは言う通りだし」


 しばらくして、高梨さんは納得して、続けた。


「で、もう一つの対策は?」


「ああ、それね」


 ポケットから、俺は輪ゴムでまとめた紙の束を取り出して、教壇に置いた。


 ドン、という異様に大きな音が、教室内に響いた。


「……何、それ」


「本当は在庫が余りそうな時に、在庫処分をするために、作業指示書を作った時に刷っておいたんだよ」


「その紙の束を?」


「うん」


「……古田君、それは何なの?」


 七瀬さんに尋ねられ、俺は一度天を仰いだ。なんと説明したものか。印刷したは良いが、どう説明するかまでは考えていなかったな。


「……君達は、閉店セールをしているお店とか、見たことはないかい」


「何よ。そんなのしょっちゅうあるわよ」


「ああいう店ってさ。閉店セールをしてみたら意外とお客が増えて、中々閉店しないケースがあったりするんだけど、そういうの知ってる?」


「そういえばこの前、テレビでそんなのやってた。一年以上閉店セールしているお店があるとかなんとか」


「そういうの見て、おかしいと思ったことはあるかい?」


「まあ、あるね。そもそもおかしな話だし」


 高梨さんが同意した。


「需要がどうのって話を今しているから思うけど、お店が閉店するってことは、その店の需要はなかったってことだもんね。それなのに、いつまでも閉店セールをして存続させるだなんて、おかしな話。それじゃまるで、閉店セールをすることで客が増えて、需要が増えたように聞こえるし」


「需要が増えたように聞こえるんじゃなくて、実際に需要が増えているんだよ。在庫処分のための価格低下で、手頃な価格になったから売り上げが伸びるようになってしまったんだよ。値段が下がればお手軽に買う層も増えるし、価格を見て敬遠していた層も手を出すようになる。

 だからいつまで経っても閉店セールをしているだなんてお店があるんだ。

 そういうケースを鑑みると、今回のミックスジュースの需要を満たす手段、見えてこない?

 つまりさ、今このミックスジュースに需要がないのなら、値段を下げて需要を増やすようにすればいいんだよ」


「古田君、まさかそれ……」


 七瀬さんの言葉に、俺は頷いた。


「そう。これはミックスジュースの百円割引券だよ」

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