残暑とは?
学園祭も初日が終わり、今日が二日目。
いつもより少しだけ早く目が覚めた俺は、いの一番に窓を覆う水玉色のカーテンを開いた。
明るい一日は明るい光を浴びてから。
そんな光合成を行う植物のようなことを思って、俺はカーテンを開けたのではなかった。
「あちゃー」
空を覆う厚い雲、そしてその雲により隠されて、一切照り付けてこない大きな大きなお天道様。
俺は、少しだけ困ったように頭を掻いた。
一週間ほど前から、今日の空模様はずっと注視してきた。そして、ずっと好転しなさそうな天気予報に憂いを覚えていた。
以前の人生で一度は体験している日の天気だが、さすがにそんなことを事細かに覚えていられるはずがなかったから、今日まで毎日、天気予報を見ては憂いて、不安を覚え続けてきた。
ベッドから体を起こす前に肌に触れる空気が冷たくて、もしやと思ったが、どうやら俺の悪い予感は見事的中してしまったらしい。
太陽を覆う厚い雲。
シトシトと降り注ぐ雨。
そして、肌寒い外気温。
「残暑だからミックスジュースの需要があるとか言った奴、誰だったかな」
窓際で腕を組み、頭を捻った。
うん。俺だ。
大戦犯じゃん、俺。
総合優勝出来なかったら、どうしよう……。
* * *
教室に辿り着くと、既にクラスメイトの半数は教室にいた。だが、昨日と比べるとどこか静かだ。まるで何かを憂いているようにすら見えた。というか、憂いているのだろう。
「皆、今日幾ら持ってきた?」
陽の中の陽の者、高梨さんが同じクラスの陽の者グループの人達に話しかけていた。
「三千円」
「二千五百円」
「五千円」
「よし。じゃあ皆、有り金全部ウチの店で使うわよ」
さすがにそれはいかんでしょ。完全なるインチキだよ。
この感じ、やはり皆も気付いているのか。
恐らく今、皆が憂いているのは、今日やる出店のミックスジュースの売れ行き。
色々と学園祭における条件を分析して売れ行きを見込めると判断して選んだミックスジュースだったが、今日の今日になって大きな不安要素が飛び込んできた。
今回、俺達がミックスジュースを出店に選んだ理由は大きく分けて二つ。
一つは、作り置きが出来て料理班を減らし、宣伝班を増やせる優位性。
そしてもう一つが、九月末という残暑のあるこの時期だからこそ、冷たい飲み物に需要があると判断して、だった。
教室の窓から外を見ると、朝家を出た時よりも強めの雨が窓を叩いていた。
これほどの大雨の日で、かつ肌寒いとなると、冷たい飲み物を飲みたいと思う人は激減するだろうなあ……。
つまり、需要減の売れ行き減少。
優勝を目指す俺達にとって、これほど大きなマイナス要素はない。
俺は大きなため息を吐いて、外で降り続く雨よ、止んでくれ、と念を送っていた。
「だーれだ」
そんな俺の視界が、突然真っ暗闇になった。
目の周りに温もりを感じていた。
「七瀬さん」
「正解」
七瀬さんの声は、今日も変わらず楽しそうだった。
「……君は、随分楽しそうだね」
「そういう古田君は、どこか陰鬱ね」
「そりゃあ、この雨じゃあねえ」
「今日の最低気温、九度ですって」
「そりゃあ、肌寒いわけだ」
「うふふ、そうね」
能天気に笑っている七瀬さんを見て、俺は呆れるように目を細めた。
「これじゃあ、ミックスジュースの売れ行き悪くなるだろうね」
「昼頃には止むそうよ」
七瀬さんの言葉を聞いて、俺は細めた目を教室の窓の外に向けなおした。
「これが昼には止むのかねえ」
「絶対止むわ」
「凄い自信だー」
「お天気お姉さんの天気予報は百発百中よ」
どの局のアナウンサーに対して言っているかはわからないが、珍しく妄信的な七瀬さんに、俺は苦笑していた。
「それに、あんまり現状を憂いていても好転はしないんじゃない?」
「まあ、そりゃあねえ」
「そうよ。心配するよりも、もっと建設的な話をしましょう?」
「……そうだね」
七瀬さんの仰る通りだ。
その通りすぎて、返す言葉も見当たらない。
「ねえ、古田君」
「何?」
「それでなんだけど、古田君は今、この空模様への対策として、どんなことを考えているの?」
最早俺が対策を考えている前提で、七瀬さんは微笑みながら言った。
ああ、なるほど。
彼女が今日この天気を前にして、こうまで一切不安げな姿を見せないのは、どうせ俺が何やら手を考えているだろうと思っていたからか。
まったく、過度な買い被りはよしてくれ。
「対策は、二つ考えてある」
まあ、考えてはいるけどさ。
一週間も前から今日が雨になりそうだと知っていて、無策で今日を迎えるだなんて、元サラリーマン失格だからな。
出来るサラリーマンとは、常に最悪のケースを想定して、バックアッププランを講じておくものだ。
まあ、俺は決して出来るサラリーマンではないのだが。何度も社会人時代を経験して、上司に叱られた回数は数知れない。
「へえ、その対策は?」
「……そろそろ皆集まっているし、皆の前で話すよ」
少しだけ大きめの声で言うと、不安げな声が漏れていた教室が静まり返った。
どうやら、大概他の連中にも、俺は頼りにされていたらしい。
……昨日の催し物のダンスでは、久しく忘れていた出来るようになる快感を思い出せた。
失敗するかもしれない恐怖を。
それを乗り越える快感を。
俺は、昨日思い出せた。
だから、今日はまた違う快感を味わおう。
培ってきた経験を以て、出来ることに対して満点の成果を出す喜びを、味わおう。
「皆さん、おはようございます」
静まり返る教室で、俺は教壇から一人微笑んだ。
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