ウジウジ女子のお手伝いをしました!
ベタな展開
中間テストが終わったその日、俺は再び妙にリアルな夢に没入することになった。
いつかの夢の時、あの時の俺は確か、進学した大学はランクアップ出来たものの、就職先のネームバリューアップまでは果たすことは出来なかった。
しかし、中間テストから十年経った今、その後も俺の成績は七瀬さんや倉橋さんにフォローしてもらったおかげでぐんぐんと向上を果たしていった。
そして、それなりに名の知れた大学に入学して、四年になって就職を果たしたのは、以前よりも年収が高い企業だった。恐らく、前の俺であれば箸にも棒にも掛からないような有名企業。運よく、そんな大企業にお世話してもらえることになったのだった。
その企業は、二十代で家が建つと界隈では有名な企業だった。
それくらい、功績に見合った給料が配布されることで有名だった。
だけど、同じくらいこの企業では有名な文句がある。それは四十代では墓が建つ、というもの。つまるところ、この企業は給与体制は良いが、それだけ業務時間への束縛も多く、功績に対する評価も厳しい企業だった。
あまりこういう貶すような表現は好きではないが、まあ所謂、ブラック企業というやつだ。
その企業で働き始めて数年が経ち、心身ともに疲労は隠せないまでに、俺は衰弱していた。
「先輩、いつも以上に声が疲れてますね」
夢の中、俺はスマホにかかってきた電話に応じた。相手は、倉橋さん……いいや、真奈美だった。
真奈美とは、山鳴高校の文芸部に入部して以来、腐れ縁となっていた。
彼女は往来からの姉御肌の持ち主だったが、他人に甘えることの重要さを理解して以降は、度々俺達を頼ってくれるようになっていったのだ。
そして、俺としても彼女のそんな世話好きな一面に助けられる機会も多く、この高校時代を振り返ってみると、前とは違い彼女と時間を共にする機会が多かったと思う。
そして、そこそこの大学に入学した翌年、真奈美は俺と同じ大学に進学してきた。
君ならばもっと上の大学に行けたのでは、と質問したのは、再会してしばらく経ってから、彼女が成年したその日、彼女のアパートにお邪魔して、二人で酒を飲んだ日のことだった。
『やりたいことがあったので』
真奈美は頬を染めて照れながら言った。
酒で頬が染まっていたのか。もしくはそれ以外の感情からそう言ったのかはわからなかった。だけど、酔いが回った俺の体が、心臓が、彼女の微笑みで高鳴ったことは事実だった。
「先輩、疲れすぎて声すら出せなくなりましたか?」
受話器から漏れる心配げな声に、俺ははっとさせられた。
「いいや、すこぶる元気だ。君との思い出を思い出していた」
「そうですか。それなら良かった。また変なこと言っていることに関しては突っ込まないであげます。で、今度いつ会えますか?」
「当分無理だ。いやあ、身が一つでは足りないくらい忙しいというのも悩みものだな。アハハハハ」
乾いた笑みを浮かべていると、
「そうですか……」
受話器から寂しそうな声が漏れていた。
「まあ、それだけ給料がいいから文句はないよ」
俺は自分に言い聞かせるように言った。
「……でも先輩、お金貯めてもすることないじゃない」
「そうだなあ。独り身で家を買ってもしょうがない」
「そうですよ。未だに恋人の一人もいないくせに、お金ばかり貯めてもしょうがないじゃないですか。
……だから、そろそろ少しくらい、余裕のある仕事に転職したらどうですか?」
「そうは言っても。転職活動が上手くいくとも限らない。辞めた後は当分無職だからなあ。選り好みする時間もないだろう」
「……そうですね」
しばらく無言の時間が流れた。
時計の針を刻む音だけが、ひどく耳障りだった。
無言の空気で、俺は眠気から大きなあくびを掻いた。
「先輩、じゃあこういうのはどうでしょう?」
「え?」
「この方法を採用してもらえれば、先輩の不安は色々一挙に解決します」
「……へえ、例えば?」
「例えば、転職活動に選り好みする時間を設けられます」
「…………うん」
「他には、今の社員寮を出ることになっても、一生涯衣食住は約束されます。更に、独り身の孤独感も紛らわせます」
「………………凄い、ね」
どこか緊張しながら話す真奈美に対して、俺は日頃の疲れのせいなのか強烈な睡魔に襲われ始めていた。
社員寮の地べたに腰を下ろして、テーブルに並べたコンビニの総菜を摘まんでいたのに、どうも食欲も無くなり始めていた。
そんな俺の様子を気に留めることもなく、真奈美は緊張を解き放つように大きな息を吸って、吐いていた。
「はい。そうです。凄いんです。だから、先輩」
視界がうつらうつらしている中、受話器から真奈美は声を紡いでいった。
「……先輩、あたしと――」
夢は、唐突に終わりを告げた。
時たま、夢が覚めたその後も、あの時倉橋さんが俺になんと言うつもりだったのかを考えることがある。
だけど、答えはどうしてもわからない。
だから俺はそれ以降、深く考えるのを止めてしまった。
* * *
中間テストが終わった週の土日休み。俺は久しぶりのシャバの空気を満喫するべく、自転車を走らせて甲府市街を巡っていた。
テスト結果は、そこまで悪いものではなかった。むしろ、個人的には手放しに喜ぶくらいの評価だった。
だけど、件の鬼軍曹七瀬さんは、俺のテストを見た後、すこぶる機嫌を悪くした。
どうやら自分が教えたにも関わらず、俺の結果が思い通りの水準まで伸びなかったことが悔しかったらしい。彼女、あれで結構負けず嫌いらしい。
七瀬さんは、次回の期末テストでも俺にレッスンを課すことをご教示してくれた。
テストの点数が上がることは嬉しいが、鬼軍曹は辛いなあ、というのが、正直な俺の感想だった。
だけど、本当に文芸部に入部させられて、最早逃げる術もない身では、抗うこともままならない。
ちなみに、そんな俺達を見ている倉橋さんは、いつもよりも少しだけ楽しそうに笑っていた。
前見ていた東京の喧騒とした街並みが脳裏を過る中、こじんまりとした市街地の脇道みたいな公道の隅を自転車で走っていた。
この辺は、庄和町の方に来年開業する大型企業のモール型ショッピングセンターの影響で、人が流れて閑散としていく運命ということを、俺は知っていた。駅前にある百貨店も、最終的には閉店したんだっけか。
一度目の高校生当時はそんな未来が待ち受けることは知る由もなかったし、何よりあまり興味もなかった故に気にすることはなかったが、こうして考えると、なんだか寂しい気持ちに襲われるのはどうしてだろう。
俺は目に刻まれる光景を忘れないようによく見て自転車を走らせた。
「ん?」
そうして民家に近い裏路地のような道に、ここを抜ければ平和通りに入るような小道で、俺はあるものを見つけるのだった。
前方の更に細い道で、何やら見覚えのある少女が男数人に絡まれていたのだ。
柄の悪い男から発せられる声を聞く感じ、あれは所謂ナンパってやつだろう。俺は物珍しいものを見て、完全に足を止めてしまっていた。
女子は困った顔を隠すように苦笑しながら、何とかこの場を脱する手段はないかと模索しているように見えた。
しばらくして、女子と目が合った。
「あっ、古田君。ようやく来たー!」
快活そうに微笑む女子……クラスメイトの綾部さんに、俺は目を丸めた。
「もうっ。固まってどうしたの?」
どうしたのって、驚いてるの。
綾部さんはナンパ男子の前からこちらに駆けてきて、自転車に跨る俺の腕に自らの腕を絡めて、歩き出した。
「ほら、行こう?」
なんだかよくわからず、俺はただ黙って綾部さんに従って、呆気にとられるナンパ男子共の前から二人で立ち去った。
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