生真面目後輩は知っていく。

「古田君。どうして正座させたかおわかり?」


「御意」


「じゃあ、言ってみて?」


「わたくし、結構キレっぽいのです」


「そうね。いつかの市役所みたいに、随分と捲し立てていたわね」


「はい。……ごめんなさい」


「聞こえない」


「この度は、大変失礼しましたっ」


 放課後、部室。

 俺は文芸部員に囲まれながら、正座して謝罪を繰り返していた。


 理由は勿論、昼休みの白井先輩への態度。いくら横暴な態度を示されたからって、ありゃあさすがに言い過ぎた。遺恨を残してどうする、遺恨を残して。


「こういうのは、いくらカッと来ても円満に済ませるべきです」


「そうなのね。とてもそんなことわかってる態度には見えなかったけどね」


「はい」


「それに、ごく自然に文芸部員であるみたいなこと言ってたし。この部の評価、ダダ下がりね」


「はい」


「一先ず、あとで入部届持ってくるから、ちゃんと書いてね」


「はい。……え?」


 居た堪れなくてずっと俯いていたが、驚いた拍子に顔を上げてみると、七瀬さんはふざけているようにニヤニヤしていた。 


「やっとこっち見た」


「……はい」


「勘違いしないでよね。あたし、別に怒ってないよ?」


「え、そうなの?」


「うん。面白かったから、ちょっと虐めてみたの」


「へー」


 なんだよ、人が悪いなあ、もう。


「正直に言うとね。多分だけど、あなたがあの時怒ってくれたのは正解だったわ」


「何故?」


「多分、どちらにせよ倉橋さんか……あたしが怒ってた」


「ほう」


 それは、どっちも少々見てみたかった。


「でも、多分あたし達だと、あなたみたいに正論で捲し立てることは出来なかったと思うの。醜い言い争いの喧嘩になっていたでしょうね」


 それも……ちょっとだけ見てみたかった。


「だから、あたしは怒ってない……し、倉橋さんも怒ってないと思う」


「だけど、彼女がここに来たら、一先ず謝るよ」


「そうした方がいいでしょうね」


 七瀬さんは微笑んでいた。


「あと、入部届の件は冗談じゃないから」


「なんでまた?」


「べ、別に深い意味はないのよ?」


 深く聞き出そうとすると、七瀬さんは頬を染めてそっぽを向いた。


「ただあなた、このまま無所属を貫くわけにもいかないでしょう?」


「そうかなあ」


「内申点に響くかも」


 あー、それはまあ確かに。ちょっと嫌だ。


「わかった。じゃあそうするよ」


 別にこだわりがあって無所属を貫いているわけでもないしな。ここいらで、部活に入るのも楽しいだろう。


「……それにしても、倉橋さん、遅いね」


 そう切り出した途端、部室の扉が開かれた。


「あ、先ほどぶりです」


 入ってきたのは、倉橋さんだった。なんだか、さっきに比べて、吹っ切れた顔をしているような気がするのは気のせいだろうか。


「遅かったね。それで早速だけど」


 俺は、倉橋さんに向けて頭を下げた。


「先ほどは遺恨を残すような真似をして、ごめんなさい」


「えっ!? い、いいんですよ。あのままだったら、多分あたしが怒ってました」


 倉橋さんは慌てながら俺の釈明をしてくれた。

 その言葉を聞いて、俺は七瀬さんと顔を見合わせて、乾いた笑いを浮かべていた。どうやら、七瀬さんの言う通りだったらしい。


「まあとりあえず、許してもらえてよかった」


 そう言いながら、俺は立ち上がっていた。


「それじゃあ、ソフト部のところ行こうか」


 中断されていた大会当日の移動手段の件を解決させようと思ったのだった。


「あ、その件ですが、先ほどソフト部の部長と話してきました」


「え」


 俺と七瀬さんは、目を丸めた。


「一人で話してきたの?」


「はい。なんとか良い返事をもらえました。当日、何とかなりそうです」


「それは良かったけど……」


 けど、結局彼女、一人でなんとかしてしまったのか。少しだけ寂しかった。


「ごめんなさい。やっぱり、自分で出来ることはなんとかしようと思って」


「……そう」


「はい。あと、白井先輩ともまた話してきました。移動手段がなんとかなったので、試合に出ますよって」


「えっ?」

 

 俺は驚いた声を上げた。


「なんで? あんな横暴な態度をされて、試合に出る必要なんてないじゃない」


 七瀬さんの言い振りに、俺は頷いた。


「そうだよ。……あんな言い方をした俺が言うのもなんだけど、あんな実力がどうのの話をした以上、君、試合で人一倍活躍しないといけなくなったんだよ?

 もし結果が出せずに、おまけに試合にも負けたりしたら、一生恨まれるかも」


 移動手段の件は見通しは付けるつもりだったが、喧嘩別れのような白井先輩との別れ方をした以上、もう倉橋さんはバスケ部の試合には出ないと思っていた。


 それは何故かと言えば、今言った通りだった。


 いくら運動神経が良いとは言っても、所詮彼女は素人。そんな彼女が、部員にも勝る結果を出せるのか。

 心のどこかで、俺は倉橋さんの実力を疑っていた。


「先輩。そんなに難しく考える必要、ないですよ。


 だって、人一倍働いて試合に勝てばいいんでしょう?」


 心配する俺達を他所に、倉橋さんは笑っていた。



「豪快なダンクでゴールを壊せとか、劇的なブザービートを決めて試合に勝てとか。

 ……横暴で威圧的な先輩を言い負かせとか。

 そういうのじゃないなら、それなら多分、あたしにも出来る。


 出来ることで良かったです、本当」



 そう言って微笑む倉橋さんは、とても虚勢で言っている風には見えなかった。


「それに、出るのは一回戦だけって約束してきました」


「一回戦だけ?」


「はい。二回戦、県内屈指の強豪校が相手なんです」


 倉橋さんは苦笑していた。


「だから一回戦大差で勝って、次の相手にボロボロにされて、みじめな思いしちゃえって、ちょっと思ってます」


 俺は、苦笑した。


「……君は本当、強いね。強かとも言うのかな」


「そんなことないです。教えてもらったからですよ、先輩に」


「え?」


「一日の時間は有限です。その時間を無償で誰かに使うのは勿体ない。だからあたし、価値ある時間を自分のために使おうと思って。


 まあ、みじめな思いをしてほしいって、邪な感情ですけどね」


 倉橋さんは続けた。その顔は、どこか感慨深そうに見えた。




「それに……もしあたしが試合で結果を出せずにみじめな思いをしても、お二人は慰めてくれますよね?」




 しばらく倉橋さんの言葉の意味を考えて、俺と七瀬さんは目を合わせて、笑った。


「勿論。先輩ですもの。いつでも甘えて頂戴」


 そういう七瀬さんの気持ちに同意を示すように、俺は隣で何度も頷いた。


「ようし。ならあたし、先輩達に褒めてもらえるように頑張っちゃいます!」


 喜びながら、倉橋さんは言った。


 相も変わらず、この後輩は生真面目で、頑なで、他人のために無理を承知で頑張る。


 だけど、いつかよりも少しだけだけど、他人に甘えることの重要さを理解してくれた。

 だから、俺や七瀬さんを頼ってくれている。



 頼られることが嬉しくて。

 後輩に甘えてもらえるのが、なんだか誇らしくて。



 俺は、小さく微笑んだ。



 そして、総体の試合日当日、倉橋さんは見事にバスケの試合、ソフトの試合で大活躍を果たして、とても楽しそうに、嬉しそうに笑っていた。


 そんな素晴らしい後輩を持てたことが嬉しくて、俺は七瀬さんと一緒に内野席から彼女へ賛美を送っていた。

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