生真面目後輩に出会いました!
ツンデレ同級生の部活仲間
まるで現実のような夢だった。
町おこしとして行った展示プレートの調整が成功に終わって、そこから二十六歳まで過ごしてきた記憶が確かに存在し、それがまるで薄っぺらくない人生で、思わず以前の自らの記憶を偽りだったと思ってしまうくらい、とてつもないリアリティと没入感のある夢だった。
だけど、これが夢であることは最初から認識出来ていたから、俺は混乱せずに済んでいたのだと思った。
この夢の中の俺は、以前の俺が進んできた人生よりも俺の理想に近い人生を歩んでいた。まあ、微量だけども。
その夢で俺は、所謂Fランクと言われた大学卒だった以前に対して、もう少しランクの高い大学へ進んでいた。
しかし、就職先は前の会社とネームバリューはあまり変わらなかった。
十年前、町おこしの火付け役として貢献した実績が考慮され、大学進学では内申が良く、指定校推薦で大学進学を果たせたが、学力不足の影響で大学三年次に一年留年。就職でもそれが響いて、就職先では結局大きな変化を見出すことが出来なかったのだった。
その夢の人生の中でも俺は、やはり人生に不満を抱いたことはなかったが、慎ましい後悔を胸の奥に潜ませていた。
……もう少し、勉強しておけば良かったな。
そんな後悔を抱えて、リアルすぎる夢は覚めて、俺は再び十六歳の姿で目を覚ました。
日付を確認すると、最後に俺が寝た日の翌日、つまり市長との会談翌日だった。
目が覚めて、俺は雷に打たれたような衝撃を浴びた。
そして、誰かに指摘されたわけでもないのに、教えてもらったわけでもないのに、あれが未来が変わった将来の俺の姿であることを知った。
そして、この夢は俺の未来が変わる度に俺の脳内で上映されることも理解した。
このタイムスリップで成果を生めば、その分未来が変わる。
高校生活をもう一度行っている時点でわかっていたことなのに、事実として認識させられると、それだけで俺は言い様のない興奮を覚えさせられてしまって、いつもよりも三十分も早く家を飛び出した。
* * *
「古田君。あなた何か大切なこと忘れてない?」
七瀬さんに怒り顔でそう指摘されたのは、将来の夢を見たその日の放課後のことだった。
「え?」
間抜けな声で返事をすると、七瀬さんは呆れたように頭を抱えていた。
「……GWも終わったわね」
「そうだねえ。今年は両親にお小遣いもらって、バスで甲府市内巡ったりして、結構楽しかった」
「そう。良かったわね。で、何か忘れてない?」
「なんでしょう?」
俺が首を傾げると、
「『こういうのは熱が冷める前に完遂させた方がいいよ』」
七瀬さんは突然声色を変えた。多分、誰かの真似でもしているのだろう。
「誰の真似?」
「……『それに、六月頭には中間テスト。七月末には期末テスト。テスト勉強考えたら、思ってるより時間は少ないよ』」
七瀬さんは頬を染めながら、誰かの物真似を続けた。
「恥ずかしいならやめればいいのに」
「うるさい」
おかしな人だと思って笑いながら、俺は七瀬さんが言った台詞を脳裏で反芻した。
「『そうだ。勉強教えてよ。七瀬さん、確か頭良かったよね』」
七瀬さんは、反応が芳しくない俺を見て、再び誰かの声真似をした。
「ああっ!」
俺は声を上げた。
「ようやくわかった?」
「それ、俺の真似だろ」
七瀬さんは肩を落とした。
「……中間テスト、近いけどいいの?」
「……ああっ!」
そういうことか。というか、普通に口に出して言ってたわ。
彼女、俺への借りを返すべく、似てない俺の声真似をしてまで、勉強教えてくれることを示してくれたのか。
叫んだ俺に、七瀬さんは大きなため息を吐いた。
「ごめんなさい。わざわざ教えてくれたのに、俺はどこか、抜けているところがあるんだ」
「それ、自分で言うことじゃないけどね」
「そうだね。本当、ごめん。手を煩わせて。忘れてくれても良かったのに」
「か、勘違いしないでよね」
七瀬さんは頬を染めて腕を組んでそっぽを向いた。
「こういう貸し借りはキチンとしなきゃ気が済まないたちなだけだから。だから、それ以上、それ以下の感情なんてないんだからね」
「わかってるわかってる。ありがとう」
必死な彼女に苦笑すると、七瀬さんは頬を膨らませて目を細めていた。
「……で、どこで勉強するの?」
「希望はある?」
「ない。妥当なのは図書館じゃない」
「図書館は嫌」
「え、なんで?」
「あそこら辺の連中、いないでしょ?」
七瀬さんが後ろ指をさしたのは、我がクラスの陽の者グループ、いつかの綾部さんとかが集っている席周辺だった。
「あたし、あそこら辺の人達、嫌いなの。騒がしくてたまらない」
「それが?」
「テスト前になるとね、あの人達図書館で皆で勉強するのよ。あの辺、クラスの垣根を越えて仲良し集団を作って集まってるから、一年の時によく鉢合わせたわ」
「ふーん」
「それで、勉強だけしているならばいいんだけど。そうでもないのよ」
「つまり、公衆道徳も配慮せずに騒ぎ散らすとか、そういうこと?」
「そういうこと。だから、嫌。とてもじゃないけど、集中出来ない」
「へー。全然気づかなかったな」
俺は顎に手を当てながら、憂いを帯びた声で言った。
十年前から、俺はそんなこと知る由もなかった。思えば、あの辺の陽の者グループとは時々かつてからたまに話す機会はあったが、その度にそういう誘いは一度だってなかったな。
やはり俺は、陽の者にはなれないというわけか。
と、そんなことはどうでも良くて。
その小話を知らなかったことは、正直俺の中では少しだけ寂しいことに感じられていた。折角の学び舎なのに、折角の共同生活の場なのに、十年経ってタイムスリップしなければ、俺はそのことを一生知ることはなかっただろうから。
「どうしたの、固まっちゃって」
「なんでもない。でも困ったな。だったら他に勉強出来そうな場所、ないね。喫茶店でも行く?」
「え?」
「だから、喫茶店だよ。少しお金はかかるけど、その方が落ち着いて勉強教えてもらえそう」
「……いきなり異性と二人きりは、ちょっと」
「あ、ごめん」
七瀬さんは頬を染めて、俯いていた。
ううむ、配慮が足りなかった。
「……じゃあ、部室、行く?」
「部室?」
しばらくして、七瀬さんは俺にそう提案をしてきた。
そういえば彼女、文芸部だったな。
「他の部員、いないの?」
「元々、あたしと後輩女子一人だけのしがない部活だから」
「いや、じゃあその女子いるかもしれないじゃん」
「大丈夫よ。あの子は真面目だから」
真面目ならいいとは?
疑問は晴れないものの、今の七瀬さんは詰問させる気を削がせるくらい、穏やかな笑顔をしていた。
……まあ、彼女が部室で勉強するのが問題ない、というのであれば問題ないのであろう。
そんな割り切りをしながら、俺は七瀬さんに続いて廊下を歩いた。
高校総体間近という状況もあって、放課後の校舎は最後の追い込みだとばかりに結構喧騒としていた。吹奏楽部の音色。校庭でサッカーに勤しむ叫び声。ボールを蹴る音。
ここには、学校でしか聞けない音が溢れていた。
喧騒としているのに、耳障りじゃない、不思議な空間だった。
文芸部の教室は、北棟三階の最果てに位置していた。まあ、部員数二名のしがない部活では、最果てに追いやられるのは当然の使命か。
「倉橋さん。いるの」
「先輩。こんにちは。今日は来ないって言ってませんでしたか。……っと」
部室内からする声は、礼儀正しい声だった。
七瀬さんの背後に立っていたら、倉橋とやらの驚きと呆れが交じった声が聞こえた。少し顔を動かすと、少女が俺を見ていることに気が付いた。
「先輩、そちらの方は?」
「古田君。あたしと同じクラスの男子」
「ふーん」
この子も、七瀬さんと負けず劣らずな端正な顔立ちの女子だった。
そんな端正な顔立ちな倉橋さんは、礼儀正しい声を崩さぬまま、一つ微笑んだ。
「先輩、異性を連れ込むなんてやりますね」
「ち、違うっ。この人に勉強教えるの」
テンパる七瀬さんは、当事者でなければ結構物珍しくて面白かった。
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