実質勝利
その日の夕暮れ沈む職員室で、須藤先生、七瀬さんと対市長へ向けた資料発表の練習を俺達はやっていた。
やっていた、とは言ったものの、やる気があるのは須藤先生と七瀬さんだけだった。
俺はと言えば、既に安堵しながら回転椅子に座りながらクルクルして遊んでいた。
「古田君、やる気ないのかしら」
「そんなことないよ」
「……やっぱり、あなたに市長の前で発表してもらおうかしら」
「それはダメだ」
「なんでよ。正直、あたし少し不安なのよ」
「不安なのかはいざ知らず、何故君が発表するべきかって、そりゃあ君が可愛いからだろ」
「か、かわっ……。ふざけるのもいい加減にしてっ」
弱気に俯いていた七瀬さんが顔を真っ赤にした。
「ふざけてない。話を聞きつけたローカルテレビ局も来るっていうんだから、容姿端麗な人が話すべきなのは当然だろう。俳優、女優が容姿端麗なのは、端正な顔立ちの人がテレビに出ているだけで目の保養になるからだ。容姿端麗ってのは、それだけで価値なんだよ」
「……そう」
「うん。だから頑張ってくれ」
不服そうにしながら、七瀬さんは頷きながら発表練習を続けた。
まあ怒られたことをきっかけに俺もそこからは真面目に七瀬さんの発表練習を聞いた。
須藤先生は、マスメディアと市長相手ということからどこか神経質に発表練習を聞いて修正点などを話していた。
結局、放課後実施したその発表練習は二十時くらいまで続いた。
「お疲れ様」
真っ暗になった職員室を出ながら、俺はため息を吐く七瀬さんを労った。
「……うん」
七瀬さんの声色は、どこか晴れない。須藤先生にこってり詰められたこと。市長の前で資料を発表しなければならない緊張でもあるのだろう。
「発表、心配なのかい」
「まあね。あなたは全然平気そうね。やっぱり発表しないから?」
「違う。展示プレート設置の成功を悟ったから」
本当は緊張感を保つために言うつもりはなかったのだが、今の七瀬さんの様子を見ると、そうもいかないと思って、俺は言った。
気付くと、七瀬さんは目を丸めて立ち止まっていた。
「ど、どうして?」
「どうしてって、普通に考えてごらん。高校生の町おこしについて、市長が直接話をしたがっていて、その場にはマスメディアまで出てくると言う。
そんな状況でこの話全然だめだねー、没、なんて話、本当にすると思うかい」
「た、確かに思わない」
「そういうこと。市長が直接会いたいって言った時点で、勝利は決まったようなものってことさ」
「勝利って。まあ、なるほどね」
七瀬さんが少しだけ緊張が解けたところで、校舎の玄関まで俺達は辿り着いていた。
「七瀬さん。ここから自転車で帰るんだっけ」
「そうだけど」
「送ってくよ。夜遅いし」
「え」
「どしたの」
再び立ち止まった七瀬さんに、俺は首を傾げた。
「……いい。悪いから」
「何言ってるの。さっき言ったろ、君は可愛いって。そんな人が夜遅くに一人でいたら危ないだろうに」
「……恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言うわね」
七瀬さんの声は小さくて聞こえなかった。
「わかった。送っていって。それでいいんでしょう」
「うん。そうしよう」
何故だか怒っている七瀬さんを見て、やはりこの人は素直じゃない、と俺は思った。
そうして、七瀬さんを自宅まで送り届けて、俺は一人駅へと向かった。
そんな中、一人考えていた。
確かに、状況から見て町おこしのための展示プレート設置の成功はほぼ間違いないだろう。
だけど、市長に加えてマスメディアもいるという状況は、確かに緊張したくなる気持ちもわかる。
カメラの前で、市長としても下手なことは言う気はないだろうけども。
……何かあれば、キチンとフォローせねば。
* * *
市長との対談は、我が山鳴高校で実施する手筈になっていた。わざわざ市長が押しかけてくれるという理由で、元々は授業だった時間に、全校生徒体育館に集まり、まずは市長の話を聞いた後、件の町おこしの件を校長室で校長先生、須藤先生、そして七瀬さん、俺の四人、そこに市長とローカル局のカメラマン一名、インタビュアー一名の計七人集まる予定になっていた。
体育館での市長の話は、結構ためになって面白かった。市長という仕事は、イマイチどんなことをしているのか検討がついていなかったが、なるほど、色々と市民のことを考えているんだなと思った。
そして、件の町おこしの話し合いの時間がやってきた。
扉付近にローカル局の二名を配置して、市長が座った対面のソファーに俺達学生が着席。左右の席に校長、須藤先生が腰かけた。
「よろしくね」
白髪交じりで威厳のある市長は、微笑みながら俺達に挨拶した。
「よろしくお願いします」
とりあえずかしこまっておけばいいだろと思って、俺は頭を下げた。七瀬さんはそれに続いた。
それから、手短な自己紹介を各々が行い、微笑みなんかも出たりしながら、資料発表は行われた。
自己紹介で緊張が解れたのか、七瀬さんははきはきとしながら資料の発表をしていった。カメラマンが七瀬さんを中心に撮影していっているのを脇見しながら、やはり七瀬さんに喋ってもらって正解だったと俺は思っていた。
ひとしきり発表し終えると、七瀬さんは安堵したようなため息を吐いていた。
「ありがとう。良い発表だったよ」
「ありがとうございます」
「早速質問、いいかな?」
「はい」
「この費用対効果を計算したのは、誰だい?」
市長の言葉に、七瀬さんは早速固まって、チラリと俺を見た。
「はい。僕です。少し担任の須藤先生に協力してもらいましたが」
「そうですか。だけど、少し計算が甘いね」
ダメ出しされちゃった。ぴえん。
思えば、十年前の子にぴえんは通じないよな。ぴえん。
「そうでしたか。具体的にどの辺でしょうか?」
俺は臆せず尋ねた。
「この観光客の増加が見込めるってところの現状の観光客数だけど、これいつのデータだい?」
「三年前です」
「残念ながら、三年前に比べて去年の方が観光客は減っている。今年も今の推移だと、減少傾向だね」
「つまり、GW芳しくなかったんですね」
「そういうことだね」
市長は苦笑していた。
「そうでしたか。ですが、最近は中国人旅行客も増加傾向にあり、最終的な増加数は同程度になるとも思えないでしょうか?」
何せ俺、十年後の観光事業の具合をテレビで見ていたりするからな。
適当に言っているわけでもなく、事実そうなるわけだから。
「まあ、外国客に地元高校と市との提携なんて興味はないでしょうが。でも、元々の設定増加数も微量ですし、やはり僕は、そこまで大勢に影響するとは思えません」
「なるほど。よく考えているね」
まあ本当は、いつか須藤先生に話したようにざっくり見積だけどな。
高校生がする仕事にしたら上出来だろう。
「そういえば、どうして町おこしをしようって思ったんだい?」
やっべ。
この質問は、事前に予見されたから回答を用意していて、地元を活気づけるため、と答えるつもりだったが、その前に観光業で見込める効果は微量なんて言った手前、それはどうも言い辛い状況になってしまった。
七瀬さんは、相変わらず固まっている。
カメラもあり、沈黙はNG。
……致し方なし。
「面白そうだったからです」
俺は微笑んでいった。高校生の話すことだし、多少悪ふざけが入っても大丈夫だろう。
市長は最初目を丸めて、しばらくして笑った。
「そうかい」
「はい。最近、ドラマの聖地になった町が活気づくって話、よくあるじゃないですか。あれが面白い現象だなと思って、是非市の方々ともご協力させて頂いて何か出来ないかなと思ったんです。
最初はそんなどこか邪な始まり方でしたが、この町の魅力的な場所を調べていく内に、こんなにもこの町には世間から知られていない魅力的な場所があって、それを世間が知らないのはとても惜しいことだと思ったんです」
「それで、展示プレート、か」
「はい」
満足げに俺は頷いた。上手く点と点、繋がったんじゃないかな?
「初め君達のこの話が私の耳に入った時、最近の高校生は面白い話を考えるなあって思ったよ」
市長は言った。
そうだろうそうだろう。
その『高校生』が考える、というのが重要なんだ。
「知っていると思うけど、若者の地方離れは深刻な問題だ。この市も、年々若者が大学進学、就職を理由に上京していく。これから君達も、もしかしたらそうなるかもしれない。
だけど、その若者が少しずつこうして地元の良さを知ってくれれば、そういう問題も多少は解消されていくかもしれないね。
君達はいち早く地元の良さを気付けたわけだけど、提案してくれたプレートはその若者との町の魅力共有でもあるわけだしね」
市長はしみじみ語って、続けた。
「どうだい、君は……古田君だったか。将来、市長にでもなってみないかい?」
ニヤニヤしながら、市長は言った。完全にふざけている。
ならば、
「無理ですね」
俺もふざけようっと。
「俺、甲府市民なので」
市長は高笑いした。
「話を戻そう。展示プレートの件、是非市としても協力させてもらうよ」
「ありがとうございます」
「計十二箇所、全部設置の方向で検討している。だけど、一箇所だけ、実は君達や校長先生方に相談したいことがありましてね。
さっきの設置検討箇所の資料出せるかい」
「あ、はい」
市長の言葉に、七瀬さんは慌てて資料を捲っていた。
設置検討箇所の頁を机に広げると、市長はえーとと言いながら頁を指でなぞった。
「あっ、ここだここ」
市長が指さした部分を、校長、須藤先生が前かがみになりながら覗いた。
「……アハハ」
俺は笑っていた。
市長の意図していることを、俺は理解した。
「君達の意図だと、ここは真っ先に展示プレートを設置したいんじゃないかな」
「そうですね。それも面白いかもしれません」
「だったら、ここだけは市と高校で費用を折半して展示プレートを設置出来ないかい?」
「校長、ポケットマネーからお願いします」
俺がふざけて乗っかると、校長も市長の意図を察したのか微笑んだ。
「じゃあ、私の名前も乗っけてもらおうっかな」
校長先生は乗りが良かった。
「いいですね。そうしましょう」
「えー、だったら私も一枚噛みたいです」
須藤先生が言った。
「だったら、ここだけ『〇年度山鳴高校・教職員・生徒一同』にしましょうよ。募金でも募って」
「古田君。君は冴えてるな。そうしよう」
校長先生に褒められて、俺は照れながら頭を掻いた。
こうして、俺達の目的であった町おこしの展示プレート設置は無事市長からの了承を得て実施されることになった。
そして、真っ先に展示プレートを設置する場所も、話の流れで何故か決まってしまった。
その展示プレート設置場所は……。
俺達の青春の場所であり、十年前に一度卒業して。
何故か再び楽しい毎日を送っている、そんな学び舎。
我が、山鳴高校だった。
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