お呼び出し
中年男性の上司が来たのは、中年男性が内線電話をしてからものの数分でのことだった。
上司の方は、ひとしきりの中年男性の業務態度をクレームすると、詳細を聞くこともなく陳謝してきた。恐らく、かねてから職員内でも中年男性の業務怠慢ぶりは有名な話だったのだろう。
それからは、事前にメール送付していた資料の説明、質疑応答などをして、大体十九時あたりに向こうが実施有無の再検討をすることでお開きとなった。
「本当は、今日実施出来るか否かを連絡してもらう予定だったんですけどね」
俺の小言を最後に、その場はお開きとなった。
上司は人の良さそうな人だったので、ついでにプレッシャーをかけておくことにしたが、それはもう何とも言えない顔をしていたので、結構効いてそうだった。
中年男性の上司曰く、今週末にも再会議の日程を須藤先生宛てに連絡してくれる、という話だったので、多分少し早めの今週木曜日あたりには連絡が来るのではと思った。
「古田、お前肝が据わってるなあ」
帰りの車内、しばらく無言の車内で須藤先生の少し楽しそうな声が響いた。
「職員の人が横暴な態度だとは思ったけどさ、怒気交じりにあれだけ言い返して挙句上司まで呼ぶだなんて、普通出来ないぞ、高校生じゃ」
「俺、変わりましたからね」
隣で七瀬さんがクスクス笑っていた。
「それに、先生忘れてません? 俺達、今日の審議結果をクラスメイトに報告しないといけないんですよ?」
「それが?」
「職員がダメって言ったからダメでしたって言って、果たしてどれだけの人が納得したと思いますか? じゃあ、どうすれば通せるようになるのって誰かに聞かれたら、あの職員の回答だけでまともな回答が出来ると思いますか?
あの職員に言ったことでもありますが、俺達には俺達で、クラスメイトに今日の結果がどうで、ダメならダメでどうしていけばいいかをクラスメイトに伝える責任があったんですよ。
だからこそ、俺はあの職員からダメならダメで対策をひねり出させなきゃ帰るわけにはいかないと思っていたんですよ」
「ほー」
「ま、結局今日のところは審査持ち越しって最悪の結果になりましたけどね」
「え、最悪なの?」
七瀬さんは続けた。
「ダメって結果にならなかったから、最悪ではないような気がしてたんだけど」
「いいや、ダメならダメの方が良かったよ。だって向こうが連絡をくれるまでの検討時間のこの一週間、全て作業がストップするんだからね。今日ダメって結果をひねり出せていたなら、今週一杯作業に当てれた。
だけど、これで来週、今回の件がダメとでも言われてみろ。実質一週間、向こうの検討時間で作業が遅れるだけなんだからね」
「ああ、そっか。ダメってことになる可能性、まだあるのか。
でも、向こうの不手際で遅れた一週間なわけだし、簡単にダメだなんて結果を言わなくなったりすると思うけど」
「ないね。仕事は感情論でするものじゃないよ。
利益があるのかどうなのか、それをキチンと見定めた上で、ダメならダメで、どれだけ自分が責められようと、咎められようとダメと相手にはっきり言う。
それが仕事だよ」
「……古田君」
七瀬さんは目を丸めて続けた。
「まるで仕事したことがあるみたいに言うわね。高校生なのに」
「アハハハハー!」
俺は誤魔化すように笑い飛ばした。
七瀬さんは不服そうな目で俺を見ていた。
「ま、向こうに対して色々言ってやりたい気持ちはあるだろうけどさ、ひとまず学校にクレームが入ったりすると俺が怒られるからなるべく大事にはしないでくれ」
須藤先生は情けないことを言った。
「……まあ、あとは向こうさんが連絡くれた時点で考えよう。俺個人の意見だが、今回の件はそこまで、最悪な話にならない気がしている」
「どうしてですか、先生」
「お前も言ったけど、費用対効果まで計算して、町おこしをしようって情熱を燃やす地元高校生はそうそういない。そんな滾る子供達に対して、大人がサポートしてくれない状況ってのは絶対におかしい」
「見積はザルですけどね。観光資源の計算なんてしたことないし。表立っては絶対に言わないですけど」
「そうしてくれ。
だけど、俺が言いたいのは過程が大事ってことだからな。そこんとこ、変わった古田君ならわかってくれるだろ」
「うい」
簡素な返事をすると、須藤先生は運転席から笑っていた。
須藤先生の言いたいことは、よくわかる。
過程の重要さは、まだ右も左もわからない学生において、もっとも重要なことだと俺も思う。
何かをしたいと思った時、子供はまだどうしてよいかわからないもので、それでもどうにかしたいと思って正解か不正解かはともかく、正解への過程を考えて実践する。
そして、最終的な結果を見て、それが正解だったかを確かめる。
もし不正解なら、何が正解だったか、今後どうすれば正解を導けるかを考える。
そうして失敗を重ねて成長していくのが子供であり、人なのである。
俺も社会人時代にはたくさんの失敗を重ねて、嫌々ながら成功への道を探るようになっていった。
今の俺達は、正解か不正解かを他者に委ね、その審議を待っている状態。
だけど、その審議を待つまでに色々考えて、自己流ながら道を示してきた。
それが、須藤先生の言わんとしている過程なのだ。
そしてその過程は、皆が皆体験出来るわけではない、過程。
正解であれ不正解であれ、その過程を送ったことが礎となり、今後道しるべになっていくことだろう。
そんな貴重な体験をしている時点で、俺達は既にかけがえのない体験をしている、ということなのだ。
そして、そのかけがえのない過程を、俺は多分、他のことでも体験している。
それは、このタイムスリップに他ならない。
不満を思ったことはないが、後悔はある。前の俺の思いだった。
今の俺は。
恵まれた過程を送らせてもらっている今の俺は、後悔なんてものは微塵もなかった。
だからこそ、ふと思った。
この過程は、一体全体どうして俺に巡ってきたのか、と。
そして、その週の木曜日のことだった。
朝、珍しく須藤先生が慌てた様子で教室に入ってきて、クラスメイトが笑っていた。そんな穏やかな朝のことだった。
「古田、七瀬。凄いことになったぞ」
須藤先生は息を切らしながら教壇に立った。
名指しされた俺達は、顔を見合わせて首を傾げ合った。
「今回の件、お膝元がどうたら言っていたが、本当に町おこしの件が市長の耳に入ったみたいでな。
来週、直々に会えないかって、アポイントの連絡が来たっ」
須藤先生が慌てた理由がわかって、クラスメイトがえー、と湧いていた。
どこか放心気味の七瀬さんに対して、
俺は、安堵から大きなため息を吐いていた。
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