哀愁のドカン
金澤流都
強めの火薬ってレベルじゃない!
悪の組織の戦闘員たちが、なにやら採石場の隅で話をしている。悪の組織の戦闘員といっても、名前のついた怪人ではない。いわゆるショッカーみたいな、一人一人に個性もなければセリフもない、そういう連中である。
「やっぱりさ、俺らはヒーローにやられるときの『散り際』っつうの? そういうのが大事だと思うんだよな」と、戦闘員Aが言う。
「うーん、分かるんだけど、散り際を派手にしたいっつってもどうせ普通にキック一発で倒されるだけだろ。どうすんだよ、俺らには派手な散り際もくそもないぞ」と、戦闘員B。
「それもこれも幹部の仕事の出来なさだと思うんですよ。強い怪人を一人作るのに労力を使いすぎて、我々まで手が回らない。この会社、福利厚生がゴミなんですよ」と、戦闘員C。
「……C、お前難しいことを考えてんなぁ。そもそも福利厚生って俺ら戦闘員が望んでいいことじゃないだろ、俺なんか子供の学費のために自爆装置の埋め込み手術受けてるんだからな。やってることはほぼほぼテロリストだ」Bが冷たい口調で答える。
「まあまあ。Bが家庭のために命を投げだしたことはともかく――俺らは散り際を派手にして、テレビの向こう側のキッズを喜ばせる必要がある」Aの言葉に、BとCが顔を見合わせる。
「テレビの向こう側のキッズ……? A、お前なに言ってるんだ? 俺たちの任務は、正義の味方を倒して組織の幹部による世界征服を成し遂げることじゃないのか?」
「そうですよ、悪のために生きる我々が、テレビの向こう側のキッズを喜ばせるなんて意味が分かりませんよ。Aさん、何を仰りたいんですか?」
「俺は知ってしまったんだ。この世界が、日曜日の朝にしか存在していないことを」
「日曜日の朝しか……存在していない? どういうことですか、Aさん」
「まあそれはどうだっていい。俺らを倒しに来るヒーローが活躍することで、テレビの向こう側でキッズは喜ぶ。わーいヒーローが勝ったぞーって。そんでオモチャやお菓子が売れる。ロボットとか変身アイテムとかシール付きの魚肉ソーセージとか、CMで流れてる恐竜化石風のチョコレートとか」
「ど、どういうことだ? ヒーローが勝てば喜ぶ子供さんがたくさんいて、物が売れるということは、俺たちの世界征服は、そもそも不可能ということか?」
「まあ言ってしまえばそういうことになるな。俺たちは倒されるためにしか存在していないんだ。それに、よく考えてみろ。俺たちが悪のために戦って、仮に幹部たちが世界を乗っ取れたとしても、乗っ取ってしまったら俺らの仕事はどうなる?」
「……我々下っ端は失業しそうですね」
Cがため息をついた。Aは明るくハハハと笑い、
「だから、どうせなら景気よくドカンといきたいじゃないか」と、答えた。
「――そうだな。組織は俺らを雇ってくれたが、結局俺らは捨て駒なんだもんな」
Bがしみじみと、脇腹に埋められた自爆装置を撫でた。
「そこで、だ。すでに出来上がっている台本では、俺たちは当然やられてしまうことになっている。で、Bに埋め込んである自爆装置は、特に爆発しないオモチャみたいなものだ。なんだかんだ、ヒーローのキック一発で画面からフェイドアウトして、あとはメインの怪人とヒーローが戦って、怪人がドカーンってなって俺たちの出番は終わりだ。福利厚生もくそもない」
「……そんなんで、どう散り際を派手にするんだよ」
「そりゃあ簡単だ。採石場の地面に仕込んである火薬を、もうちょっと派手に爆発するやつにしておく。そんでもってド派手に爆発させる」
「い、いやAさん。そんなので我々の散り際が派手になるんですか。ちょっと浅はかじゃないですか」
「一週間前からさんざん考えて思いついたのがこれだ。しょせん俺らはいち戦闘員だ……幹部たちと違ってたいした知性はない」
そう答え、Aはふうとため息をついた。
「で、もう準備は済んでるから、あとはいつも通りヒーローに倒されるだけだ。幸いお子さんたちはヒーローと怪人しか観ていないから、俺たち戦闘員は使い回されるわけだ。目出し帽みたいのかぶってるし。時代劇の悪代官の屋敷に詰めてる揃いの着物の戦闘員と同じだな」
「あれも戦闘員の扱いなのか。上様が大暴れするあれだな」Bがしみじみと言う。
「俺らの悲しみを、ドカンと景気よく爆発させようじゃないか」
「賛成だ。哀愁のドカンだな」
「決まりですね。哀愁のドカン」
というわけでその日の撮影が始まった。スーツアクターのヒーローが、採石場の奥に控える本日の主役、マサカリ怪人に歩み寄っていく。その周りには、ABCと、そのほか数名の戦闘員が待機している。
ヒーローはなにやらカッコイイことを言うと、マサカリ怪人に挑みかかった。
それを阻止すべく戦闘員がヒーローに群がるも、スパァンと見事な蹴りが戦闘員たちに命中し、戦闘員たちは次々画面から消えていく。あっという間にマサカリ怪人とヒーローの一騎打ちになった。ヒーローは主に格闘技のような技でマサカリ怪人に挑みかかり、対するマサカリ怪人は名前通り大斧を振り回して反撃する。
「よし! いまだ!」
Aはスイッチを押した。しかし爆薬に反応はない。
「……あれ? おかしいな。反応鈍いぞ。てかボタン小さくないか?」
と、Aはあつ森の緊急脱出サービスのオペレーターみたいなことをぶつぶつ言い、しまいにはスイッチを放り出してマサカリ怪人の援護に回ろうと立ち上がる。
「おい! 派手にするんじゃなかったのかよ!」
「なんかボタンが反応しねえんだわ! 戦って散るしかない!」
「いやそんな戦時中の若者みたいなこと言わないでくださいよ! いまは令和です!」
「令和もくそもあるか! 俺たちは華々しく散るほかないんだ! 哀愁のドカンができないなら、戦うしかない――おろ?」
ごごごごご。
ごごごごごごごごごごごごご。
地面がガタガタと揺れている。
「なっ、こ、これは――」Aが慌てる。
「な、なんだ? 地震か?!」Bがキョロキョロする。
「はやく避難しないと! 地震で採石場が崩れたら哀愁もくそもありませんよ!」
「いや、たぶんこれ火薬だ! ちょっと強めのつもりがいささか強すぎた!」
「は?! 反応しないとか言ってなかったか?!」
「たぶん地下深く埋めすぎて、電波がなかなか届かなかったんだ! いや科学的根拠はこれっぽっちもないんだが!」
「科学的根拠これっぽっちもないことを当たり前に喋るな! で、どんな火薬を仕込んだんだ! TNT爆薬か?! プラスチック爆弾か?!」
Aは言った。清々しく言い切った。
「反物質爆弾」
「いやそれ強すぎるから! 火薬じゃないから! なんでいち戦闘員がそんなもん入手できんだよ!」Bがあわてて叫ぶ。
地中深くにうずめられた反物質爆弾の爆発が、地球の中から外側に広がってきている。地球はみちみちと音を立てて、爆発の瞬間を待っていた。
「そもそも現代の科学で作っていいもんじゃありませんから! それが爆発したら、日本がまるごと吹っ飛びますって!」Cが言うが、Aはいたって冷静に、
「いや、分量は控えめにしておいたから」と答えた。
「そういう問題じゃないです! みんな早く逃げてください! ほらヒーローさんも!」
しかしもはや逃げてどうにかなる問題ではなかった。地球が粉砕されつつあるのである。逃げようが隠れようが、この爆発をまぬかれることはできないのであった。
「あっC、ヒーローに味方する気か?! そいつは悪の組織の行動を妨害する悪人だぞ!」
「いやBさん、悪の組織の敵なら正義の味方ですよ」
「なんでCまで冷静になってるの?! 爆発しちゃうんだよ?!」
「賢者モードです。ね、Aさん」Cはしみじみと言った。Aは頷く。
「B、冷静になれ。お約束の爆発シーンだ。言っただろ、哀愁のドカンだと」
「いや規模がデカすぎるよ!」Bが叫んだ。確かに三十分番組ラストの「哀愁のドカン」にしてはスケールが大きすぎた。ハリウッドで超大作にするしかない爆発であった。
地面は張り裂け、地球は木っ端みじんになった。宇宙から観測するほかない規模の爆発だったので、音はしない。いや、ハリウッドの映画監督なら「俺の宇宙は音がする」とかなんとか言うだろうが、しかし反物質爆弾なんていうとんでもないものを出してしまった反省として、ここでは音は聞こえなかったことにしておく。地上の人間はみな滅び、正義の味方も、悪の組織も、一般人も、木っ端みじんになった。シンゴジのころでいうところの「弊社も御社も木っ端みじん」である。しかし「弊社も御社も」どころか地球がまるごと吹っ飛んだのだから、地球に人間は一人たりとも残らず、みな星まで吹っ飛んだ。
地球が爆発した弾みで、その爆発は火星にまで及んだ。火星の表面で暮らしていた苔状の生命体は、自分たちの滅びを笑い飛ばしたという。火星の生命体は、地球人と違って賢いのだ。
太陽系に多大なる影響を与えた戦闘員Aの行動であるが、しかし――それは、人類の愚かさを凝縮した、「哀愁のドカン」そのものであった。悪の組織が悪いことをする。その悪の組織をヒーローがやっつける。ならば、悪の組織でいいように使われる戦闘員が、自らの存在を主張する、それはまさに「哀愁のドカン」であった。
昔のギャグマンガみたいに星まで吹っ飛ばされながら、Aはしみじみと、
「ああ、いい戦闘員人生だった」と、走馬灯で戦闘員人生を振り返っていた。悪の組織にスカウトされ、戦闘員となり、毎週ヒーローと戦う人生……。ああ、哀愁のドカン。
ちなみにその日の回は放送されなかった。地球が滅びたからである。
哀愁のドカン 金澤流都 @kanezya
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