8
『お母さん…?お父さん…?』
この掠れた声は誰のものだろうか。今にも泣き出しそうな、いや、もうすぐ壊れてしまいそうなこの声は。
真っ暗な闇の中、その細い声が妙に頭に響く。まるでトンネルの中にいるように、小さくワーンと音が鳴る。
『蒼……』
……今、何と。
今、この声は何と言った?
あたりを見回し、声の主を探そうとする。そこで初めて、自分の身体がどこにもないことに気づいた。手を伸ばそうとしても、その手の感覚がない。声を出そうとしても、喉がない。ただ、ずしんと沈むような重さだけが、自分を包み込んでいる。
その重みに押されて押されて、少し苦しいくらいなのに、まるで1人宇宙に放り出されたかのような心細さを感じるのはどうしてだろう。
パチッパチッ……
ふいに、視界の隅で何かが弾けた。パチパチと鳴るその音は、段々大きくなっていく。聞いたことのある、この音は一体なんだったか。パチパチ、パチ、パチン…
「!?」
ボッと音がして、目の前に鮮やかな赤色が広がった。途端、がくりと自分の視界が揺れる。
手の平に、冷たいアスファルトの感覚。耳の遠くで、ざわざわと渦のように呻く人の声。しかし戻ってきた感覚に、はっとする暇もなく、目の前の景色から目が離せない。
「……は………」
すーっと血の気が引いていくのが、自分で分かった。
何かが不規則に爆ぜる音。体を包み込む、むっとするような熱気。ひんやりとした冷たい汗が、頬を撫でて落ち、アスファルトに染みを作った。
悪夢となって私を苦しめたあの景色が、目の前に広がっている。
2年前のあの日、私が私である意味を、なんの感慨もなく呑み込んだ炎。
それだけでは飽き足らず、私の世界から色を奪ったあの炎。
はっきりとしてきた記憶とは裏腹に、ふらり、と視界が霞む。スローモーションで斜めになっていく景色と、狭くなっていく視界。
(……ああ。ダメだ、これ)
こんな時にも冷静な自分に呆れてしまう。
頬にアスファルトが触れた、その瞬間に、遠くで誰かの声がした気がした。
アオイ色で見送って もこ @A_mokomoko
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