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(……お邪魔します)
背中を丸めて、ペコペコと頭を下げながら、紅はベンチに向かった。
彼の紅への関心は、もう今の一瞬で完全に無くなったらしい。鳩のような間抜けな動きの紅に目もくれず、カメラを覗き込んでいる。
まあ、そのおかげで、相手の小さな感情の動きであったり、その場の雰囲気であったり、紅が扱うのを苦手とする、余計なことを気にしなくて済んだのは良かったのだが。
桜の木のすぐ近くに置かれた、錆びれた白いベンチには、先客がいた。
そう、あの、サメのぬいぐるみである。
(……座っていいの?これは)
しかし、ベンチは一つしかないし、彼は座れと言った。悩んで、できる限りサメから離れて座るという結論に至る。サメがいるのとは反対側のベンチの端に、紅は、音を立てないよう、そろそろと座った。
ちら、と男の子を盗み見ると、彼はこちらに背を向けて、カメラのレンズを覗き込んでいた。
(ちょっとくらい見ても怒られないよな)
持ち主が見ていないのをいいことに、紅は、サメを観察することにした。
近くからだと、かなり年季の入った物らしいのが分かる。全体的にごわごわしているし、端々にほつれや毛玉が見える。お腹だけが白くてあとは濃い灰色の体は、現実に忠実なのか、汚れた結果なのか、それとも紅の問題か。
(本当は何色なんだろうか)
太陽を反射して、くりっと光る瞳。真っ黒なそれも、本当は黒ではないのかもしれない。
今の紅に、それを確かめる術などないのだけれど。
パチリ、パチリと不規則に響くシャッター音。優しく揺れる、春の風。ぽかぽかと暖かい太陽の光。
することもなく、ただぼんやりと、時が過ぎるのを待っていた紅を眠りへ誘うのに、十分すぎる条件が揃っていた。
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