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(……)
途端、頬に何か違和感がある。
「由美ちゃんでしょ」
目を閉じたまま言ったものの、反応が無い。紅は面倒くさそうに目を開けた。
「んー?紅ちゃん、話聞いてた?聞いてなかったでしょ」
予想通り、由美がむくれながら紅の頬を摘んでいる。
申し訳程度に頷いて、紅は、棒読みで返した。
「うん、聞いてた」
「嘘だ!全然話聞いてないんだから!アサが美人なのは分かるけど、ちょっとは私の方にも気配ってよねー」
むっとした顔の由美に苦笑いする紅。すると、その紅の横から伸びてきた細長い指が、由美の額を躊躇いなく弾いた。
パチン、と軽い音がして、由美が慌てて額に手をやった。
「あっ、酷い!デコピンするなんて!絶対ヒビ入った!顔面割れた!」
額に手を当てたまま、一人騒ぐ由美と、何事もなかったかのように無表情で手を動かす浅倉。
恨みがましい目もどこ吹く風といった態度に、由美は気を引こうとするのを諦めた。代わりに、浅倉のポケットから、勝手に定期券を抜き出す。
「お、今月は桜ですか」
「まだ蕾だけどね」
由美がぷっくりとした指で器用に引き抜いたのは、桜の蕾の写真だ。真っ黒な背景の中、今にも咲きそうな桜の蕾が三つ、映っている。
「今回も綺麗だねえ」
月替わりの花の写真は、由美のお気に入りらしい。暇さえあれば、浅倉の定期ケースから勝手に引っ張り出して眺めている。
浅倉も浅倉で、止める労力が無駄だと悟ったらしく、それはもう見慣れた光景になってしまった。
「なんか、魔法みたいだよね。写真って」
綺麗だねー、と、目を輝かせて写真を眺める由美を見ていた浅倉が、ぽつりと呟いた。
「魔法?」
現実主義な浅倉らしくない単語に、紅が首を傾げると、浅倉は頷いた。
「うん。写真って、一瞬を切り取るとか言うでしょ?瞬間を永遠に変えられるなんて、普通じゃできないから。だから、魔法みたい」
確かに、と相槌を打とうとした紅の声は、バッと顔を上げた由美に、持っていかれてしまった。
「え、なんかアサかっこいい!ねえ、今のもう一回言って!」
満面の笑みを浮かべて、浅倉に抱きつく。
「無理」
「ねー、お願いー」
腕を掴まれ、揺さぶられて、浅倉が心底面倒臭そうな表情を浮かべた。助けて、と目で訴えられる。
(……しょうがない)
心の中で浅倉に同情しながら、紅は口を挟んだ。
「由美ちゃん。桜ってどこで見れる?ここの中だと」
「おっ。紅ちゃん、桜に興味がおありで?」
浅倉から呆気なく離れて、にこっと笑う由美。解放された浅倉が、ほっと息を吐く。こんなにもすれ違っていそうなのに、中学からの大親友だというから、不思議だ。類は友を呼ぶ、というのは、嘘ではなかろうか。
「中庭が一番綺麗だけど、外来の人でいっぱいだよね。ガラス越しなら、ここ出たとこの廊下の突き当たりも、桜を見下ろすのに丁度いい位置なんだけど。あ、でもどうせなら直接見たいよね?」
一を聞けば十で返してくる、それが新井由美だ。息継ぎする間もないくらい、ペラペラ、ペラペラと、実によく喋る。
「どこがいいのかなー。ナースステーションの近くの窓からも桜は見えるけど、あれは駐車場の方だし、危ないよねえ」
意外と思い付かないもんだね、と困り顔で頭を捻る。
(……見送り桜)
頭の中に浮かんだ不謹慎な言葉を、紅は頭を振って振り払った。
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