第1章 紅色

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(藍色、藍鼠、青、葵)


 頭の中で、確認するように紅は呟いた。


(青竹、青丹、青鈍、青緑)


 ざらざらした紙の上、半ページに四つずつ並んだ正方形。細く青白い指の腹が、その上をゆるゆると滑る。


 青緑、と書かれたすぐ隣の正方形まで来てから、紅は浅く息を吐いた。ぱちぱちと軽く瞬きをする。細く長い睫毛が、何度影を落としたところで変わらぬ世界の色に、紅の痩せて血管の浮いた手は、諦めたように持っていたハードカバーの色見本をぱたんと閉じた。

 分厚い本が閉じられた反動で、押し出された空気が、ふわっと空中に舞う。

 それと同じタイミングで、コンコン、とノックの音がした。


「はい」


 紺色の表紙のその本を足元に追いやりながら、半ば機械的に紅が応えた。

 何の表情も浮かべていない瞳が、ピンク色の扉へ向けられる。


 ガラガラっと元気よく開いたその奥からは、二つの人影が現れた。


「よっ。紅ちゃん、元気ー?」

「おはよう。体温測るね」


 ピンクの看護服に、白ズボン。紅の担当看護師である。


 ぽん、と軽く紅の肩を叩き、人懐っこい笑顔を浮かべるのは新井由美。お世辞にもスリムとは言えない体型が、ぷっくりした柔らかそうな頬が、いつでも山形に曲線を描く目尻が、どことなく人を安心させる何かを持っている。ちなみにだが、彼女には語尾を伸ばす独特の癖がある。


「紅ちゃん、聞いてよー。このパフェ、三月限定なのに、アサが全然一緒に行ってくれないの。酷くなーい?ねえアサ、行こうよー」

「甘いから嫌」


 不満タラタラの由美をバッサリ切り捨てるのは、浅倉汐里。由美より頭一つ大きい彼女は、一言で言えば、無駄のない人、だ。体型に無駄(お肉とも言う)がない、動きに無駄がない、言葉に無駄がない。最低限の化粧しか施されていない顔は、それでいて誰にも文句のつけようがないほど整っている。しかしその表情は、微笑みすら無駄だと言わんばかりに、一分の隙もない。まるで冬の湖面のように、いつでも同じ、冷たい表情なのだ。


 勿体ない、と由美は口癖のように言っている。紅にも、由美の気持ちはよく分かる。自分の顔が平均にも届かないのが分かりきっている者からすれば、笑顔を見せない美人なんて、宝の持ち腐れだ。


(せっかく綺麗な顔持って生まれてきたっていうのに、それこそ無駄じゃなかろうか)


 シミ一つない滑らかな白い肌と、自分の血色の悪い乾燥した肌を見比べると、嫌になる。心の中で溜息を吐いて、紅は目を軽く瞑り、伸びをした。

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