4-7話  怪異の追跡

 ぎくは別の服に着替え、リュックサックを準備し、蛇にされてしまった拓海たくみをその中に入れた。リュックサックを背負い、莉子りこ浩太こうた、クラリス、キマロと共に、怪異に襲われた自動販売機の場所まで移動した。


「ここで変な女に青い光を浴びせられた」

「その女の特徴は覚えておらんのか?」

「そうね……。ストレートな長髪で、背は私くらいだったかな」

「カメラとかは、さすがに無いよな」

 浩太は辺りを見渡したが、カメラが設置されていそうな場所ではなかった。


「昨日、ワムルさんにお土産でもらったこの魔具はどうかな?」

 莉子が取り出したそれは妖気を測る魔具だ。莉子はそれをかざしてみた。


「残ってるね、変な妖気の痕跡が。これを追えば、犯人のところまで辿り着けるかも」


 そこへ剣持けんもち柚希ゆずきが駆けつけて来た。二人の時間を作ってあげようと日菜菊たちが送り出していたのだが、事情が事情だけに戻ってきたのだ。


「もう、怪異研究会、本当にトラブル体質な部活ね……。日菜菊、大丈夫?」

「うん、何とか。ひどいことをする怪異だよ。というか、やられたのが『俺』か、もしくは私じゃなかったら、だいぶヤバかったよ、この事件!」

 柚希の心配に日菜菊が答え、さらに苛立ちを隠さずに状況への憤りを口にした。


 別の生き物に変身させられたのが拓海だったから日菜菊がフォローすることができたが、普通の人間が襲われていたら、喋れない、身動きできないという状態でどうなっていたか分からないと日菜菊は思った。


「困った怪異もいたもんだな。これは、ルビーが怒るぞ……」

 剣持が言った。柚希もそれを肯定する。


 莉子が状況を剣持たちに説明し、妖気を辿って行くことになった。日菜菊たちは剣持の用意したレンタカーに移動し、莉子の先導の元、剣持は車を運転した。



    ◇



 妖気の痕跡を辿った先にはボロボロの家が建っていた。屋根には穴が空き、あちらこちらに崩れた跡があり、人が住んでいるようには思えない。


「妖気はここで途絶えているね」

 莉子が家の敷地内で魔具を見ながら言った。


「ここで消えたってこと?」

「いや、そんなはずはあるまい」

「これは、いつものあれだな」

「学校の裏の屋上と同じ、異次元ね……」


 先日、ワムルの家で見たばかりだったこともあり、異次元に作られた空間に犯人が移動したということを誰もが推測した。


「異次元に入るための魔具なら、色々持ってきてるよね?」

 日菜菊が莉子の方を見て言った。莉子は頷きで返す。莉子は鞄から別の魔具を取り出して掲げると、魔具から周囲に赤い光がほとばしった。


 すると、周囲の様子が変化した。異次元空間に入ったのだ。ボロボロだったはずの家が綺麗な姿になっており、家の敷地外は異次元空間の範囲外なのか、空間が揺らめいている。


 そして、庭に整備されている水道の前に、長髪の女がいた。


(あ! あの女だ、間違いない!!)

 日菜菊はそう思った。


 女は水をかぶったようで、顔や髪から水がしたたっている。そして、両手で頭を抱えていた。


「人間を……蛇にしてしまった。どうしよう、どうしよう、思わずやってしまった……。でも、あれはあの男が悪い! みんな納得してくれるはずよ! いやでもこれは確実に禁忌に触れている……。何より、あの男、死んでしまうんじゃ……。今すぐ様子を見に戻った方がいいんじゃ……」


 女はぶつぶつと呟いている。日菜菊はズカズカとその女に近づいていった。


「ちょっと、あんた!」

「ひぃ!?」

 女はビクッと肩を震わせ、恐る恐るという様子で日菜菊の方へ振り向いた。


「ひ、日菜菊様!? どうしてここに!?」

「『どうして』……? 自分の胸に聞いてみなよ!」

「……不室ふむろ拓海の件ですか? では、もうお気づきに……?」

 女はタオルで顔を拭くと、日菜菊に向き合った。


「はじめまして、日菜菊様。私はレシアと言います。私はラミアと呼ばれる怪異。今のこの姿は擬態です」

「ラミア? 確か、下半身が蛇の怪異よね?」

「はい、その通りです」

「じゃあ、ラミアの力なのね、人を蛇にしたのは!」

「え! 不室拓海が蛇になっていることまで把握されているのですか!?」

「そうよ! どうしてこんなことしたの!?」


 レシアとの言い合いに、日菜菊は語気を荒げる。レシアは圧倒されたようにのけ反ったが、やがて語り始めた。


「日菜菊様。私はこの地に住む怪異ですが、あのヴァンパイア事件の時、たまたまあの場にいたのですよ」

「ヴァンパイア事件? スカリフルと戦った時の?」

「そうです! あなた様は美しかった! あなた様がどのような怪異かは存じません。しかし、あの月光の輝く岩壁でヴァンパイアをねじ伏せるあなた様のあの強さ! 私は憧れたのです。それに、そちらの莉子様!」

「え、私!?」

「グールを制圧したのはあなたの作戦と聞きました。人間でありながらその知力、それもまた素晴らしい。何より、あなたは日菜菊様の恋人なのでしょう?」


 思わぬ言い分に、日菜菊と莉子は顔を見合わせた。そしてレシアが言葉を続ける。


「見ていればすぐに分かりましたとも。女同士であろうと、そこに愛があるのならばと、それもまた美しかった!」


 そんなレシアの様子を見て、浩太こうたがクラリスに耳打ちする。

「思い込みの激しそうな怪異だな」

「そうね……。正直、めんどくさいタイプよ……」

「やれやれ、どうしたもんかの」

 浩太とクラリスの会話にキマロも混じってきた。剣持と柚希もヒソヒソとささやき合っている。


 そして、レシアは語りを続けた。

「この地であなた様をお見かけしたのは嬉しかった! だというのに何なのですか、あの男! 不室拓海! 日菜菊様と莉子様の間に入り込んで! なぜなのですか日菜菊様!? なぜ二股のようなことを許すのですか! 海であの男がお二人の両方に堂々とイチャつくのを見て、私は堪忍袋の緒が切れたのです!」


 それを聞いて日菜菊は右手で頭を抱えた。自分と拓海の関係を周囲は理解してくれるのかどうか、それを悩んでいた頃の葛藤が蘇ってくる想いだった。莉子も浩太もクラスメイトも理解してくれたし、それは嬉しかったのだが、このように外野から攻撃を受けるとは思わなかった。


「どうか、お考え直しを、日菜菊様! あんな男に日菜菊様と莉子様の美しい愛を邪魔させてはなりません!」

と莉子の間に入り込んでちょっかい出してんのは、あんたよ、レシア!!」

 苛立ちを隠さずに日菜菊は怒鳴った。


「ひ、日菜菊様!?」

「さっさと元に戻せ!!」

 日菜菊はリュックサックから拓海蛇を取り出し、怒鳴った。


「そ、そんなところに連れていたのですか!? いや、しかし……」

「元に戻しなさい、レシア! 言っとくけど、私も怒ってるからね!」

 日菜菊が拓海蛇を支える腕に莉子が手を添え、レシアに言った。


「なぜですか……。なぜお二人してその男をそこまで……」

「元に戻すんだ、。これは怪異としてだいぶマズいことをしているぞ?」

 剣持が、日菜菊と莉子の剣幕と違う方向からレシアを諭す。


 レシアは水をかぶって自問自答をするぐらい、禁忌とやらに触れてしまったことに葛藤していたのを誰もが見ていたし、剣持のその言葉はレシアに効いたようだった。


 レシアは右手を拓海に向けると、青い光がほとばしり、拓海は元の姿に戻った。

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