4-6話  蛇の怪異が起こした事件

 拓海たくみたちは海を満喫し、帰り支度をしていた。


 真水のシャワースポットに移動し、海水を落とすと、拓海はふと見覚えのあるジャージが置いてあるのに気づいた。


「あれ、これ……?」

 拓海と同じ高校名に『MURAOKA』という記載。どうやら陸上部の村岡むらおかの置き忘れのようだった。


「拓海、どうしたの?」

 莉子りこが拓海の元に歩いてきた。


「村岡の忘れ物だな、これ」

「ありゃりゃ」

「こんな暑さでダッシュしてたんだ。相当疲れてたんじゃないか?」

 浩太こうたも拓海の所に来て言った。


「しっかし、大きなジャージね、それ……」

 クラリスが言った。ゴツい村岡のものなので、拓海や浩太が着たとしてもブカブカになるだろうというサイズだった。


「しょうがない届けるか。村岡が参加してる合宿の宿ってどこだろう」

「確か、村岡が提出した活動計画書に書いてあったな」

 剣持けんもちはそう言うとスマホで地図アプリを開いた。


「ここだ」

「おお、さすが先生」

「第一発見者は俺だし、行ってきますね。先生たちはホテルに帰っててください」

 拓海は更衣室で着替え、自分の荷物をぎくに託すと、村岡のジャージを持って歩き始めた。




(温泉旅行の時とは違うけど、ここもセミの鳴き声が凄いな)

 歩きながら拓海は思った。


 海で遊んでいた時と比べて、あっという間に暑さを感じるようになり、汗も吹き出してくる。


 自動販売機とベンチのあるスポットを見つけ、拓海は持って来た小銭でジュースを買い、座って飲み始めた。



「一人になるとは、愚かな……!」

 不意に聞こえてきた声の方向を拓海は見た。そこには女が立っている。


「な、何ですか……?」

 不気味さを感じるその姿に、拓海は警戒しながら尋ねた。


不室ふむろ拓海! 貴様のような男、日菜菊様には相応ふさわしくない!!」

「な、何言ってんだ!?」

 相手の言っていることを理解できず、拓海は狼狽ろうばいした。


「海での様子も見ていたぞ! 貴様、日菜菊様のみならず莉子様までも! クズ男! 女の敵! これでも喰らえ!!」

 女が右手を拓海に向けると、青い光がほとばしった。


「うわあ!!」

 その眩しさに、思わず拓海は目を閉じた。



    ◇◇



 日菜菊は莉子たちと共にホテルに戻り、部屋の冷房で涼んでいたが、拓海が襲われたことを認識し、すぐに部屋を飛び出した。


「あ、ちょっとヒナギク、どこに行くの!?」

「ごめん、すぐ戻る!」

 日菜菊は呼びかけてきたクラリスに返答し、ホテルを出た。


(あれは怪異だ、間違いない!)

 女の怪異に青い光を浴びせられた拓海は、身動きができなくなっている。拓海が目を開けており、自動販売機コーナーに倒れていることは認識できているので、日菜菊はその場所に急いだ。


 拓海がいるはずの自動販売機コーナーにたどり着くと、日菜菊は信じられないものを見た。


「……は?」

 あまりの衝撃に声まで出てしまった。


 日菜菊が見たものは、蛇だった。大蛇とも言える大きさだ。そして、蛇が顔を向けている方に移動すると、共有している拓海の視界の中に日菜菊が入った。


 日菜菊は恐る恐る蛇の頭を触ってみた。すると、拓海の頭を触った時の感触が日菜菊に伝わってきた。蛇の身体に触れても同じだった。


「ま、まさか……!?」

 日菜菊が見たことで拓海が何をされたのかを、ようやく理解できた。拓海はのだ。拓海が身動きできなくなっているのは、蛇の身体の動かし方が分からないからだ。


 日菜菊はパニックになる。


(ここに置いておいたらマズい! 動物に襲われるかもしれないし、人に見つかっても駆除されてしまうかも……! ペットのフリをして連れて帰る!? いや、そんなの、ホテルに入れてもらえずにアウトだ!)


 どういう原理なのか、拓海が着ていたものは消え失せている。しかし、日菜菊の視界に村岡のジャージが映った。着ていたものではないから消えなかったのかもしれないが、不幸中の幸いだと日菜菊は思った。


「よし!」

 日菜菊は拓海蛇の身体を掴むと、自分の胴体に巻き付けた。拓海の触覚も依然として共有されており、自分の身体に自分の身体を巻き付けているような不思議な感覚だった。


 触覚共有のない普通の蛇だったら、気色悪くてこんなことはできなかっただろうと日菜菊は思った。


 拓海蛇の身体がずり落ちたりしないことを確認し、日菜菊はその上から村岡のジャージを着た。その巨大サイズは、中に蛇がいることを隠してくれた。


(ごめん村岡、貸してもらう。後で必ず返すよ!)

 日菜菊はその状態でホテルの部屋を目指して歩き出した。



    ◇



 日菜菊は、拓海蛇がバレないように気を使いながらも、なるべく何事もないかのように歩いてホテルの部屋に戻ってきた。


 部屋に入ると、日菜菊は大きく一息を吐いた。


「あ、ヒナ」

「急に走り出して、一体どうしたというのじゃ?」

「あれ、それ村岡のジャージじゃないか?」

「タクミはどうしたの?」

 莉子たちは次々に疑問を口にした。なお、剣持と柚希ゆずきは部屋にいない。


 日菜菊は扉を閉め、部屋のカーテンを閉めて、莉子たちに向かい合った。緊張感のためか、正座の体制で座っている。


「まずは落ち着いて聞いてね……。片割れが…………蛇にされた」

 日菜菊はその事実を告げ、部屋の中には一瞬沈黙が訪れた。


「……え?」

「は、どういうことじゃ?」

「変な女に何かされた。怪異だと思う。これ、村岡のジャージを使って『俺』を隠してここまで来た。ちょっと、びっくりすると思うけど、大声は出さないでね……」

 日菜菊はそう言うとジャージを脱ぎ、自分の胴体に巻き付けて連れて来た拓海蛇を莉子たちに見せた。


「「「ぇぇぇぇぇ!?」」」

 莉子たちは大声ならぬ小声を上げた。


 莉子がこわごわ近づき、蛇の頭を触る。


「ほ、本当に拓海なの、これ!?」

「うん……。莉子が、『俺』の頭を触ってるのを感じる……」

「マジかよ……」

「一体なんでそんなことに……」


(そういえば、あの女、拓海が日菜菊に相応しくないとか、莉子までもとか言ってたな)

 日菜菊は拓海が言われた言葉を思い出し、それを莉子たちに説明した。


 それを聞いた浩太とクラリスは顔を見合わせる。


「……拓海が日菜菊と莉子ちゃんに二股してるとか思ったんじゃないか、その怪異?」

「それっぽいね。ったく、あんたの言った通りになっちゃったじゃない……」

「ええ、何よそれ……! 勝手に勘違いして、拓海にこんなことしたって言うの!? ひどい怪異ね!」

 莉子は苛立った様子を見せ、ヴァンパイア事件でも活躍した呪視の環で拓海蛇を見た。


「ダメだ、呪いの類じゃないよ、これ」

「困ったもんじゃの……。その怪異を探してみるか?」

「そうね。ひとまず拓海が襲われた現場に行ってみよう。何か手がかりがあるかもしれない」

 そう言うと、莉子は魔具を入れた鞄を取り出し、準備を始めた。浩太とクラリスも外出の準備をしている。


「ヒナギク、とりあえずタクミを外したらどうじゃ? いつまでも巻き付けておいたら窮屈じゃろ?」

 そう言うと、キマロは浩太たちの元に飛んでいった。


 そんなタイミングで、ホテルの前の道路からおかしな宣伝が聞こえてきた。AIで制御されたレストランが開店したことを告げるセリフが聞こえてくる。


 街宣車が来ているのだろうが、内容はともかく、随分と大音量だ。莉子たちは魔具を使って怪異を探すすべを話し合っているようだったが、その街宣車のせいで大声を出さざるを得なくなっている。


(……ふう、キマロの言う通り、『俺』を外すかな)

 日菜菊は拓海蛇の身体を掴んだ。


(……あれ?)

 拓海蛇はガッチリと日菜菊の身体をホールドしてしまっている。どうやら部屋に来るまでの間、拓海がずり落ちないように身体を緊張させていたため、蛇の身体の動かし方が分からないなりにもギッチリと絡みついてしまっていたようだ。


 日菜菊の力だけでは外れそうも無かったので、拓海も少し力を入れてみたところ、日菜菊の身体を締め付ける方向に動いてしまう。


(あ、ちょっと、そっちじゃない……)

 やはり拓海が蛇の身体を操るのは難しいと考え、日菜菊は踏ん張って力を入れようと、足を畳に着けた。しかし、正座をしていたために足が痺れており、畳に倒れ込んだ。


 その拍子に拓海が力んでしまい、日菜菊の胴体を強烈に締め上げてしまった。


「が……!?」

 たまらず日菜菊は悲鳴を上げる。


(ちょ……息が!)

 日菜菊は拓海蛇を外そうと力む。しかし、同時に拓海も力んでしまい、締め上げはどんどん強くなっていく。


「ぐ……ぁ……ぁあぁ……!!」

 日菜菊が悲鳴を上げても、街宣車の騒音で莉子たちには聞こえていない。どうやら赤信号で街宣車が停止しているようだった。


「……ぁ……ぎゃ……ぁあ……!!」

 何とか莉子たちに伝えようと声を上げようとするも、胴体が締め上げられて肺にほとんど空気を入れることができず、小さな悲鳴が出るだけだった。


 日菜菊は歯を食いしばり、頬を紅潮させながら必死に手や足で畳を叩いた。

(り、莉子……みんな……助けて!!)


 ようやく街宣車が発車し、騒音が遠ざかって行った。


「ちょっと、ヒナ!! 何やってるの!?」

 莉子が日菜菊の状況に気づいた。浩太とクラリスとキマロも異変に気づき、全員で日菜菊の元に駆けつけて来る。


「あ! 身体の動かし方、分かんなくてそうなってるんでしょ!!」

 その推測を肯定するために日菜菊は莉子を指差した。


「ヒナ、拓海! 両方とも力抜いて!!」

 日菜菊は息もできないほど締め上げられていたが、踏ん張っていた身体から力を抜き、全てを莉子たちに任せた。莉子と浩太とクラリスの3人がかりで拓海蛇の巻き付きを緩めた。


「……ぐ、はあっ!!」

 息ができるスペースができ、日菜菊は空気を大きく吸い込んだ。


 完全に拓海蛇が外れると、日菜菊は畳に倒れて息切れ状態になった。冷や汗で上半身がぐしょ濡れだった。


「ヒ、ヒナ、大丈夫!?」

「はあっ!! はあっ!! じ、自分に締め殺されるとこだった……」


 莉子は涙目の日菜菊の背中をさすっている。また、日菜菊が苦しいと拓海も苦しいので、拓海蛇も涙目になっていたが、それを理解している莉子は拓海蛇の頭も撫でてくれた。


「くっそー、あの怪異! 絶対捕まえてやる!」

 日菜菊が高らかに宣言した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る