4-5話  天狗と会った日

「天狗の札、ワムルさんが作られたと聞きました。本当にお世話になっていますよ」

 一番魔具を活用している莉子りこがお礼を兼ねて言った。


「ふん、あれしきの物。俺が作ったものの中では中の下だ。褒められても困るぞ」

「要約しますと、割と自信作だけれど使い道を思いつかず、評価が得られずに困っていたが、皆様があれで大活躍してくれたおかげで各方面からの問い合わせが増えて、ウッハウハ状態だ、ということです」

 気難しい発言をしたワムルに続いてエマが言った。


「ルビーさんも、お気に入りの魔具だと言っていましたよ」

 拓海たくみが続いた。


「ああ、あの変な怪異女か。札を引き取ったはいいが、他の有象無象の魔具と同じ扱いをしていると聞く。結局はものの価値を見ようとするのではない商売人だな」

「つまりは、他の名だたる魔具と同列の扱いをしてくれてありがとう、ということですね」

 再びワムルの口の悪さにエマがフォローを入れる。


「いちいちうるさいぞ、エマ!」

「本当のことでしょうが!」


 言い争っているように見えるワムルとエマだったが、エマの言っていることは正しいらしく、ワムルは内心と口から出る言葉が違うようだった。


 実際、ワムルはぶっきらぼうな口調ながらも、今作っている魔具を説明してくれたり、浩太こうたとキマロの契約状態についてアドバイスをくれたりした。


「皆様、明日の夏祭りには参加されるのですよね?」

「はい」

「この街は妖怪が多く住む街だから、たくさんの妖怪を見るチャンスだと聞かされてます」

「その通りです。妖怪の多くは人間に擬態していますから、ぜひこれをお持ち下さい」

 エマは拓海たちに魔具を渡した。


「人間に化けている妖怪をこの魔具で見ると本当の姿を見ることができます」

「おお!」

「それは重要ですね!」

「ふふ、部活動の一環と固く考えず、楽しんでくださいね」


 そんな交流は夜になるまで続いた。やがてホテルに戻る予定の時間になり、挨拶をして、拓海たちはワムルの家を後にした。



    ◇



 ホテルへのチェックインは少し夜も遅くなった頃になった。3部屋予約されており、男子部屋、女子部屋、引率の剣持けんもちの部屋ということになっていた。


 バイキング形式の夕飯を済ませると、剣持は引率用の部屋に戻り、他の者は男子部屋に集まって談笑したり、トランプ等のゲームを楽しんだりした。


「ねえ、柚希ゆずき、剣持先生の部屋行ってくれば?」

「え!? いや、いいよ。宗吾そうごも引率で来てるんだし……」

「そう言うと思ったよ。よし、莉子、クラリス!」

 ぎくがそう言うと、莉子とクラリスは柚希の身体を抱えた。


「え、ええ!? ちょっと!!」

 柚希が声を上げる。


 拓海と浩太は扉を開ける係をし、全員で柚希を剣持の部屋に放り込んで男子部屋に戻って来た。


「ふー、とりあえず成功っと!」

「こればかりは外してほしくないもんね」

「さて、柚希ちゃんは朝まで戻って来ないか、戻って来るか、どっちかねぇ」


 その後も剣持と柚希の関係をさかなにして色々と談笑したが、やがて夜もふけて女子たちは女子部屋に戻って行った。



    ◇



 合宿2日目。

 日中は海で遊ぶことになっており、朝食を取った後、各人は水着等の準備をして海に向かった。



 雲一つない晴天で、絶好の海水浴日和だった。


「うー、暑い……!」

 水着に着替えて砂浜に出るなり拓海が呟いた。しかし、だからこそ海に入るのは楽しみだった。


「あ! あのバカ……!」

 浩太がそう言い、ズカズカと歩き出した。


 拓海がその先を見ると、水着姿のクラリスがナンパされているようだった。


「ん、どうしたの?」

 莉子が合流して拓海に言った。


「ほら、あれ」

 拓海がクラリスの方を指差し、莉子はそちらを見た。クラリスをナンパしてきた男たちを浩太が追い払っているところだ。


「あー、クラリス美人だもんね」

(いや、莉子もターゲットにされる側だよ……)

 拓海は心配し、莉子の手を取った。なお、日菜菊も余計なターゲットにならないように、拓海と近い位置に立っている。



 シーズンだけあって、海水浴場は混んでいたが、スペースが全くないわけでもない。水が大量にあるという特性を活かし、拓海と日菜菊は連動れんどうの練習をしようと海に入った。


 拓海は日菜菊と向き合い、そのまま抱きかかえた。日菜菊は拓海の両肩に手を置き、体重を乗せる。次に拓海は日菜菊の腰の辺りを掴み、上に持ち上げようと力を入れた。


「いいよ、その調子!」

 莉子は横でアドバイザーをしている。莉子の掛け声で力を入れたり抜いたりし、日菜菊は拓海の両肩の上で逆立ち状態になった。


 そのアクロバティックな動きに感銘を受けたのか、周囲から拍手が巻き起こる。



「ったく何事かと思ったら、お前らかよ、怪異研究会」

 声が聞こえた方向を拓海が見ると、砂浜にクラスメイトの村岡むらおかがいた。村岡も拍手をした一人だ。


「あれ、村岡?」

「どうしたの、こんなところで?」

 拓海と莉子が言い、皆で村岡の元に集まった。なお、日菜菊は逆立ち体制を止め、そのまま華麗に拓海の上で肩車の状態になって連動を継続している。


「俺は合宿だよ」

「え、陸上部?」

「いや、地域の陸上協会の合宿」

「へええ、そんなのあるんだ……」

 村岡はハーフパンツに半袖ジャージという格好で、海水浴に来たという感じではない。


 拓海たちも合宿で来ていることを説明した。


「うええ、お前らが来てる合宿ってことは、ホラー系なのか、この辺り」

「さあ、どうだろうね?」

 浩太が意味深な表情で言った。村岡はそれに肩をすくめるような仕草を見せる。


「俺はもう行くけど、まあ、時間が合ったらどっかで会おうぜ」

「ああ、そうだな」

 村岡は、砂浜の端でダッシュを繰り返している集団の元へ向かって歩いていった。


「わお、この暑いのに、海にも入らずダッシュか、凄いな……」

「本当ね……」

 拓海と莉子が海の中で言った。



    ◇◇



 ひとしきり海を堪能し、浩太は一度砂浜に戻った。陣取ってパラソルを準備した場所には剣持と柚希がいるが、そこには戻らずに、海の方を眺めながら砂浜に座った。なお、キマロは海の、浩太に近い場所で泳いでいる。


「コウタ、どうしたの?」

 クラリスが浩太に話しかけてきた。


「いや、周囲から見たらあいつらってどう映るのかと思ってさ」

 浩太は、まだ海で遊んでいる拓海と莉子と日菜菊を見ていた。また何かの連動の動きをした後なのか、日菜菊は拓海におんぶされており、莉子は拓海と腕を組んでいる。


「素敵なカップルだと思うけど……。いや、でもそうね、それは私たちが事情を知っているからそう思うだけなのかもね」

「そうなんだよ。知らない人からだと、拓海が堂々と二股かけてると思われるんじゃないかと思ってさ」

「まあ、私もアイカの相手の男を許せないと思ったしなぁ。でも、タクミたちは外野からどう思われようと気にしないんじゃない?」

「本人たちはそうだろうけどね。ただ、なぁんかがしてならないんだよな……」

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