4-4話  怪異研究会の夏合宿

 夏合宿の日程も決まり、拓海たくみ莉子りこはデートを楽しんでいた。普段デートする時は拓海とぎくのどちらかが出かけるのだが、この日は莉子の希望でコンビが揃っていた。


(なんとなく、その理由は分かる……)

 拓海はそう思った。この日は特別なのだ。


 夏合宿の準備も兼ねてショッピングを楽しんだり、水族館を訪れたりした後、夕方にルビーのアンティークショップを訪れた。


「ふふ、いらっしゃい、待ってたわ」

 ルビーが拓海たちを出迎え、テーブルに案内した後、ルビーはそのまま席を外した。


 拓海たちはルビーが用意してくれた飲み物に手をつけている。


「相変わらず美味しいよね、ここのお茶」

「毎回違うもの出してくるもんな、ルビーさん……」

「カフェを開いた方が儲かるんじゃ……」

 3人ふたりでそんなことを言っていると、ルビーがお盆で運んで来たものをテーブルの上に置いた。


 それはロウソクの付いたケーキだった。


「拓海、ヒナ! 誕生日おめでとう!!」

 莉子が言った。そう、この日は拓海と日菜菊の誕生日なのだ。


「私からもおめでとう、拓海くん、日菜菊ちゃん。同じ誕生日というのは、あなたたちの怪異特性を考えると運命を感じるわね」

 ルビーも祝いの言葉を拓海たちにかけた。


「「ありがとう!」」

「ロウソクの火、消して!」

 莉子のリクエストで、拓海と日菜菊は同時にロウソクの火に息を吹きかけて火を消した。莉子とルビーから拍手が起こる。


「はいこれ、拓海とヒナに誕生日プレゼント!」

「ありがとう!」

「開けていい!?」

「うん、開けて」

 拓海と日菜菊が包装を取ると、それは財布だった。


「拓海とヒナへのプレゼントって、どんなのがいいかなって考えたんだけど、色違いで同じものにしてみたよ」

「良いね、素敵だよ」

「本当にありがとう莉子! 大切にする」


 少なくとも拓海の方は莉子と幼い頃からの腐れ縁だったからプレゼント交換などはよくやってきたことだが、恋人になってから初めてもらう誕生日プレゼントは格別の嬉しさがあった。


(莉子の誕生日も近いから、盛大に祝わないとな……)

 普通ではできないプレゼント案を考えているので、莉子の誕生日に間に合うかどうかが拓海の心配事ではあった。


「ちなみに、私からのプレゼントはそのケーキそのものだから。莉子ちゃんも手伝ってくれたのだけれどね」

 そう言うとルビーはケーキを切り分けてくれた。


「うわ、美味し!」

「手伝ったから分かるけど、結構見たことのない食材が入ってるよ」

「怪異としてこんな生業をしていると、人間の世界には無い食材も手に入るのよ」

(さ、さすがルビーさん、凄いことを言う……)

 拓海はそんなことを思った。



「夏合宿は明後日出発だったかしら?」

「はい。剣持けんもち先生が運転してくれるそうです」

「今回は、沢山の怪異と出会うかもね」

「そうなんですか?」

「あの天狗がいるのは妖怪の多く住む街よ。まあ、私も後から行くから、何かあったら言いなさい」


 その後は、お化け屋敷用の魔具の紹介を受けたりしながら時間を過ごした。他の客もおらず、本当にカフェにいるみたいだと拓海は思った。


 日の暮れる頃にお開きとなり、拓海たちは帰路についた。



    ◇



 怪異研究会の夏合宿当日。


 拓海、莉子、日菜菊、浩太こうた、クラリス、キマロの怪異研究会関係者が学校に集まっていた。全員が揃って程なくした頃、剣持が大きな車に乗って来た。レンタカーだ。


 柚希ゆずきも参加することになっており、既に助手席に乗っている。全員で荷物の詰め込みをした後、車に乗り込んだ。


「じゃあ、早速出発するぞ」

 剣持はアクセルを踏んで発車させた。


 合宿とはいえ高校生の旅らしく、車内は賑やかな雰囲気になった。高速道路に入り、パーキングエリアで休憩を取りつつ、車は目的地との距離を縮めていく。


「あ、海が見えてきたよ!」

「チキュウでも海の壮大さは変わらんの!」

 青く広大に広がる海に夏らしい入道雲が見え、異世界組も気分が上がってきているようだった。


 漁港の食堂に立ち寄って昼食を済ませ、車は海に隣接する山に入っていく。市街地から比べると辺鄙へんぴな場所に一軒家があった。



「いらっしゃいませ。怪異研究会の皆様ですね」

 一軒家には和風の着物姿の女性がいた。夏の暑い気候には似つかわしくない姿が異様さを感じさせる。


「私、妖狐のエマと申します」

「妖狐……?」

「ご覧になりますか? 私の本当の姿を」

 エマは右手をかざし、拳を握る仕草をした。するとエマの足元から煙が立ち上がり、女性の姿は大きな狐に変わった。


「おお、これはまた……」

「チキュウの人間の科学とは違うのよね?」

「ふーむ、これは魔術に近いのぉ。マナも無いのに、不思議じゃ……」

 拓海たちは口々に感想を述べる。エマはすぐに人間の姿に戻った。


「それでは、皆様を天狗の元にご案内します」

「エマさんが、ですか?」

「私、助手をやっておりますので」

 エマはそう言うと、拓海たちを奥に案内した。


「天狗はこの家の3階にいます」

 階段を登りながらエマが言った。


「3階ですか……?」

「外から見ると2階しかなさそうな作りですよね、ここ?」

「さすが皆様、鋭いですね。その通りです、3階は異次元に作られています。普通なら入ることはできませんよ」

 学校に作られてある裏の屋上のようなものかと拓海は思った。


 3階に到着すると部屋が一つあり、エマは扉をノックした。


「ワムル様、怪異研究会の皆様をお連れしました。……聞いてませんよね? いつも通りですよね? 勝手に開けますよ?」

 エマは返事を待たずに扉を開けた。


 壁には様々な魔具が飾られており、奥の方で体格の良い男が何やら作業をしている。男には黒い翼が生えていた。


「あの人が……?」

「天狗のワムル様です。集中していると周りが全く見えなくなるのが困りものでしてね」

 エマは懐から紙を取り出すと、右手の人差し指で指し、火を着けた。たちまち周囲に美味しそうな匂いが立ち込める。


「ん~? んん~?? なんだ、もう晩飯の時間か?」

 ワムルは匂いに反応したようで、振り返って拓海たちを見た。伝承の天狗と同様に、赤い顔に長い鼻が特徴のようだった。


「……エマ、そいつらは誰だ?」

「怪異研究会の皆様です。さっき、そう言いましたよね? というか、今朝も確認しましたよね? 今日が約束の日だと」

 ワムルは立ち上がり、頭をかきながらノシノシと歩いてきた。

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