4-8話  蛇の怪異とのケンカ

 元の姿に戻った拓海たくみは自分の身体を確認した。着ている物も元に戻っていたし、ポケットの中身も元通りだった。


「拓海、大丈夫?」

 莉子りこが心配そうに拓海の胸に手を触れた。


「うん、多分」

 ほっとする気持ちが強く、拓海はそのまま莉子を抱きしめる。莉子も拓海の背中に腕を回した。ぎくは拓海の姿を後ろから見るなどして、諸々の確認をしている。


 そんな拓海たちを見て、レシアは言った。


「やっぱり納得がいかない! 不室ふむろ拓海! 貴様は一体何なのだ!」

「それを確認しないで、自分の思い込みだけであんなことするんじゃねーよ、バカ野郎!」

 先ほどまでの日菜菊と同じ剣幕で拓海が怒鳴る。


「何を~! 私と勝負しろ、不室拓海! やはり女として貴様の行いは許せん! 制裁してやる!」

「望むところだ! 受けて立ってやるぞ、クソ怪異!」

 拓海も頭に血が上っているので、売り言葉に買い言葉となってしまった。散々日菜菊への憧れを語ったくせに拓海に危害を加えた浅はかさも、拓海の苛立ちを強めていた。


「お、おい、不室!」

「拓海くん、落ち着いて!」

 剣持けんもち柚希ゆずきが心配そうに言う。


「タクミも相当イラついておるの……」

「タクミとヒナギクのこと、ちゃんと説明した方がいいんじゃ……」

「それだけだと、拓海と日菜菊の気分が収まらないのかもなぁ……」

 キマロとクラリスと浩太こうたもこの状況を心配している。


「言ったな、クズ男!!」

 レシアは擬態を解除し、下半身が蛇の状態になった。


(そう来るよな、当然!)

 拓海は莉子から距離を取って、レシアと睨み合った。こんなケンカ、剣持は止めたいだろうから短期決戦に持ち込むしかないと拓海は思った。


 この怪異の勘違いは拓海と日菜菊の関係を思い違えているところから来ている。だから当然、拓海との勝負という言い方をしたら日菜菊が介入してくることを理解できていない。


「はっ!」

 レシアが下半身の蛇の部分を突き出してくる。拓海はそれを、日菜菊がレシアの死角に入るように避けた。


「どうだ! 私のリーチは人間の何倍もあるんだ! ケンカで人間が勝てるものか!」

 レシアが拓海を挑発するように言うが、拓海にそれを受ける必要はなかった。日菜菊がレシアの後ろから忍び寄っている。


「バカめ、本質を理解しようとしないからこうなるんだ!」

「なにぃ?」

「お前の負けだよ!」

 拓海がそう言うと、日菜菊がレシアに背後から首絞めチョークスリーパーを仕掛けた。


「う!?」

 レシアは驚き、両手で日菜菊の腕を掴んだ。下半身の蛇は強靭な力を持っているようだったが、上半身の人間の姿の部分は通常の女の腕力と変わらず、日菜菊を振りほどくことはできないようだった。


 頸動脈けいどうみゃくを決めれば落とすことはできるが、この場の出来事を忘れてもらっても困るので、日菜菊はあえて気道を潰しにいった。


「が、がは!?」

 レシアはたまらず声を上げる。


「はいストップ! ストーップ!! もういいだろお互いに!!」

 剣持が間に入り、日菜菊とレシアを引き離した。



「ゲホっ!! ゲホっ!! ひ、日菜菊様、何を……? 今のは私と不室拓海との勝負だったはず!」

「そうだよ、私も攻撃したんじゃない」

「……え?」

 レシアは訳がわからないという顔をした。


「レシア……」

「実はな……」

 頭に血が上っているヒナタ・コンビや莉子に変わって、クラリスと浩太が事情を説明した。



「……え? 不室拓海が……、日菜菊様のもう一つの身体??」

「ええ。それを知ろうともせずに、あなたって人は……!」

 レシアの状況整理に、莉子が苛立ち混じりの言葉をぶつけた。


「えっと、じゃあ、つまり、私は日菜菊様を蛇にしてしまったということになるのでは……?」

「「そ・う・だ・よ! こっちは溜まったもんじゃねーよ!」」

 まだ怒りが収まらず、拓海と日菜菊が声を揃えて突っ込みを入れる。



 そこからはレシアの土下座タイムだった。


「申し訳ございませんでした!!」

 日菜菊に土下座。


「申し訳ございませんでした!!」

 莉子に土下座。


「申し訳ございませんでした!!」

 そして、拓海に土下座。


「皆様にも、大変なご迷惑を……!!」

 最後には、他の者にも土下座。


 地面に頭をガンガンとぶつけ始めたので、見かねた様子の柚希がそれを止めに入った。


「何とお詫びして良いか……! 本当に申し訳ございませんでした!!」

「まあ、勘違いしちゃうのは分かるけどな」

「何事も事実確認するべきじゃの。自分が思ったことを疑うことを忘れてはならぬ」

「というか、人に憧れるのはいいけど、そうやって偶像化し過ぎるのも良くない」

 浩太とキマロとクラリスがレシアに言う。


 そんな時、拓海たちの背後から声がした。


「まったくね。挙句の果てに、一般市民に変化へんげの術を使うなんて……」

 拓海たちが声の方を振り返ると、そこにはルビーが立っていた。


「あ、ルビーさん」

「こんにちは、拓海くん。宗吾そうごくんから事情を聞いて、すっ飛んで来たわ。大変な目に遭ったわね。さて、レシア……?」

「げげげ、ルビー様……!?」

「分かっているわよね? 一般市民に怪異が不当な攻撃をした場合の罰則?」

「いや、その、あの……」

「ちょぉっと、話を聞かせてくれるかしら?」


 ルビーはズカズカとレシアの元に歩み寄り、首根っこを押さえてズルズルと家の中に引きずっていった。


「ル、ルビー様! お許しを~!!」

 その間、レシアは悲壮感の漂う声を発していた。


 家に入る直前、ルビーは拓海たちに振り返った。


「このバカへのは私の方でも考えるから。あなたたちはホテルに戻ってて。私も後から行くわ」

 ルビーはそのままレシアを家の中に連れて行った。



「「はぁーー…………」」

 大きなため息と共に、拓海と日菜菊は背中を預けあって地面に座り込んだ。


「お疲れ、ヒナタ・コンビ」

「大変だったね」

「チキュウにも変な怪異がおるもんじゃのぉ」

「無事に済んで良かった」

「不室がケンカし始めた時はどうなるかと思ったぞ……」

 浩太たちも拓海たちの元に歩み寄り、次々と言葉をかけた。


「本当に、色んなこと起こるね、私たち」

 莉子はそう言うと、右手を拓海に差し出した。


「ははっ、そうだな」

 拓海は莉子の手を借り、ホテルに帰るべく立ち上がった。そして、日菜菊の両脇を抱えると、力を入れて日菜菊を引っ張り起こした。


「「行こう」」

 拓海と日菜菊の揃った声を合図に、レシアが連れて行かれた家に背を向け、異次元空間から抜け出して、レンタカーのところに移動し始めた。

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