3-6話  旅館での出来事

 ぎく莉子りこは旅館の部屋に戻ってきた。


「川も温泉も気持ち良かったねぇ」

「ホントに! でもまだ温泉行くでしょ?」

「うん。せっかくだしね」

 他にも温泉スポットはあるし、旅館には個室温泉もあるのだ。拓海たくみとの繋がりを気にする日菜菊にとって、大浴場よりはありがたいことだった。


 部屋に用意されているお茶を淹れ、日菜菊と莉子は寄り添って座布団に座り、一息つくことにした。


「色々写真も撮れたね」

「共有しよ」

 撮った写真を怪異研究会と異世界組のグループにアップロードすると、次々と反応があった。


 写真をアップし終えると、莉子が日菜菊の肩に寄りかかってきた。


「ちょっと疲れたね」

「朝も早かったもんね」


 隣に寄り添う幼馴染の少女、旅行先で二人きり。拓海の方が来ていたら、ちょっとチャンスだったなと日菜菊は頬を赤らめながら思った。



「ねえ、ヒナ……」

「ん?」

「私たちが二人きりでいる時のこと、考えたことある?」

「……え!?」

 日菜菊の肩に体重を預けていた莉子が、日菜菊を押し倒した。突然の出来事に、日菜菊は目が泳ぐ。


「ヒナ……。とか考えてたでしょ?」

「え……、ええ??」

「ヒナは女だからって、変な気を使うことないよ」

「ちょ……莉子!?」

 莉子が日菜菊と唇を重ねてきた。つまり、ということだ。


「り、莉子、待って!!」

 日菜菊が声を上げる。正直に言ってこれを想定していなかった。拓海の方の役目と思っていたのだ。


 莉子は一度身体を起こして言った。


「いつもお返しだよ」

「え、い、いや、あの、その……」

 狼狽うろたえる姿がおかしかったのか、莉子は笑みを浮かべた。そして、唇を日菜菊の首筋に当てる。


「ひっ!? や……あ……」

 日菜菊は手を口に当て、声が出るのを我慢しようとした。


「恥ずかしいの……?」

「それも……ある、けど、そうじゃなくて……」

 呼吸が荒くなった状態で日菜菊は続けた。


「い、今、片割れが電車の中だから、今は……まずいよ!!」



    ◇◇



 拓海は電車に乗っていた。日菜菊の必死の懇願に、莉子は止まるどころか面白そうに続けようとするのが、日菜菊の目を通して拓海にも見えている。


(う……ぐ……!!)

 莉子がが伝わってくるので、拓海は腰が抜けてその場に座りこんでしまった。


 拓海が莉子と一線を越えた時と同じだ。片割れから入ってくる感情と興奮が大きすぎて、他方の自律行動が困難になる。


(り、莉子!? なんてことを……!!)

 止めてほしいけど止めてほしくない、困った感情が渦巻いていた。


(ま、まずい! ……!!)

 拓海は身体を倒し、下半身のを目立たないようにしたが、それはもう体調不良でうずくまっている人間の体制だった。



「きみ、大丈夫か!?」

 スーツ姿のサラリーマン風のおじさんが拓海に話しかけてきた。他の乗客も少しざわついているようだった。


「え、あ、あの、大丈夫です! ぐ!? ほ、本当に大丈夫ですか……ら、う!!」

 莉子のに発言が変になりつつも、親切に声をかけてきたおじさんを振り切り、拓海は途中下車した。トイレに駆け込むのも違う。トイレでは声が漏れたらまずい。


 拓海は腹痛を装って腕を腹の辺りに置き、鞄でそこより下が分からないようにして改札を出た。拓海と日菜菊の両者が歯を食いしばって耐えている。


(ここは駅前にカラオケがあったはず!!)

 拓海はカラオケ店に駆け込み、ヒトカラをお願いした。部屋番号を聞くと店員の説明を聞かずに部屋に急行し、すぐに適当に選曲をしてソファーに倒れ込んだ。


 音楽が鳴り始め、ひとまず声が漏れてもごまかせる状況になり、



    ◇◇



 さんざんもてあそばれた日菜菊は真っ赤な顔と涙目で莉子を睨んで言った。


「いじわる……」

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