3-5話 言い伝えの神社
「先にちょっと寄ってみる?」
「うん、そうしよっか」
神社は特に特徴のあるものではなかったが、言い伝えを記載したところがあった。吸血鬼が多くの村民の命を奪った、本殿奥に封印の地あり、封印を解くべからず、といった物騒な言葉が並んでいる。
「鬼じゃなくて吸血鬼? なんでだろ」
「ちょっと日本の神社らしくない表現だよね……」
日本の神社に鬼ではなくヴァンパイアを連想させる表現があることに違和感を覚えたのか、莉子が何かを考えている。莉子は、鞄の中から円形の魔具を出した。ルビーのアンティークショップで頂いたものだ。それは、呪いのような闇の存在を見ることができる魔具であり、呪視の環というものだった。
莉子は円に囲まれた空間を目に当て、辺りを見回した。
「何か見える?」
「うーん、特に怪しい感じではないかな」
莉子はそう言うと、魔具を日菜菊に渡した。日菜菊も覗き込んでみるが、やはり変わった様子はない。呪いの
「何もなさそうだね。行こっか?」
「……そうだね」
莉子は少しまだ引っかかりが取れないような顔をしていたが、お参りを済ませ、神社を後にした。
日菜菊たちが元の道を歩くと、まもなく目的の川・温泉への入り口が見えてきた。更衣室の建物も隣接している。水着に着替えて川に向かえということだった。
日菜菊は特性上、女子更衣室に入ることには気を使っているのだが、今は日菜菊たち以外に中にいる人はいなかったので、莉子と一緒に入室した。さっと水着姿になり、莉子が着替え終わるのを待っていると、莉子もすぐに扉の前までやって来た。
水着姿の莉子を見て日菜菊は思う。
(ボン・キュッ・ボンという言葉がこれほど合う
一緒に水着を買いに行った時と比べてもプロポーションが良く見える。実際に莉子に変化があったのか、環境が美しさを際立たせているのか。
日菜菊が顔を赤らめながら莉子に見とれていると、莉子が近づいてきて日菜菊の手を取った。
「ヒナ、凛々しい! やっぱその水着で正解だよ」
莉子はそのまま日菜菊のスタイルの良さや水着の色との相性を語り始める。
日菜菊は、心がキュッとなるのを感じた。
(莉子……。莉子がいて本当に良かった)
日菜菊は莉子と腕を組みながら川の方に歩いていった。暑さゆえに汗で湿る素肌に触れるのはドキドキした。この場にはいない拓海も、日菜菊と同じように惚けている。
川には他にも、家族連れや若い男女のグループ等がいた。若い男女の数名が大学名の書かれたTシャツを着ているので、恐らく大学生だと日菜菊は思った。
川と隣接する温泉という魅力的な観光名所であっても、この村のアクセスの悪さと規模の小ささゆえにそこまで混雑しないというのもポイントの一つだった。
「どっちから行く?」
「せーので言おうよ」
「いいね! せーの」
「「川!!」」
暑さにやられているので、まずは川遊びにするという意見は見事に一致した。
手で触ってみると、山の中の川だけあって水は冷たかった。日菜菊と莉子は少しずつ冷たさに身体を慣らしてから、川に入っていった。夏の暑さで火照った身体が川遊びで冷えていく。
二人は寒いと感じる程度まで川遊びを楽しみ、今度は川に隣接する形の温泉に移動した。
温泉の部分は岩で囲まれており、流れ込む川の水と溢れ出ている源泉がちょうどよく混ざり合って良い温度に保たれている。常に水も温泉も流れ続けているから、人が入れ替わり水着でそのまま入っても確かに問題なさそうだった。
「ふぅぅ~」
「気持ちいい~」
冷えた身体に温泉の温かさが身に染みる。夏にこういう経験をできるのがこのスポットの見どころだ。川からの水と源泉からの熱湯が合わさる形なので温度はまちまちになっており、二人は場所を移動しては温度の変化を楽しんだ。
「いえーーーーい!!」
川に声が響き渡り、何事かと思って日菜菊は川の方を見た。どうやら大学生の男女グループが大騒ぎしているようだった。
「おやおや、青春してるね」
「男5人、女3人……大学のサークルか何かかな?」
「って、あっ!!」
男女のうち一組はカップルらしく、他の6人が川の中ではしゃいでいる中、川岸でキスをするのが見えてしまった。日菜菊は何となく隠れた方が良い気がして、岩に顔を隠した。隣では莉子も同じようにしている。
「う、うーん、隠れる必要はないよね……?」
「そ、そうだよね……?」
そう言うと、二人はゆっくりと岩から顔を出した。カップルの男女はキス以上にエスカレートしていきそうな体制だった。
(友達とかがすぐそこにいるのによくやるなぁ……)
旅行で心が舞い上がっているのかもしれないが、ここは人前なので、度胸が凄いと日菜菊は思った。
ふと、日菜菊は隣の莉子に目をやった。莉子は野次馬根性丸出しでその現場を見ている。
(とはいえ、ちょっと羨ましいかも……)
一緒に来たのが拓海の方だったら、影響されて自分も莉子に迫っていたかもしれないと日菜菊は思った。
「ん、ヒナ、どしたの?」
日菜菊の視線に気づいた莉子が日菜菊に話しかけてきた。
「い、いや、何でもない……」
日菜菊はそう言うと、カップルに目をやった。仲間たちが川岸に戻りそうな様子を察知し、カップルはいちゃつくのを止めて取り繕った。その一瞬の切り替えも見事だった。
このように周囲の様子を観察しつつも、何度か川と温泉を往復して楽しんだ後、日菜菊と莉子は旅館への帰路についた。
手を繋いで歩いていると、川に行く前に立ち寄った神社から人が出てくるのが見えた。
「あれ? 旅館ですれ違った人たちだ」
「あ、ホントだね」
その男女は、神社の前で何やら深刻そうに話し合っている。
「こんにちは。どうかしたんですか?」
日菜菊が話しかけた。
「あ、こんにちは。また会いましたね」
女が日菜菊たちに反応した。男は神社を凝視した後、日菜菊たちに向き合って言った。
「最近、この辺りに熊が出るらしいので、注意しなきゃね、と話していたところです」
「熊……ですか?」
「ええ。注意喚起の情報はまだ出ていないようですが、どうやら
女がそう言うと、その男女は川の方に歩いていった。
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