2-6話  魔術を試そう


 朝のホームルームの時間になり、担任の剣持けんもちがクラリスと共に教室に入ってきた。クラリスは制服姿だ。それだけでクラスメイトの誰もが状況を察し、声を上げた。浩太こうたはまた頭を抱えている。


「学校内を部外者がチョロチョロされると困るとのことで、こうなりました……」

 剣持が半ば投げやりな説明をクラスメイトにしている。


(こ、これもルビーさんの仕業なのかな……?)

 拓海たくみはそう思った。


「異世界とは学ぶ内容が全然違うだろうから、みんなクラリスをサポートして上げてください」

 剣持がクラスに伝え、ホームルームは終了になった。




 クラリスたちのサポートは怪異研究会が引き受けることになった。拓海と莉子りこぎくは、休み時間を使って学校の案内をした。キマロと距離を取れない浩太もついて来ている。


「あそこが体育館。体育って分かる?」

「うん。運動をする授業でしょ?」

 莉子の説明にクラリスが返答している。場合によって、拓海が説明したり、日菜菊が説明したりしていた。


「……んー?」

「んん??」

 その中で、クラリスもキマロも一つの疑問を持ったようだった。



 昼休みになった。学食に行く者、教室で弁当を食べる者、部活の昼練に行く者に分かれる時間だ。拓海たちはクラリスとキマロを学食に案内しようと声をかけたが、そのタイミングで、クラリスが拓海に質問した。


「タクミ? その、答えづらいことだったらいいんだけど、タクミとヒナギクってどういう関係……なの?」

「ふむ、ワシもそれが気になっておった」

 どうやらクラリスとキマロは、拓海と日菜菊の関係が普通ではないことに気づいたようだった。


 それを聞いた浩太が拓海に耳打ちしてきた。

「拓海、いたずらしろ」

「え、なんで?」

「あいつらに振りまわっされぱなしだから、動揺しているところを見たい」


 そのまま浩太からいたずら案を聞き、面白いと思ってしまった拓海は乗っかることにした。それを察した莉子が一言だけ声をかけた。

「お手柔らかにしてあげなよ」


 拓海と日菜菊はクラリスたちの前に立ち、手を繋いだ。

「当ててみなよ」

 拓海が言った。


「え……。うーん、恋人?」

「いや、違うじゃろ。タクミの恋人はそっちじゃなかろう」

 そう言うと、キマロは莉子の方を見た。莉子は笑顔でキマロに手を振った。


「そ。恋人じゃないよ」

 日菜菊がそう言うと、次に拓海と日菜菊は身体を向かい合わせにし、空いていた方の手も繋いだ。


「なら、兄妹とか……?」

「ファミリーネームが違うが、無くはないの。じゃが、そういう感じでもない気がするぞ」

「外れ」


 次に、拓海と日菜菊はそのまま抱き合い、頬と頬をくっつけ始めた。


「なななな! 何をしてるの!?」

「コラコラコラコラ、やりすぎじゃぞ!! 恋人でも兄妹でもないんじゃろ!? え、分からん分からん、なんじゃ、何らかの血縁か!?」

 浩太の思惑通り、クラリスもキマロも動揺しきっていた。


 なお、異世界の二人だけでなく、教室で弁当を食べているクラスメイトにも飲み物をこぼしたり咳き込んだりしている者がいる。


「ほらほら、もういいんじゃないの?」

 莉子がそう言うと、いたずら成功に満面の笑みの浩太が、拓海と日菜菊の関係を説明した。


「同一人物!?」

「なんじゃそれは!! この世界はどうなっておるんじゃ!?」

「いやまあ、拓海とヒナくらいしかいないと思うけどね……」

 莉子が最後にツッコミを入れた。


 クラリスたちを学食に案内しても、拓海と日菜菊のことに興味が絶えないようで、クラリスもキマロも色々なことを尋ねるのだった。



    ◇



 放課後。この日は異世界ゾダールハイムに行くことになっているので、引率で剣持が、怪異研究会として拓海と莉子が、浩太たちのお供をする。日菜菊は地球側のゲートの前で連絡係だった。日菜菊について柚希ゆずきも手伝いに来ている。


 ゲートを抜けると、整備された区画の建物に明かりがついていた。以前に話していた監視所が稼働し始めたのだろうと拓海は思った。


 監視所には学者らしき人たちが集まっていた。彼らが契約解除を試みるということだった。剣持は浩太に付き添うことになった。しばらくは拓海と莉子も見ていたが、試しては失敗の繰り返しで、ノートを取るのも疲れて来たので、外で休憩することにした。


 拓海と莉子は外に作られたテーブルの椅子に座った。監視所の人がくれたゾダールハイムのお茶を飲んでいる。


「これ、美味しいね」

「日本茶とか紅茶とはまた違うよな」

 異世界の文化に触れながら、拓海は辺りを見回した。森が緑なのは地球と変わらない。


「あ、拓海、空見てよ!」

「うわ!」

 空には巨大な星が見える。前回来た時は観察をする余裕がなくて気が付かなかった。この世界の月なのだろうかと拓海は思った。


「月……なのかな?」

 莉子はそう言うと、ノートにスケッチを始めた。


「本当に地球と違う世界なんだな」

「そうね……。魔術なんてものもあるし」

 莉子がそこまで言うと、ゲート監視所の兵士らしき人が話しかけてきた。


「失礼、チキュウの方。魔術に興味がおありなら試してみますか?」

「え!?」

「試せるんですか!?」

 思ってもみない提案に、拓海も莉子も興奮気味に聞き返した。


「この世界に来ている以上、お二人の身体にもマナが流れ込んでいます。それに作用する簡単な身体強化術を試してみましょう」

 兵士は、先端に水晶のような球体のついた杖を拓海と莉子にかざし、何やら呪文を唱えた。拓海と莉子の身体が淡く青色に発光し始める。


「今、発動中です。そうですね、タクミ殿、ジャンプしてみてください」

 言われるままにジャンプをしてみると、拓海の身体が大きく浮き上がった。


「うおおーー!!」

 拓海は3メートルぐらいの大ジャンプをすることができた。


「うわー、凄い……」

 大ジャンプを繰り返す拓海に、莉子はあっけに取られている。


「リコ殿は、これはどうですか?」

 兵士は太い木の幹を持ってきた。殴ってみろということだった。莉子はそれにパンチをしてみると、木は吹っ飛んでいった。


「えええ……!?」

 莉子は飛んでいった木の方向を見て呆然としている。


「でも、きちんと使わないと危ないですね」

 拓海が言った。


「その通りですね。ただ、この魔術はそこまで実用性の高いものではありません。我々、兵士はどちらかと言うとこういう魔術を使います」

 そう言うと、兵士は杖を木の方に向け、早口で呪文を唱えた。すると、杖の先端から炎の玉が飛び出して木に飛んでいった。


「「おお-ー!!」」

「これは先ほどの身体強化術のように体内に入り込んだマナに作用するのではなく、体外のマナに作用する魔術です。今見たように、兵士には有用な魔術ですが、ここまで習得するには長い年月を必要とします」

「皆さん、いつ頃から魔術の訓練をされるんですか?」

「兵士でなくとも、幼い頃からですね。学校に通った場合、必須科目です」

「へぇぇ」

 それは、拓海たちのような高校生くらいの年齢になってから始めても大成はしないということも意味していた。


「あら、魔術を試してたの?」

 監視所の建物から出てきたクラリスが拓海たちに話しかけてきた。


「ああ、身体強化術をね」

「なるほど、基本ね」

「クラリスはどんな魔術を使えるの?」

「回復魔術が得意よ」

「回復魔術!?」

「そんなものもあるんだね……!」

「この世界で怪我をしたら言って。すぐに治してあげるから」

「う、うん」

「わ、分かった」

 莉子と拓海はクラリスに返答した。


「まあ、チキュウにマナがない以上、皆さんにはゾダールハイムに来た時の気晴らし程度のものでしょうね、魔術は。他にも試したければいつでもどうぞ。時間が取れればお相手いたします」

 そう言うと、兵士は建物に入っていった。拓海と莉子はお礼を言って兵士を見送った。


 やがて、浩太と剣持も建物から出てきた。結局、何の成果もなかったようだ。拓海たちは地球に戻ることにした。

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