2-7話  異世界人のいる生活

「おはよう、拓海たくみ

 莉子りこが拓海の家の玄関にいた。その日は莉子の方が早かったのだ。


「莉子、おはよ……」

 拓海は玄関を開けて挨拶をしたところで、夏服姿の莉子に見とれてしまった。


 この瞬間、ぎくも第2寮の自室で夏服に着替えており、日菜菊の目を通して鏡に映るその姿が拓海にも見えている。日菜菊が美人と言われることは自覚しているが、やはり見るのと莉子を見るのは全く違う。また、莉子と違って日菜菊は胸が慎ましいということもあり、それは相対的に莉子への憧れを強めているのかもしれないと拓海は思った。


「今日から夏服だもんな。似合ってるよ……世界一可愛い」

「!? ……もう、バカ!」

 莉子は右手で拓海を叩いた。顔が少し赤らんでいる。それを見た拓海もまた、同じように頬の色が変わるのだった。


 拓海も夏服に着替え、莉子と一緒に登校した。



 電車の中では、浩太こうたとクラリスと合流した。クラリスは美人であるばかりか、日本人ではないということもあって、通学中にも注目を集めている。


「クラリス、もう慣れた?」

「ある程度は……。でも、あの箸というのは難しいね」

 莉子にクラリスが答えた。どうやら、クラリスはまだ箸には慣れないようだった。なお、キマロはいつものように浩太の鞄の中に隠れている。


 授業中は、さすがにクラリスには分からないことだらけなので、隣で日菜菊が小声でヘルプをしている。拓海と日菜菊がまったく同じ授業を同時に受けるというのはかなりの無駄なので、片割れが他のことに集中できるのは、拓海にとっては好都合だった。なお、クラリスは、異世界のことを知ることができる機会ということで、授業を受けることを好意的に受け止めていた。


 昼食は、拓海、莉子、日菜菊の怪異研究会組と、浩太、クラリス、キマロの異世界・巻き込まれ組で学食に行くのが日課になった。この日は、クラリスは箸の練習も兼ねて、魚定食に挑戦していた。


「そんなにチキュウの文化を学ぼうとせずとも良かろう。ヒナギクが食べてるカレーライスというのが楽そうじゃぞ」

「いいじゃない。これがチキュウのこの国の定番料理なんでしょ? だったらそれを食べたい」

「別に無理して箸を使わなくてもいいんだぜ?」

「うっさい、バカにしないでくれる?」

「バカにしてんじゃねーよ! 無理すんなって言ってるだけだろ!!」

 浩太とクラリスがいつものように罵り合っている。段々と定番化してきたので、誰も止める者はいなかった。



 学食から教室に戻る道で、拓海は屋上への階段を上るゲートの見張りに気がついた。


「あれ、見張りの人もお昼かな?」

 見張りはビニール袋を抱えている。


「お昼時だもんね。……んー? でもなんかお昼にしては量が多くない?」

「確かに。あのビン、なんだろう?」

 荷物が多いように思えたので首をかしげる拓海と莉子だったが、この時は見過ごしてしまった。



    ◇



 放課後になり、拓海たちは怪異研究会の資料室に向かった。ルビーのアンティークショップにも浩太とキマロの契約を解除できるものはなかったので、何か資料を探そうと思ったのだ。


「だけど、その受け継がれて来たノート以外は都市伝説とか、そういう市販の本ばっかりなんだろ? 情報なんか手に入るのか?」

 浩太が疑問を口にする。


「実在の事件が都市伝説になったものとかもあるかもしれないから、例えば呪いに関する事件を探して検証してみる価値はあると思うよ」

 莉子が浩太に返答した。


 全員で色々な文献を読み始めた。中でも、クラリスは熱心に調べている。


「西洋からやって来たヴァンパイア、日本の山奥で消息を断つ、か。ホラー映画でも作れそうな内容だな、こりゃ」

「そもそも、基本的にはフィクションでしょ、その本」

 浩太と日菜菊が話している。


「中世の魔女裁判……。なんじゃ、ずいぶん悲惨な歴史じゃの」

 ただの人間を魔女として処刑してしまった歴史の本を読んでいるキマロが言った。


「異世界の人から見たら、それは確かに地球の闇の歴史かもしれないな」

 拓海が返答する。




 特に有用な情報は得られず、拓海たちはルビーのアンティークショップに向かうことにした。魔具とは別件で呼ばれていたのだ。



「はい、これをどうぞ」

 アンティークショップに着いたクラリスにルビーが渡したのはスマホだった。


「これは、みんなが使っている?」

「スマホ、携帯電話ね。あなたたちの世界の魔術とは異なることわりで動く機械よ。私からのプレゼント、地球を楽しみなさい」

「あ、ありがとう……!」

 クラリスはルビーに礼を言った。



 その後は、クラリスにスマホの使い方を教える時間となった。


「ふーむ、魔術もないのに人間はここまで進歩できるのか……。不思議じゃの」

「そう、結局世界を一番進めて来たのは人間だった。私たち怪異も基本的には人間が大好きよ。もちろん、おいたが過ぎる場合は粛清しゅくせいするけれど」

「うむ、ゾダールハイムもそんな感じじゃ! 魔術そのものはワシのような竜神族や魔族の方が優れておるが、道具を作って魔術をどんどん便利にしたのは人間じゃった」

 人間ではないもの同士は息が合うようで、色々と話している。




「よし、クラリス、メッセージを入れてみて」

「こ、こうかな」

「うん、来た来た」

「飲み込み早いな」

 拓海たちはクラリスにメッセージアプリの使い方を教えている。ひとまず、拓海、莉子、日菜菊、浩太、クラリスの5人がメンバーのグループを作成することになった。


「でもこれ、タクミとヒナギクが同じグループにいる場合は、どんな使い方をしているの?」

「いつもは手が空いている方が返信してる。事情を知っている人だけのグループだったらね」

 クラリスの疑問に日菜菊が返答した。



 やがて時間も遅くなり、拓海たちは帰宅することにした。浩太たちとの別れ際、拓海はクラリスに声をかけた。


「何か分からないことがあったら家で浩太にでも聞いてよ」

「うん、分かった」

「ん? なんか素直じゃん?」

 素直な反応を見せたクラリスに浩太が突っ込んだ。


「いちいち突っかかって来ないでよ! 私だって分からないことがあったらあんたにでも聞くわよ!!」

「いつも突っかかって来るのはお前だろ!」

「ああもう、ほら、電車のドア、閉まるよ!」

 罵り合いを始めようとした浩太とクラリスに莉子が声をかけ、浩太たちは電車を下りていった。

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