2-5話 地球滞在命令
「竜神族が異世界の者と契約してしまうとは、なんということだ……」
そう呟いたのは、ゾダールハイムのこの辺りの地域の領主を務めるガストンという男だ。クラリスからの連絡を受けて、直接ゲートの前までやってきたのだ。ガストンも翻訳術を使えたので、今は全員に分かるように日本語で話している。
「異世界へのゲートの監視所、もっと早く稼働させるべきだったか」
ガストンが言うには、異世界へのゲートが見つかったこの場所には監視所が設置され、近々稼働する予定だった。ゾダールハイム側も、地球との無意味な交流には警戒していたということだ。
「チキュウの皆様の言いたいことは分かる。契約者であるコウタ殿がチキュウに留まること、異論はない。ただし、週に数回、ここに来て契約解除を試すのに協力してほしい。そこのゲート監視所の稼働を最優先にするよう指示する」
「クラリス」
ガストンはクラリスを呼んだ。
「はい」
「そなたにもチキュウに行ってもらう。キマロを監視するのだ。そなたの家には私から連絡しておく」
「え……」
「元々はそなたが選ばれた者だったのだ。その責任は果たせ。また、あわよくばチキュウ側の
「……分かり、ました」
クラリスは諦めたように了承した。
話がまとまり、
「なんで、こんなことに……」
そう言うと、クラリスは糸が切れたように地面に膝をついた。慌てて
「あんたのせいよ……」
「だから言いがかりだって……」
怪異専門組織やルビーもやって来て、浩太は連れて行かれた。キマロとクラリスが地球で過ごすにあたって、各種の調整をするのだ。時間がかかるから今日は帰るよう促され、拓海たちは先に帰ることにした。
拓海と莉子がいつものように手を繋いで駅から家までの道を歩いていると、莉子がこの日の事件を再び話題にした。
「コウちゃん、大丈夫かな?」
「あの浩太があそこまで動揺しているの、初めて見たもんな……」
浩太までもが怪異の騒動に巻き込まれてしまい、拓海は少し申し訳なく思った。
「俺がゲートを開けちゃったわけだからなぁ」
「でも
「……ん」
相づちだけ打つと、拓海は莉子の手を強く握った。莉子もそれに合わせて握り返してきた。
◇
翌日、生物の授業の最中、突然教室の後ろのドアが開いた。拓海は驚いてそちらを見る。クラスメイトや生物の先生も同様にしていた。
「ク、クラリスさん!?」
そこにいたのはクラリスだった。拓海は思わずクラリスの名前を叫んだ。ふと、
「コウタ! 出かけるなら出かけるって言ってよ! 起きたら誰もいなくてビックリしたじゃない!!」
「ちょ! バカお前、こんなところで……!!」
浩太はクラリスに言い返した。
拓海と莉子は目を見合わせる。今の話だと、クラリスは浩太の家に泊まったということだ。クラリスの身分偽装をルビーがノリノリで引き受けたところまでは拓海も知っていたが、まさか浩太の家に押し込むとは思っていなかった。
(いや、あり得るか、あの人なら……)
面白そう、という理由で自分にもいたずらを仕掛けたルビーの顔を拓海は思い出した。
しかし、今の発言に驚いたのはクラスメイトも一緒だった。
「え……なになに、
「てか、誰だよあれ? 日本人じゃないよな……?」
「すっげえ美人!」
「日菜菊、『クラリスさん』って、あの
授業中だというのにクラスメイトの私語が止まらなくなった。クラリスの名前を出したのは拓海なのに日菜菊に状況確認をしようとする女子がいるなど、クラスの順応度も上がってきている。
「ちょ、ちょっと皆さん! 授業中ですから……」
生物の先生はオロオロしていた。クラリスは構うことなく、浩太の席まで来て色々文句を言っている。
「なんじゃ、騒がしいのお」
「バ、バカ、お前まで出てくるな!!」
浩太がそう言うと、浩太の鞄からキマロが飛び出した。見たこともない空飛ぶ生物の出現に、クラスのざわつきは一層大きくなる。
浩太は机に突っ伏してしまった。状況が収まりそうにないので、柚希は
「「「異世界!?」」」
クラスメイトの声が重なる。剣持の説明を受けてのことだ。視線がキマロとクラリスに集中する。
「竜神族ってなんなの、可愛い!!」
「異世界ってどんなところなの!?」
「天知! てめえ、早速彼女作りやがったのか!」
「いきなり同棲って、すっ飛ばしすぎだろ!」
クラスメイトが次々に質問を口にする。もう授業どころではなく、自習扱いになった。剣持は生物の先生に平謝りしていた。
放課後、怪異研究会の資料室には、拓海、莉子、日菜菊だけでなく、浩太、クラリス、キマロがいた。
「というわけで、クラリスは俺の家で暮らすことになった。内容が内容だけに言い出し辛くってさ」
浩太は、拓海たちに事前に言っておかなかったことを詫びた。
「あ、あはは……。凄いことだけど、言い出しにくいよね……」
莉子が言った。
「まったくだよ。あのルビーさんて人? どう説明したんだか知らないけど、家族もすっかり納得しちゃっててさ」
「まあ、そう嘆くでない。聞くところによるとコウタはクラリスと同い年じゃぞ? なんだかんだクラリスは美人じゃし、一つ屋根の下で青春を
キマロが挑発的にそんなことを言う。
「キマロ、変なこと言わないで。私はこんな軽薄な男、ゴメンよ」
クラリスがそう言い返す。
「あのなぁ、お前の状況には同情するけど、俺だって被害者だぞ? 一方的に文句ばっか言うんじゃないよ。俺だってお前みたいな分からず屋の女、まっぴらごめんだ!」
「なぁんですって!」
浩太とクラリスはこんな調子でケンカばかりしている。
「あのコウちゃんが女の子にここまで強く出るなんて珍しいね」
「ホントにな……」
莉子が拓海に耳打ちし、拓海も答えた。浩太が学外に作ってきた彼女たちも、ケンカ別れしたわけではなく、関係が終わった後も友人として交流は続いていると、拓海は聞いていた。
「それで、どうするの? 今日はゾダールハイムに呼ばれているわけじゃないんでしょ?」
日菜菊が浩太たちに確認した。
「あなたたちは怪異を研究するんでしょ? その一環として、コウタとキマロの契約解除の方法を探すことはできないかしら?」
「そうね、クラリスさんを手伝うのも活動の一つになりそう。やってみない拓海?」
「うん、そうだな。ルビーさんのアンティークショップにでも行ってみる?」
拓海たちはルビーの店に行くことにした。キマロは、そんなこと出来っこないという余裕の表情だった。
「あ、それと」
移動の準備をしようとした拓海たちにクラリスが話しかけ、さらに続けた。
「私のことはクラリスでいい。『さん』というのは敬称でしょう? そんなの私には要らない」
その言葉を受け入れ、拓海たちはこの時からクラリスと呼ぶようになった。
◇
「あら、いらっしゃい。そろそろ来る頃だと思っていたわ」
ルビーはニヤニヤしながら店に来た拓海たちを迎え入れた。この顔を見ると、またいたずらを仕掛けられるのではないかと、拓海は思わず警戒してしまうのだった。
(でも、莉子は随分ルビーさんと仲良くしてるんだよな……)
莉子がルビーと談笑するのを見て、拓海はふとそう思った。
ルビーの好意で、店の解呪の魔具をいくつか試させてもらえることになった。
「解呪?」
「もし、その契約とやらが呪いの類なら、効果があるかもしれないでしょう」
しかし、ルビーの店の魔具を使っても、キマロと浩太の契約を解除することはできなかった。クラリスは落胆したが、キマロは勝ち誇った顔をしていた。
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