1-13話 事件の顛末

 拓海たくみは資料室にいた。諸々のことを報告するためだ。目の前には剣持けんもちがいる。


「そうか、不室ふむろ成戸なるとが怪異……」

「そもそも、怪異という存在さえ、俺は知りませんでした。先生たちには感謝しています。おかげで俺は前に進むことができました」

「お礼を言うのは僕の方だ。不室たちには一生分の恩ができた。また柚希ゆずきと会うことができたんだから」

「柚希さんは今は?」

「念の為、入院している。恐らく健康そのものだけどな」

「でも、混乱していますよね?」

「そうだな。柚希には時間が流れていなかったようだが、僕たちには流れていたからね。僕だけじゃない、当時の同級生ももうみんな大人だ」

「…………」


 失った時間を取り戻すことはできない。だが、きっと柚希には前を向いてほしいと、拓海は思った。


「今まで、これをやってくれた生徒たちにも悪いことをしてきたと思っている。こればかりは僕がずっと背負っていかなければならない罪だよ」

「それについては、俺からは何とも……」

「ああ、すまないな、反応しづらいことを言って。ただの僕の懺悔ざんげだよ。彼らにも恩返しをし続けるつもりだ」

 剣持は悲しそうな顔をごまかすようにお茶を口に含んだ。


「柚希は、うちの学校に復帰させる方向になると思う。僕もフォローするが、どうか仲良くしてやってくれ」

「分かりました。先生と柚希さんの仲をとやかく言う奴がいたら言ってください。俺たちが説教します」

「おいおい」



    ◇



 剣持と話をした後、拓海は浩太こうたに会いに行った。


「そうかそうか、莉子りこちゃんと付き合うことになったのか。おめでとう」

 拓海の報告に、浩太が嬉しそうに言った。


「そうなるとは思っていたけど、ずいぶん時間かかったな」

「そうなると思ってたのかよ!」

「というか、俺も莉子ちゃんのフォローとか、結構してたんだぜ? 感謝してほしいぐらいだよ」

「それは……うん、感謝してる」

 浩太が莉子のみならず、自分もフォローしてきてくれたことを含めて、拓海は感謝を伝えた。


「俺がフォローしなかったら、莉子ちゃん、告白してきた先輩と付き合ってたかもな」

「え、そうなの!? そんなことになっていたら、俺は立ち直れなかった!!」

 拓海は嫌な想像をして悶絶しながら頭を抱える仕草をした。浩太は笑いながらそれを茶化す。


 ひとしきり笑いあった後、拓海は深呼吸をした。浩太にも秘密を打ち明けることにしたからだ。二人が話している場に、ぎくが歩いて来ている。


「なあ、浩太……」

「ん?」

「聞いてほしいことがある」

「なんだよ、改まって?」

「きっと驚く。実はさ」

 拓海は、日菜菊とのことを切り出した。きっと浩太なら理解してくれると信じて。莉子が勇気をくれたから。



    ◇◇



 莉子は、ルビーのアンティークショップに来ていた。ルビーと向かい合って事の顛末てんまつを話しているところだ。


「拓海くんと日菜菊ちゃんにそんなことが……。100%なんていうシンクロ率が出たから何事かと思ったけれど、確かに、今その話を聞いて振り返ってみると、当然の帰結だったわね」

「ビックリしましたよね」

「莉子ちゃんはすぐに事情を理解していたのかしら?」

「はい。昔のことも思い出して、全部繋がりました。拓海、小さい頃に、もう一人のお母さんとか、確かにそういうことを言っていたんです。当時は、拓海のおじさんの、その、不倫相手のことだと思っていたんですけど……」

「もう一人の、か。つまりは日菜菊ちゃんのお母さん、ってことになるわけね」


 その発言が両親の離婚を招いたことを後悔したのか、幼かった拓海はそれ以降、その話をしなくなった。しかし、結果として父親の不倫を暴くことができたので今となっては良いことだったと、先日、拓海が言っていたのだったが。


「それにしても、あの場で莉子ちゃんが走り去ったこと、拓海くんは結構効いたみたいだったわよ」

「そうだったんですね……。でも、私もすぐに話をするのは避けたかったんですよ。考える時間がほしかったんです。拓海とヒナがそういう存在だったとして、私はどうしたいのか、とかそういうことを」

 莉子は日菜菊をヒナと呼ぶようになった。拓海と日菜菊から成る怪異と付き合うことになった心境の変化だ。


「真実を知っても想いは変わらなかった。良いじゃない、私は好きよ、そういうの」

「あはは……」

 ルビーの言葉に、莉子は照れ笑いをした。


「それと、拓海くんと日菜菊ちゃんの怪異としての存在感はゼロに等しいから安心して。悪い怪異が狙ってくるようなものじゃない」

「そうなんですか?」

「魂を共有しているだけでただの人間だもの。宗吾そうごくんの方がよっぽど目立つし、空間を超える繋がりも過去にデュラハンを通して研究され尽くしているから、興味を持つ者もいないでしょう」

「その言い方だと、つまり、デュラハンも存在するってことですね?」

「ワクワクする?」

「……はい、正直!」


 きっとこれからも怪異研究会の活動は続く。色んなものを見ることができるのだろうと莉子は思った。


「改めて、私からもお礼を言うわ、今年の怪異研究会には。柚希さんを救ってくれてありがとう」

「いいえ、そんな。私は何もしてないですし」

「ふふ、莉子ちゃん。あなたはきっと、今後の怪異研究会の中心になるわよ」

「そうですか?」

「そうよ。『今後』という言い方ができるのも、今年が初めてのことだけれど」

「それは、先輩たちが幽霊部員になっている件ですか? ……やっぱり異世界の鍵を使ったせいで?」

「みんな相手の魂に触れた経験がトラウマになって、怪異に関わるのが嫌になって辞めていった。部の存続には部員が必要らしいので、籍は残してきたようだったけれど」

「剣持先生、どんな想いで先輩たちと触れ合って来たんでしょうか……?」

「宗吾くんは目的のために非情になれる人よ。生徒たちに申し訳なかったと、いつも言っているけどね」


 それでも生徒たちは剣持を必要以上に糾弾することはなかったという。きっと、同じことをしても愛を失っていない剣持と柚希への共感もあったんだろうと、莉子は思った。


「ところで莉子ちゃん」

「はい?」

「もし、あなたと拓海くんだったら、どのくらいのシンクロ率が出たか、とか興味ないかしら?」

 いたずら地味た表情でルビーがそう莉子に尋ねると、莉子は笑顔で言い返した。


「必要ないですよ、そんなの」

 ルビーはその返答に満足し、微笑んだ。



    ◇◇



 こうして怪異研究会の最初の事件が幕を閉じた。拓海と莉子の関係は大きな変化をむかえ、高校入学早々に濃密な時間を過ごすことになった縁にも思いを馳せていた。


 しかし、次の事件もそこまで迫っていたのだ。拓海と日菜菊が開けてしまった異世界のゲートは開きっ放しになっているのだから。



 File 1 男女の魂の怪異事件 完

 次話より新章

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