1-12話 男女の魂の真実
「
日菜菊は普通の少女だった。人の生き血を吸ったりしないし、満月の夜に狼に変身したりしない、普通の人間だった。もう一つ肉体があるということを除いては。
日菜菊と
二つの身体が離れた場所にいても、常にお互いの全ての情報が共有される。この怪異にとって、目は、日菜菊のものと拓海のもの、合計4つだ。だから球技大会の時、日菜菊はギャラリーからコート全体を見ていた。そうすれば拓海の目だけで見ている時以上の情報が得られる、選手の動きがよく分かる。拓海のパスが冴えていたのはそのせいだった。
デュラハンに拘ったのもその怪異の特性のせいだった。日菜菊と拓海の情報共有はお互いの距離に関係なく行われる。デュラハンの特性に、近いものを感じたのだ。
一つの存在だから、魂のシンクロ率が100%になるのも当然のことだった。
「莉子……」
日菜菊が口を開いた。頭が放心状態で、上手い言葉が出てこなかったが、伝えたい想いは一つだけだった。
「莉子が、好きだ」
それは拓海の肉体の脳が発生源の感情かもしれない。脳は間違いなく二つあるのだから。しかし、この怪異は二人で一つ。だから、それは日菜菊が伝えても何も間違ってはいない。
それを聞いた莉子の頬が赤く染まったように日菜菊には思えた。照れくささを隠すため、右手を右耳に当てて日菜菊は続けた。
「俺はこんなだから……さ。簡単に自分の気持ちを言えなかった……。けど、随分前から、好きだったんだ、莉子のこと」
上手く話せない。日菜菊の口は、女言葉になるように普段から慣らしているから、拓海っぽく喋るのは違和感がある。それでも、何となくそう喋りたかった。
「よく分からないだろ? 日菜菊の目が見たものも拓海の目が見たものも全部見えるんだよ。聞いたことも全部聞こえる。何かに触った感触も分かるし、俺にとってはただ身体が二つあるだけなんだよ」
日菜菊は自分がどんな存在なのかを語る。
「これを説明しないまま想いを伝えるのはずるいと思ってたんだ。普通、信じないだろ、こんなこと? どう説明しようか悩んでたら今回のことがあって、昨日のあれを見られて、誤解されたかと思った。けど……、自分で気づくとか、莉子は凄い……」
なんて
「俺たちと、という言い方になるのかな。付き合ってほしい、と思ってる。だけど、よく考えてほしい。だって……」
だって日菜菊は女なのだから。それを言うまでに時間がかかった。
「ヒナちゃん、拓海。私の答えは」
そこまで言うと、莉子は一度深呼吸をした。そして、続けた。
「イエスだよ」
それを聞くと、日菜菊は莉子に近寄り、両手で莉子の肩を掴んだ。
「即答しないで! 嬉しいけどダメだ! ちゃんと考えて! 色んなこと言われるよ、きっと! 日菜菊と拓海は……分けることができないんだから……」
口から出たのは、莉子に想いを伝えるのを阻んで来たこの怪異の苦悩そのものだった。
莉子は両手で日菜菊の手を取ると、日菜菊の目を見返して言った。
「ちゃんと1日考えた。身体が二つある、それは個性だよ。余計なことを言う人、いるかもしれないね。言わせておけばいいの」
莉子は頭を日菜菊の胸元に預けると、言葉を続けた。
「私だって不安だったよ。謎が解けて、色々考えて。何も言われなかったら私から告白しようとも思ってたよ。……だけど、そもそも恋愛対象として見られていなかったらどうしようとか、色んなことが頭の中グルグルだった」
莉子はさらに、腕を日菜菊の背中に回す。
「幼馴染なんて、兄妹としか見れなくなるとか、よく聞くでしょ? でも、一緒にキャンプして楽しかった。買い物して楽しかった。一緒にゲームやるのも楽しい。今、あなたはもう一人いるんだと知った。これからはきっともっと楽しい。……だから、一緒に、いさせてください」
「莉子……」
苦悩してきたことを肯定で返され、日菜菊の目から涙がこぼれる。怪異は、日菜菊の身体を使ってそのまま強く莉子を抱きしめた。そして、一言を添えた。
「ありがとう……」
こうして、その怪異は幼馴染の少女と恋人になった。日菜菊と莉子はしばらく抱き合ったままでいた。
「ところでさ」
「ん?」
「拓海はどこまで来てるの?」
「片割れはもうすぐ駅に着く」
「ずいぶん遠くまで行ったんだねぇ」
「莉子に会いたかったんだよ」
日菜菊と莉子は肩を並べて地面に座り、手を繋いで語り合っている。この怪異の日菜菊としての思い出を莉子は知らないので、日菜菊の昔話が主なトピックだ。
「そういえば、ショッピングモールで会ったあの男の人は?」
「ああ、見てたんだ……。あれは中学の先輩。中学の時に告白された」
「そうなんだ……。私、ライバルは女の子だけじゃなかったんだね……」
「でも、あいつ、ありえない。あんまりしつこいから、片割れと一緒に会いに行った。そしたら、あいつ片割れに殴りかかってきたもん」
「なにそれ、それはないね……」
「向こうを殴られたら痛いんだっつの。全然ダメな男だったね」
話していると、屋上の扉が開く音がし、拓海がやって来た。日菜菊と莉子は会話を中断しない。それに意味がないことはもう莉子も知っている。拓海は静かに日菜菊と反対側の莉子の隣に腰を下ろし、そのまま莉子と手を繋いだ。ただ、拓海は息切れしていた。
「拓海は走ってきたの?」
「うん。早くここまで来たかったから」
息切れしたままの拓海の代わりに答えたのは日菜菊だ。日菜菊はさらにペットボトルを拓海に渡し、拓海は中の水を口に流し込んだ。
拓海の息切れが治まると、莉子は口を開いた。
「こういう時って、どっちと喋るのが良いのかな?」
「「なんなら、一緒に話すこともできるよ」」
「うわ! 凄い!」
日菜菊と拓海の声は綺麗にシンクロしていた。
「じゃあ、こういうのは?」
莉子はスマホに文字を表示させると、日菜菊だけに見せた。すると、拓海がそれを読み上げてみせた。
「うわー、本当に凄いね!」
「人に見せるのは初めてだよ。隠さないでいいって、気持ちいいな」
楽しむ莉子に、拓海が答えた。
「元々、俺たちが揃っているところで色んなことしてみたかったんだよ」
「あー、もしかして、あのバスケの試合とか?」
「「そう!! めっちゃ楽しかった!」」
初めて明かす異能と、それを受け入れる幼馴染の少女。楽しい時間だった。
少しずつ言葉数が減っていき、沈黙に変わった。多分、その怪異も莉子も思っていたのだ。初めてはそうしたいと。
怪異は、拓海の唇を使って莉子と初めてのキスをした。
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