1-10話 異世界の鍵
いつもの朝。いつもの登校。いつもの電車の中。
(莉子に気づかれないようにしないとな……)
拓海は、その場面を莉子に見せたくなかった。それはきっと、拓海と莉子の関係には余計なものだ。だからルビーに、莉子に内緒にしてくれと頼んだ上で引き受けた。内容が内容だけに、断る気はなかった。拓海は普通の高校生であって、人助けができるのならしたいと思っているのだ。
「なあ莉子、今日の部活さ」
「ん?」
「ちょっと用事があるから、先に行っててくれ」
「いいけど、どうして今言うの?」
「いや、忘れないうちに言っておこうと思ってさ」
「ふーん」
その反応に、少し疑いでも持たれているのか、と拓海は思った。余計なことを言って感づかれたくなかったので、拓海はその話題を終わりにした。
◇
放課後。
「お疲れー」
「また明日ね」
生徒たちがバラバラと部活や帰宅のため教室を出ていく。拓海は
「じゃあ、莉子」
「おっけー。先に資料室行くね」
そういうと莉子はスタスタと教室を出ていった。
「バイバイ莉子」
「じゃあね
「うん」
「また明日~。あ、ヒナちゃんもまた後でね」
「あ、莉子。うん、また後で」
莉子が声をかけたクラスメイトの中に日菜菊もいた。莉子と日菜菊の間の口裏合わせも済んでいる。
(さて、行くか……)
拓海は、莉子と同じようにクラスメイトに挨拶をしながら教室を出て、屋上に向かった。不自然にならないよう、日菜菊は少し時間を置いてから向かうことになっている。
拓海は屋上への階段を登っていた。
(11、12、13……。うわ、本当に13階段あるよ)
拓海は扉を開けた。夕方らしい赤く染まった空には満月、最初に案内された時と同じだった。しかし、改めて観察すると、空の赤が少し現実と違うことに気づいた。異次元だから、ということなのだろうかと拓海は思った。
屋上には剣持とルビーが待っていた。
「
「いえ、
「……本当にすまない」
剣持が申し訳無さそうな顔をしているのが不思議だと拓海は思った。
「
「すぐ来ます」
「そうか。しかし意外だったな。不室は
「俺にも色々事情があるんです……」
拓海が剣持と会話していると、扉が開く音がした。日菜菊がやって来たのだ。
「来たわね。それじゃ始めましょ。拓海くんはこれ、日菜菊ちゃんはこれを持って」
それは異世界の鍵を為す二つのアイテムだ。日菜菊が起動し、拓海が照射する、ということだ。
日菜菊は起動キーを左手に持ち、右手で拓海の左手を取った。拓海は右手に照射キーだ。
「ではやるわよ。
「不室に成戸、本当にすまない、ありがとう。仮にちょっとしか柚希と話せなくても、それはそれで構わない。彼女が生きているだけでも、僕は幸せなんだ」
15回も繰り返して来ていることなので、そう思ってしまうのも仕方ない話だろう。剣持は手帳を開いて手に持っている。きっと短い時間でどんな言葉を柚希にかけようか、まとめているのだ。
「……上手くいきますよ」
「きっと……」
拓海と日菜菊は剣持の憂いを否定するように声をかけた。
「そうか? そうなればいいな」
剣持は自嘲気味に笑った。きっと助け出すには至らないと考えているのだ。
「では拓海くん、事前に右手を前に出しておきなさい。照射キーを前に」
ルビーから言われ、拓海は照射キーを前方に突き出した。
「始めるわよ」
そう言うとルビーは不思議な言葉を喋った。起動の呪文なのだろう。その言葉に反応するように、日菜菊の左手の起動キーが光り始めた。
起動キーからエネルギーが溢れ出し、それが日菜菊から拓海に伝わり、さらに照射キーに移動していく。拓海はそう感じていた。それに伴い、拓海の右手の照射キーも発光し始め、どんどん光が強くなっていく。
「二人とも、辛いと思うけど、少し耐えて! すぐ終わるから」
ルビーが声を上げた。エネルギーが伝わりきるのを待っているのだろうか。
数秒後、ルビーが別の呪文を唱えると、照射キーからまばゆい光がビームのように前方に照射され、空間を引き裂いた。
「な!! まさか、成功したのか!?」
剣持は驚きと共に叫んだ。手に持っていた手帳が地面に落ちる。剣持はすぐに我に返り、空間に空いた穴に駆け寄った。
「柚希! 柚希!! 聞こえるか!? 僕だ、宗吾だ!!」
ゲートが開いたのなら、かけようと思っていた言葉を選ぶことなど意味はない。剣持は声を荒げて叫んだ。柚希を救い出すことができるかもしれないのだから。
「宗吾! 聞こえるよ! 宗吾!!」
引き裂かれた空間の中から声が聞こえた。
「柚希! こっちに来い!! 声の聞こえる方へ、早く!!」
剣持は叫び続けた。数秒後、ゲートから制服姿の女子生徒が姿を現した。
「柚希!!」
剣持はその女子生徒を抱きしめた。そのまま、『柚希』という彼女の名前を叫び続けることしかできなかった。
「剣持先生……良かったですね。今度、焼肉でもおごってもらいますよ」
抱き合う剣持と柚希を見つめながら、拓海はそうつぶやいた。感情的に声を上げ続ける剣持に、その言葉は届いていないようだったが。
「これは……まさか、成功したというの?」
ルビーが驚きの口調で言った。
「そうだ、シンクロ率……、拓海くんと日菜菊ちゃんの……」
ルビーは手元の別の道具に目を落とした。それはシンクロ率を測る魔具のようだった。
「え……?」
その声を最後に、ルビーはしばらく声を出せなかった。
「100%……!? まさか!? ありえない!!」
拓海は後ろでルビーが数値を読み上げたのを聞いていた。それだけなら、特に何の問題もなかった。しかし、問題は次に聞こえてきた声だった。
「100%……?」
その声に、拓海は振り返った。日菜菊も振り返った。
「「莉子……!?」」
そこには莉子がいた。この件は莉子には言わないと約束していたはずなのに。
(なぜ、莉子が、ここに……!?)
莉子は一瞬、拓海と日菜菊の顔を見ると、扉に向かって走り出した。
「莉子、待って!!」
拓海は莉子を追って走り出した。日菜菊もそれを追って走り出した。ルビーはただ、それを目で追いかけた。疑問が絶えない、という顔で。
(ちくしょう! ルビーさん、どうして! 信じなければ良かった、怪異なんて!!)
拓海は走った。莉子を見失いたくなかった。こんなことならもっと早く自分の秘密を伝えていれば良かったと思った。
「莉子!! どこだ!!」
頭に血が登りすぎているせいで、冷静な判断ができない。莉子に見られた、愛し合う男女がどうのこうのという変な魔具の結果を。
(違うんだよ、莉子! あれは、違うんだ!!)
そもそも莉子はあの魔具が何なのか知っているのか。説明を受けたのは拓海だけではなかったか。
(いや、きっと知ってる! そうでなければ莉子は逃げたりしない……!!)
莉子は見つからなかった。
(待ってくれ、莉子……! 俺は、お前を……)
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