1-8話  救ってほしい人がいる

 怪異の絵の中に引きずり込まれた莉子りこと同様に、拓海たくみも絵の中に引き込まれていた。拓海の目の前には見知った顔がいた。


「ルビーさん……」

 そこにいたのはアンティークショップにいたルビーだった。


「こんにちは、拓海くん。ここがどこだか分かる?」

「絵から出てきた変なものに腕を掴まれて、気がついたらここにいました」

「ここはその絵の中よ」

「!?」

 拓海は辺りを見回した。木製の家のようだったが、確かにあの絵の中の家と感じが似ている。


「そうだ、莉子はどうなったんですか!?」

「落ち着いて、莉子ちゃんもぎくちゃんも無事よ。二人は君とは別の次元の家にいるわ」

「別の次元……?」

「この家から現実世界に戻りたければ、奥の部屋の謎を解かなければならない」

「謎……」

「莉子ちゃんと日菜菊ちゃんは私の使い魔が相手をしている。私があなたの前だけに現れたのは、剣持けんもち宗吾そうごくんのお使いの件についてよ。ひとまず、話を聞いてもらうわ」


 ルビーは二つの棒状の物を両手に持ち、拓海に見せた。


「これが宗吾くんのお使いの魔具。異世界の鍵」

「異世界?」

「ええ。この地球とは違う世界にゲートを開くものだと伝わっているわ。片方が起動キーになっていて、もう一方にエネルギーが伝わっていって照射する。照射された空間を引き裂いて、ゲートを開く」

「なんでそんなものを? 異世界に行くってことですか?」

「異世界に行くことは目的じゃない。そうね、少し、長くなるわ」


 ルビーは脇に置いてあった椅子を持ってきて、拓海に座るよう促した。拓海は大人しく椅子に座った。


「まず、この鍵ね、起動キーは女にしか使えず、照射キーは男にしか使えないという制約がある」

「二人で使うってことですか?」

「そうね。手を繋いだ男女の手にそれぞれのキーを持たせ、起動、照射の順番で使用する」

「繋いだ手を伝ってエネルギーが伝搬する?」

「そう、ただし物理的にではなく、魂がシンクロしてエネルギーが伝わるの。使用する男女がどれだけ魂をシンクロさせることができるかが重要。だから、愛し合っている男女ほど効果が高い」

「男女の愛……。また凄い言葉が出てきましたね」


 怪異研究会の活動なのに男女の話が出てくるとは思わず、拓海は狼狽ろうばいした。何となく、自分が何をやらされようとしているのかも分かってきてしまった。


「つまり、俺にやれ、と?」

「そういうこと。莉子ちゃんか、日菜菊ちゃんかを選んで、ね」

 予想通りの答えが返ってきて、拓海は苦笑いした。


「どうして俺たちなんですか?」

「もう一つの制約、15の倍数の年齢のものにしか使えない。だから高校1年生のあなたたち。30歳や45歳の男女にも理論的には可能なのだけれど、基本的に15歳の男女が一番効果的。ピュアだからかもしれないわね。毎年、宗吾くんが生徒を選んでいるわ」


 つまり、剣持は拓海と莉子がそういう仲なのだと判断して声をかけてきたということだ。拓海はため息をついた。

(俺の事情を知らないくせに……)


 ルビーは悲しげな目をして続けた。


「宗吾くんね、高校時代にこれを使っているのよ。その時に魂のシンクロ率40%という凄い数値を出した。よほど相手の女の子と愛し合っていたのね」

「40でも凄いこと、なんですね……?」

「凄いことよ。5%も出ないことが普通なんだから」

「そんな数値で成功するんですか?」

「成功しない。おいそれと成功する類の魔具じゃないのよ、これは」

「え?」

「成功しないことを前提とした魔具は少なくない」


 一度に喋り過ぎたことを感じ、ルビーは一呼吸置いてから再び話し始めた。


「宗吾くんの時は、普通出ない数値が出たものだから、本当にゲートが開いてしまった。宗吾くんの想い人、柚希ゆずきさんというのだけれど、ゲートに入ってしまってね」

「もしかして、帰って来れなくなったんですか?」

「そういうこと。ゲートが開いたのは、ほんの僅かな時間だった。柚希さんが入ってからすぐにゲートが閉じてしまった。それ以来、宗吾くんは柚希を救うために、毎年、見込みのありそうな生徒を選んでは、これを試し続けている。このキーは1年に1回しか使えないから」

「……悲しい話ですね。今でも続いているということは、助け出すことはできていないということですね?」

「15年繰り返しているけれど、やっぱり5%というところが関の山ね。でも、たったそれだけでも、空間に亀裂を作る程度はできる。柚希さんは恐らく、異世界に飛ばされたのではなく、時空のはざまに取り残されている。亀裂が消え去るまでの間、こちらの世界と柚希さんが会話する程度は可能になる。せいぜい1分というところだけれどね」

「1分……」

「少しの間だけでも、宗吾くんと柚希さんを触れ合わせてあげたい。私はそう考えているわ。もちろん、彼らと同じくらいの数値を出せれば助けることができると思うけれど」


 拓海は悲しげな表情を見せるルビーを見ていた。


「だから拓海くんたちが柚希さんを助けることができたら、万々歳ね」

「……剣持先生たちを助けて上げたいですけど、できれば俺の気持ちに整理が着いてからにしてほしかったですね」

「あら、やっぱりあなたたちは三角関係なのかしら?」

「そんな簡単なものじゃないです」

「そう? ちなみに、恋人同士じゃなくても問題はないからね。これをやるために告白を急ぐとか、そういうのは必要ないから。恋人じゃないのなら、ただ、莉子ちゃんか日菜菊ちゃんかに声をかけて呼び出すだけで大丈夫よ」

「先輩たちにもそういう誘導をしたんですか?」

「来た子たちによる。そういう年もあったわね」

「少し、楽しんでいませんか?」

「そんなことはないわよ」


 そう言うと、ルビーはケラケラと笑った。


(魂のシンクロ、か)

 拓海はそれを考えた。と、そう思った。


「分かりました、やります」

「ありがとう。では、明日の放課後、裏の屋上に来てね。入れるようにしておく。宗吾くんと一緒に待ってるわ」

 ルビーは異世界の鍵をしまいながら言った。


「それにしても、莉子ちゃん」

「莉子がどうかしましたか?」

「凄いわね、もう謎を解き終わっている……。頭の良い娘ね」

「さすが莉子。あいつ、謎とかそういうの得意なんです」

「莉子ちゃんのこと、よく知っているって感じね」

「はい、そう思っています」

 そう言った拓海だったが、さすがに言い過ぎか、とも思った。


「ちなみに拓海くんはもう謎を解かないでいいから」

「え、何でですか?」

「これ、時間制限つき。今から始めても絶対解ききれない」

「そういうことですか……」

 莉子と日菜菊が謎解きをしている間、拓海はルビーと話していたということだった。


「では、明日ね。一応、来る前にどちらを選んだのか教えてちょうだい」

「それなんですが、正直、この件で悩む必要はないです」

「あら、即決しなくても良いのよ」

「いいんです。今教えます。ただ、お願いがあります」

 拓海は一緒にやる相手と、自身の願いをルビーに伝えた。

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