1-7話  資料室で挑む怪異

 幼い拓海たくみと幼い莉子りこが話している。


「もう一人のお母さんはいるよ。莉子にはいないの?」

「えー、なにそれ。お母さんは一人だよ」

 しかし、そんなはずはなかった。もう二人とも高校生なのだから。だから、これは夢だと莉子は思った。そう思った瞬間、莉子は目覚めた。


 洗面所に行き、顔を洗いながら、莉子は見た夢を思い出していた。


(もう一人のお母さん、か……)

 幼い頃、拓海が発した言葉だ。そこから、拓海の父が不倫をしていることが発覚し、拓海の両親は離婚した。その直後こそ、莉子は寂しそうにしていた拓海をよく構ったが、拓海は割と早く立ち直って前向きに歩み出した。


 どうしてこんな昔の夢を見たのだろうかと莉子は思ったが、きっかけになったかもしれない先日の出来事を思い出した。


(拓海とヒナちゃんが、付き合っている……?)

 ショッピングモールで、拓海とぎくに絡んできた男が言ったことだ。拓海も日菜菊も気づいていないようだったが、莉子はその様子を見ていた。


 隠れて裏で付き合っていたというなら、拓海の父のケースと似ていると思ってしまったのだろうか。


(いやぁ、さすがにそれは拓海に失礼ね……)

 拓海の父と断じて同じではない。拓海に表で付き合っている人がいるわけでないのだから。


「おはようございます」

 玄関の方から拓海の声がした。いつも通りの幼馴染の声に、莉子はモヤモヤする気持ちを抑えられなかった。思ったよりも動揺している自分にも気づいていた。


 一緒に登校しながら莉子は考える。拓海が男として魅力があるかと問われれば、莉子の答えはイエスだった。幼い頃から一緒だったから、兄弟のように思ってきたが、最近の拓海は体格にも恵まれて来ているし、男らしいところが増えてきたと莉子は思っている。一緒にいても楽しい。


 そして、拓海は妙に察しがいい。先日のショッピングも一緒になって楽しんだ。あの楽しみ方は、普通の男とは違うのではないかと莉子は感じていた。


(なんだか、一緒にキャーキャーできる女友達っぽいところもあるんだよね……)

 ふと莉子はそんなことを思った。


 莉子は拓海と日菜菊の接点を考えた。しかし、拓海と日菜菊が喋っているところを莉子はほとんど見ていない。実は裏で付き合っていたから、みんなで会っている時は喋り合わないようにしているのだろうか。


(うーん、そうとは思えないなぁ。あれはそういうレベルじゃないよ)

 拓海と日菜菊はちょっとした相づちすらやり合っていない。先日、ショッピングモールで日菜菊が拓海と合流する場面を莉子は見ていたが、その時ですら何も喋っていなかった。目を合わせてすらいないんじゃないかと莉子は思った。


(そういえば拓海、二重人格にもずいぶん興味を持ってたな)

 仮に拓海が二重人格で、もう一つの人格が日菜菊と付き合っているとしたら、と莉子は一瞬考えたが、すぐに否定した。

(長く一緒にいる私が二重人格それに気づかないのはおかしいよね)


「なあ、莉子? ぼーっとしてどうしたんだ?」

 拓海に話しかけられて莉子は我に返った。もう学校の下駄箱だ。考え事をしているうちに着いてしまったのだ。


「……ねえ拓海。ヒナちゃんと元々知り合いだった?」

「え! なんでそんなことを……。うーん、いや、『知り合い』というわけじゃ、ないよ」

 拓海は言った。

(……それ、拓海が困った時に無意識にする仕草だよ)


「そう」

 莉子はスタスタと教室に向かった。


(拓海とヒナちゃんの間には何かある。それはもう間違いない。……裏で付き合っているってことなのかなぁ)



    ◇



 休み時間になり、莉子はクラスの女子と話していた。

「えー、愛佳あいか、彼氏いるの!?」

「いつから! いつから!」

「中学の卒業式の時に……」

「どんな人なの!?」

「バンドやってる」

「「「きゃー」」」

 クラスメイトの愛佳という女子生徒が恋バナのターゲットになっている。


「愛佳、バンド見に行った!?」

「うん、行った。実は、私もギター買った……」

「えー、ギター弾けるの?」

「ううん、まだ全然。ただ、真似したくて」

 好きな人の真似をしたい。そういうものなのだろうかと莉子は思った。


「ねー、日菜菊はどうなの?」

「え、私!?」

 急に話を振られた日菜菊はビックリしているが、莉子は日菜菊の話も聞きたかったので、クラスメイトが切り込んでくれたのは嬉しいことだった。


「付き合っている人は、いない」

「えー、勿体ない。告白されたことは?」

「うーん、あるよ……」

 日菜菊はそれを、言った。莉子はそんな日菜菊を見ながら、再び考え事にふけるのだった。



    ◇



 放課後になり、各部活動の始まる時間となった。莉子たちは資料室に向かった。部屋には既に顧問の剣持けんもちがいた。


「お、来たね。ルビーから物は貰えたかい?」

「いえ、今日3人だけでこの部屋にいろ、と言われました」

「ん、そうなのか。すると今年は試しが入るんだな」

「試し?」

「ルビーの気まぐれだよ。怪異に触れるとはどういうことなのか、今年は教えたくなったんじゃないか」

「そうなんですか」

「では、僕は部屋から出ているよ。ルビーの言ったことを邪魔したら後で怒られそうだ」

 剣持はそのまま資料室を出ていった。


「さて、絵を置いたけど、これからどうなるんだ?」

「ここで過ごせって言ってたよね」

 絵に描かれた古びた家は不気味だ。何かが起こると言われていたので、莉子は身構えて過ごしていたが、特に何も起こることはなかった。


「この部屋にいればいいんだよね。ちょっと本棚眺めて来るね」

 そう言うと、莉子は立ち上がって資料室の本棚を眺め始めた。

(都市伝説とか、ホラー小説とか、そういうのが多いのね)


 しかし、剣持が見せてくれたノートのようなものは見当たらなかった。

(先輩たちが活動してきたんなら、市販されているような本だけじゃなくて、活動をまとめたノートとかがもっとあっても良さそうだけど……)


 莉子はため息をついて拓海と日菜菊の元に戻った。この二人のことを考えるのは一度止めようと思ったのだが、やはりどうしても考えてしまう。


 ふと、莉子は、絵の方を見た。


「……あ!?」

 莉子は気づいた。絵の中の古びた家の扉がさっきと違うことに。


「どうしたの莉子?」

「扉が……!!」

 莉子がそこまで言うと、絵の扉が開き、中からグネグネとした手の形の何かが3つはいでてきた。


「うわ!」

「きゃあ!」

「何これ!!」

 3人が悲鳴を上げると同時に、はいでてきた手はそれぞれ3人の腕を掴み、凄い力で引っ張り始めた。


「こ、これは!」

「絵の中に引き込まれ……!?」

 莉子に拓海と日菜菊を気にする余裕はなく、自分の腕が絵に吸い込まれたところで目を閉じた。



 浮遊感。



 次の瞬間、莉子の身体はおかしな場所に放り出された。莉子が恐る恐る目を開けると、そこは薄暗い木製の家の中のようだった。


「これは……、もしかしてあの絵の中……?」

「大正解デス」

 莉子が声の方を振り返ると、そこには帽子をかぶった小さな生き物がいた。


「ようこそ、絵の中に! あ、お友達のことはご心配なく。それぞれ、別の次元の家の中に正体されたところですので」

「別の次元……? 私たちはここで何をすれば?」

「あなた達ではありません。あなたです。これは個人個人に与えられた課題」

「課題……?」

「奥に進んでください。そして、謎を解いてください。それができたら、あなたは現実世界に戻れます」

「奥?」

 莉子が目を向けると、そこには古めかしい扉があった。


「また扉……?」

「ではご武運を。最初に脱出できるといいですね。ボーナスはありませんが」

 そう言うと、その怪異は姿を消してしまった。


(そうだった、私は怪異なんていう不思議なもののいる世界に足を踏み入れたんだった!)

 拓海と日菜菊のことは気になるが、今は自分が出会った新しい世界を知るのを楽しもうと、莉子は思った。莉子は気持ちを高ぶらせて扉に向かった。

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