1-5話 怪異・狼男
「いやー、悔しい!」
着替え終わった後も、
「まあでも、しょうがないよね」
「受験明けバレー楽しかったぁ」
などと、教室に戻ってからも話は止まらなかった。
なお、男子バスケは、第2戦の相手にバスケ部が二人おり、
(バスケ部、つよ……。目がいいくらいじゃ勝てないなぁ)
拓海はそう思った。
「なんか男女ともに凄い盛り上がったな」
「
「そっか、サッカー来週だったよな。授業枠つぶして複数イベントとか、うちの高校、本当に進学校なのか……?」
「その分の授業の補充、怖いな。というか、既に結構難しいし……」
拓海と浩太は、他の男子生徒に混じって談笑している。
莉子は女子と話しており、その中には
拓海は少しだけそちらに目を向けた。特に思うことはない。それは拓海にとって分かっていることだ。
「よーし、皆、席ついてー」
担任の
◇
拓海と莉子は剣持との約束通り、部活紹介を受けるため、図書室の隣にある資料室に向かった。剣持が言っていた通り、お菓子やらお茶やらが用意されていた。
「いやー、よく来たね。別に制限とかないから、好きなだけ食べていってくれ」
「あ、ありがとうございます」
「ところで、どうして私たちを?」
「特に理由はない、インスピレーションさ。君たちから、この部に興味を持ってもらえそうなオーラを感じたんだよ」
「は、はあ……」
剣持は煙に巻くようなことを言い、拓海と莉子にお茶を渡した。お茶を頂きながら、拓海は切り出した。
「それで、この部はどういう?」
「ああ、そうだったね。これだよこれ」
そう言うと、剣持は古臭いノートを取り出した。表紙には、怪異研究会とある。
「怪異……研究会?」
「そう怪異。都市伝説とか、その手の物語の研究はもちろん、この世に溢れる怪異を研究するのが目的さ」
「具体的にはどういう……?」
「ヴァンパイアとか、狼男とか、デュラハンとか、そういう類の奴ね」
「ホラー系……ですか?」
「良かったら、このノートもどうぞ」
「ありがとうございます」
拓海は剣持からノートを受け取ると、目を通し始めた。莉子も横からそれを眺めている。都市伝説や伝承をまとめたページや、不思議な生き物を記載したページがあった。中にはイラスト付きのものもある。
拓海は、首から上のない胴体と頭が描かれたページを見つけると手を止めた。胴体と頭は線で結ばれていて、メモが書かれていた。
「空間を超えて、繋がっている……?」
「ああ、それはさっき出てきたデュラハンだね。胴体と頭は空間的に離れた場所にあるのに、頭がものを食べれば胴体のお腹の中に届くし、胴体が五感で得た情報は頭にもしっかり伝わっているという、不思議な生き物だよ」
メモには『頭と胴体が別の位置に在るだけで一つの生命体』、『情報が瞬時に伝わる』、『量子的な何かか?』といった言葉が残されており、拓海が熱心にそれらを読んでいた。
「でも、そういうのを研究するってどういうことですか? まとめてどこかで発表したりでもするんですか?」
拓海があまりにノートに熱心だったからか、莉子が剣持に尋ねた。
「ふむ、そうだね。それを説明するには、実感してもらうのが早いと思う。お菓子とお茶は一度中断して、見せてあげよう。ついておいで」
そう言うと、剣持は立ち上がってドアの方へ向かった。
「え、はい。ほら行こ、拓海」
「……ああ」
莉子が立ち上がり、拓海もノートを閉じてそれを追いかけた。剣持がドアを開けると、その前には日菜菊が立っていた。
「うわ、びっくりした」
「あれ、ヒナちゃん?」
「先生、それ、私も一緒に行っていいですか?」
何か真剣な表情をして、日菜菊が剣持に問いかけた。
「うーん、聞いていたのかい? 二人ずつ勧誘するのが例年のことなんだが……。まあ、いいよ。行こう」
「ありがとうございます」
そう言うと、日菜菊は拓海と莉子に並んで剣持と共に歩き始めた。それについて、拓海は何も言わない。
「ヒナちゃん、今の話、聞いてたの?」
「うんちょっと。急にゴメンね。これ、何だか私にとっても大事なことの気がして」
連れて行かれたのは屋上だった。
「屋上? ここに何かあるんですか?」
拓海が剣持に尋ねた。
「魔の13階段って知ってるかい?」
「普段は12段しかないのに、13段あるっていうあれですか?」
「都市伝説ですよね?」
「そう、都市伝説だ。だけど、今屋上に上がってくる時の階段の数、どうだったか覚えているかい? もしかしたら1段多かったかも」
「え、まさか……。はは」
「……変なこと言わないでくださいよ」
「それに、ここは、ほら。月がよく見える」
拓海たちは剣持が指差した方向の空を見上げた。夕暮れではあったが、月がはっきりと見えた。
「満月……?」
莉子はそう言ったあと、言葉を失った。それに気づいた拓海が莉子を見ると、莉子は剣持の方を見ていた。つられて拓海と日菜菊は剣持を見た。
「せ、先生……!?」
剣持の目が赤く輝いていた。
「さっき、聞いたな? 研究するとはどういうことかと」
そう言うと、剣持の肩が膨れ上がり、上半身が筋骨隆々の状態に変貌した。後を追うように毛が生えてきて、剣持の顔がまったくの別物に変わった。それは、紛れもなく、狼だ。
そう、剣持は狼男だった。
驚きのあまり、莉子は怯えた表情で座り込んでしまった。とっさに日菜菊が莉子を庇うように前に出て、拓海はさらにそこから前に出て身構えた。誰も何も言うことができなかった。
「落ち着いて。危害を加えようというんじゃない。ただ、見せたかっただけだ。怪異がこの世に存在することを」
そう言うと、剣持は元の姿に戻った。
「別に僕は、満月の日に必ず変身して人を食うような怪異ではないからね。安全そのものだよ」
いつもの姿で、いつもののほほんとした口調に戻っても、拓海たちはまだ一言も発することができなかった。
「ふむ、ちょっと刺激が強かったかな。例年よりは脅かさなかったつもりなんだが。一旦、部屋に戻ろう。ほら
「……はい」
驚愕が治まらないままだったが、拓海たちは資料室に戻ることにした。
資料室に戻ると、剣持は日菜菊の分のお茶を用意し、生徒3人を座らせた。
「ああいうのを研究する、つまり、本物の怪異に触れる。都市伝説を調べたりするだけじゃない」
「……ヴァンパイア、狼男、デュラハンだけじゃなく、様々な怪異を取り扱うってことですね」
「ああ、そうだ」
「未知の怪異を探ることも可能ですか?」
「可能だ。怪異の存在は知っている人は知っている。案件によっては、専門機関と相談することもできるね」
「「入部します!!」」
声が揃ったのは拓海と日菜菊だ。
「いや、面白そうですし」
「普通の部活じゃありえない体験できそうですし」
二人とも興奮しすぎたことに気づいたのか、ややトーンを押さえて言い直した。
「莉子は、どうする……?」
日菜菊が隣で言葉を発さない莉子に問いかけた。
莉子は、最初こそ怯えていたようだったが、スマホで何かを調べていたようで、剣持に尋ねた。
「さっき、魔の13階段の話をしていましたよね?」
「そうだな」
「今日は、満月の日じゃないはず。なのにあの屋上からは満月が見えた」
「お、鋭いね。そうだ、あの屋上は異次元に作られた偽物だ」
「ということは、本当に……?」
「ああ、これを使ったんだよ」
剣持は莉子にお守りのようなものを見せた。
「これを使うとあそこに入ることができる。実際、階段が1段多かったのは本当だよ」
「……なるほど、気づきませんでした」
「狼男の姿、あまり大勢に見せるもんじゃない。あそこなら外からは見えない。だからあの『裏の屋上』に連れて行ったのさ。それに、あそこはいつも満月になっているから、僕がこれを見せるにもちょうどいい」
莉子はその会話に満足したのか、笑みを見せた。
「……やる……!」
莉子から発せられた言葉は肯定だった。莉子は、突然、隣の日菜菊に抱きついた。
「わ!?」
日菜菊が声を上げる。あたふたしている日菜菊をお構いなしに、莉子は日菜菊を抱きしめる力を強くし、興奮した様子で言った。
「狼男だよ!! 見たでしょ!! 凄い、凄い!! びっくりよ! あんなのが本当にいるなんて……!!」
先生をあんなの呼ばわりしたことにも気が付かないほどに、莉子は興奮が止まらないようだった。恐怖よりも好奇心の方が圧倒的に勝ったのだ。
「りりりりりり、莉子…………あああああの!!」
抱きつかれて
「あ……、ヒナちゃん、ゴメン。痛かった?」
「え、ううん、そうじゃないの、そうじゃなくて……、いや、そう! ちょっと息ができなくて苦しかった!」
「ん? 変なヒナちゃん。ま、いいや、一緒に頑張ろ、この部!! 拓海もね!!」
そんな莉子と日菜菊のやり取りを見ることもなく、拓海は地面を眺めていた。
そして剣持が声をかけた。
「では、ようこそ、怪異研究会へ」
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