1-3話  高校入学の日2

 入学式が終わり、再び教室に戻ってオリエンテーションが終わると、拓海たくみは男子寮に来ていた。毎年、寮にクラスメイトが集まって親睦会をやるのが恒例で、上級生が各クラスの親睦会に段取りのために参加するといった徹底っぷりだった。


「別に男女一緒でも良いのにな」

浩太こうたは男子だけなのが嫌なんだろ?」

「そりゃそうだろ。拓海こそ、莉子りこちゃんと一緒じゃなくて良いのか?」

「んー、今は別に良いよ」

 男女が分かれているのは、これまでのこの高校の傾向から導き出された結論だった。最初は分けた方がクラスの親睦は早まる傾向にある、という判断だ。


「莉子ちゃんって、ざきさんのことか? どういうことだ?」

 拓海と浩太の話にクラスメイトが割り込んできた。


(……来たぁ)

 拓海は覚悟した。こんな初めて会う者同士の中、拓海と莉子の境遇がネタにならないことなど考えられなかった。時が来たと喜ぶ浩太は洗いざらい拓海と莉子の関係を説明した。


「千ヶ崎さんと隣の家ぇぇぇ!!?」

「何じゃそりゃ、てめえ、前世でどんな徳を重ねたらそんなことになるんだ!!」

(てめえ、とまで言うか! 初めて会った人に対して!?)


 拓海はクラスの男子に質問攻めにあった。年頃の男子にとっては、それはそれは羨ましいシチュエーションだ。まだまだぎこちなかったクラスの雰囲気が急変した。コミュニケーションを円滑にするために参加しているはずの上級生までもが、質問に参加していた。


「付き合ってないのかよ!?」

「なんでだよ!」

「俺は信じない! どこまでやったんだ、正直に言え!」

 こんな調子で拓海はすっかり話題の中心にされてしまった。


 それでもいつかは一人への興味集中は終わる。質問攻めが終わりホッとする拓海だったが、この手の話題に火がついたせいか、次は、初日を終えてどの女子が良かったか、で盛り上がりを見せた。胸がどうだとか尻の形がどうだとか、男子特有のゲスな会話だ。


「男子ってバカだな……」

 その会話に、拓海はついていきたい気持ちも、バカじゃないのかと拒絶したい気持ちもあって、会話の輪から抜け出した。


「そうやってクールに構えるの、良くないぜ。お前だって莉子ちゃんが可愛いのに異論はないだろ?」

「そりゃまあ……」

「つーか、あんなに中学時代に彼氏できなかったのは奇跡だぜ」

「うん、それは同意」

「拓海と付き合ってるんだと思いこんだ先輩が果たし状持ってきたもんな」

「あったねぇ、そんなことも……」

 懐かしい話を楽しみながら、拓海は中学時代を思い出した。


『拓海も莉子ちゃんも、どうするかは自由だけど、今の二人の関係が莉子ちゃんの足かせになっているのは確かだと思うよ』

 中学時代に拓海が浩太に言われたことだ。


(俺との関係がなかったら、莉子は告白された時、どうしたか……。いや、考えてもしょうがないか)

 そう思いながら、拓海はため息をついた。


「浩太は学校の外に彼女作ってたもんな」

「内部でやらかして後から面倒になるの、嫌だもん」

「そういうもんかねぇ」

 つまるところ、浩太は拓海の友人の中では恋愛経験のある男なのだ。きっと拓海の知らないところで、莉子と浩太の間でもその手の話をしているから、中学時代にああいうことを言われたのだと、拓海は思っていた。


「まあ、今度は学校内で作っても良いかもなぁ。うちのクラスの女子、ハイレベルだし」

「急にどうした? 新しい一歩でも踏み出すの?」

「そうだな。あ、莉子ちゃんは色んな意味で俺は手出さないよ?」

「なんだよ、色んな意味で、って」

「てか、あれだよ。成戸なるとさんとか、良くね?」

「成戸……ぎく?」

「ん、ああ、そうそう、日菜菊さん。って、もうフルネーム覚えてんのか、やるな、お前」

 拓海にとっては今さら覚える必要のなかった名前だ。


「そこは……止めておけ」

「え、何で?」

「……んー、いやほら、やっぱり浩太は学校外でそういうことやってる方が合ってると思ってさ」

「そうか? うん、まあ、俺は結局外に求めそうな気がするけどね」

 拓海は、言った言葉の理由を説明できないので、適当なことを言ってごまかした。


(浩太が、とか、絶対止めてくれ……)



    ◇



 男子会、女子会が分かれていたものの、終了時間はほぼ同じだった。仲良くなって一緒に帰る者たちもいたが、拓海と莉子は一緒に帰ることにした。


「じゃ、行くか」

「うん」

 懇親会があったとはいえ、オリエンテーションしかなかった日だ。家に着いても、まだ夕方になろうかという時間だった。


「ね、拓海、今日もやる?」

「ああ、いいよ。そのまま来る?」

「うん、行く」

 阿吽の呼吸で話しているが、これは先日やっていたオンラインゲームのことだ。


「あ、あと、今日ヒナちゃんも参加していい?」

「ああ、いいよ。成戸さんもやってたんだな」

「ん? ……ああ、そうそう、成戸日菜菊ちゃん。よく分かったね? ヒナちゃん、って呼ぶようになったんだけど」

「……えっと、いやまあ、そうなのかな、と思って。はは……」

「ふーん……」

 莉子の声は、何か疑念を抱いていそうな雰囲気だと、拓海は思った。



    ◇



「お邪魔しまーす」

「と言っても、この時間は誰もいないけどな」

 拓海の部屋で、ゲームの準備が始まった。拓海と莉子はここからプレイするが、日菜菊はオンラインで参加する。


「とりあえず、ヒナちゃんにフレンド申請送っちゃうね」

 莉子がスマホに保存した日菜菊のゲームアカウントIDに対してフレンド申請を行うと、すぐに承認された。日菜菊は寮で既にゲーム機の前にいるということだ。


「じゃ、とりあえずマッチング待ちだな」

 拓海と莉子と日菜菊が同じ試合に入れるように設定し、他のオンラインプレイヤーが試合に集まるまで待つことになった。


 次々にプレイヤーが集まって来たが、拓海は敵チームに、どこかで見たIDを発見した。

「うお、これ配信者のIDじゃね!?」

「え、またぁ!?」

 確認すると、それは確かにゲーム配信者のIDだった。それも、先日戦った配信者より格上の。


「うわー、これは敗戦濃厚かな」

「だねぇ……」

 しかし、いざ試合が始まってみると、五分五分の熱い戦いになっていた。個人ポイントでは配信者が圧倒的に稼いでいるものの、チーム戦としてはバランスの取れた試合になっている。いわゆる神マッチングだ。


「拓海、左の拠点行こう、左!」

「右ほっといて大丈夫なのか!?」

「ここからなら左の防衛のが大事!! 人集めた方が良いよ!」

 莉子はこういうのが得意だった。このようなチーム戦で、莉子の言うことを聞いていると勝てる確率が非常に高いことを、拓海は知っていた。


「あー、ヒナちゃんにも連絡できればなぁ……!」

「って、うわ、来た来た来た!!」

 配信者が神がかったテクニックで、左の拠点の前線を切り崩しにかかってきた。つまり、配信者もそっちの方が良いと判断したということだ。その勢いにつられて、他の野良プレイヤーも左の拠点の攻略に集まってきていた。


「ぎゃー、やられた!!」

「うわー、私もやられた!!」

 配信者を止めるために立ちはだかった拓海と莉子だったが、見事、配信者にやられてしまった。しかし、ちょうど飛んできたグレネードで、配信者のキャラクターが倒された。


「あれ、これ投げたのヒナちゃんだ!! やった、いいねいいね!」

 喜ぶ莉子を拓海は横目に見た。昔からゲームでも何でも、拓海にとって、莉子と何かをやるのは楽しかったし、好きだった。


 試合はその後、配信者がやられて他のプレイヤーの勢いが止まったため、左の拠点が防衛され、タイムアップで拓海たちのチームの勝利となった。


 莉子が家の家事を手伝うため、ゲームは1試合で終了し、莉子は家に帰っていった。その後、莉子は日菜菊のIDを拓海に送ってきた。


(フレンド登録か。してもしなくてもいいような……)

 莉子に言われて登録しないのも不自然なので、拓海は大人しく日菜菊のアカウントに向けてフレンド申請を送った。

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