1-2話  高校入学の日1

 短い春休みが終わり、その日は拓海たくみの高校の入学式だった。拓海は新しい制服に着替え、身支度を整えて玄関に向かった。親は既に仕事に出ているためいない。


「……行ってきます」

 そう小声でつぶやき、拓海は莉子りこの家に向かった。


「おはようございます」

「あら、拓海くん、おはよう」

 中学時代と同じように、拓海は莉子の母に挨拶をした。一緒に登校することがほとんどだったから、莉子の母も慣れた様子だ。


「莉子、まだ部屋ですか?」

「ええ。上がっていく?」

「はい」

 拓海は家に上がらせてもらい、2階の莉子の部屋をノックした。


「莉子、おはよう」

「あ、拓海? おはよう。入っていいよ」

 そこまで聞くと、拓海は莉子の部屋に入った。莉子は鏡の前で身だしなみを整えたところだった。


「時間取らせてゴメンね。なんか制服が新しいからいつもと違う気がして」

「あー、なんとなく分かるなぁ」

 前髪を少し調整すると、莉子は鞄を持って拓海の前に立った。


「お待たせ、行こう」

「お、おう……」

 改めて向き合った新しい制服姿の莉子は綺麗だった。拓海は思わず声を上げた。


「似合うなぁ。お姫様みたいだよ」

「変な例え使うな!」

 莉子は拓海の腹を肘で小突いた。二人は莉子の母に挨拶をし、駅に向かって歩き出した。



 拓海と莉子が合格したのは進学校だった。寮を完備していて、遠い地域から進学してくる者も多い。同じ中学から合格したのは全部で3人だ。


「知らない人だらけになるけど、ちゃんとやっていけるかなぁ」

「それを莉子が心配する? コミュ力の鬼なくせに」

「何よそれ」

 新しい出会いに期待とわずかな不安を持ちながら、二人は電車で談笑する。目的の駅に近づくと、同じ制服の高校生が増えてきた。中には拓海たちと同じ新入生もいるのだろう。


 高校にたどり着くと、掲示板に人だかりが出来ていた。クラス発表だ。拓海と莉子と同じように、知り合い同士で来ている生徒が、やれ同じクラスだ、やれ分かれてしまったと様々な声を上げていた。


「あ、拓海、同じクラスだよ!」

「え、本当に!! 良かったなぁ」

 拓海と莉子は軽く肘と肘をぶつけ合った。小中と同じ学校だったものの、いつも同じクラスだったわけではないので、拓海は素直に嬉しかった。何より、この高校は3年間クラス替えがないのだ。同じメンバーで色んな活動をできることも、特徴の一つだった。拓海と莉子のくされ縁はより濃い形でさらに続くことになる。


 拓海はもう一度掲示板を見た。同じクラス、2組には、もう2名、知っている名前があった。


「よう、お二人さん。高校でも一緒に登校かい?」

「おはよう、浩太こうた

「おはよ、コウちゃん」

 2組の教室に入ると、拓海たちと同じ中学からの進学者である、天知あまち浩太が先に来ていた。知り合いが同じクラスにこれだけ揃うのが面白く感じ、3人はしばらく談笑した。


「はーい、では、皆、席についてください」

 しばらくすると、担任がクラスに入ってきた。そこまで歳を取っていないが若手というわけでもない。美形な顔立ちをしていて、女子校だったら狙われてしまうこともあるのではないかと感じさせる男だった。


「みんな分かっていると思いますが、この学校はクラス替えがありません。ここに集まった皆は3年間、苦楽を共にすることになります。3年間は長いようであっという間です。勉強もそうですが、せっかくの高校生活、充実したものになるように頑張ってください」

 そんな軽い挨拶を済ませると、入学式前の簡単な説明が始まり、そして入学式までの時間で自己紹介をすることになった。


「名簿通りにやるのも味がないので、僕がランダムに当てますね」

 担任はそう言うと、独断の生徒当てを始めた。


「サッカー部でした……」

「水泳をやっていましたが、高校では文化系の部活に……」

「帰宅部だったので……」

 のように次々と自己紹介が進んでいく。


 拓海も莉子も浩太も、中学時代に何かやっていたわけではないので、無難な自己紹介となった。それでも、莉子は主に男子から注目を浴びていた。そうなるだろうな、と拓海は思ったし、莉子の自己紹介の後に、浩太から意味ありげな視線を向けられたことに拓海は気づいていた。

(……なんだよ、もう)



 ある女子生徒の自己紹介の番になった。

成戸なるとぎくです」

 そう自己紹介が始まると、彼女は莉子の時を勝るぐらいの注目を集めた。長くストレートな髪にスレンダーな長身、ハキハキとした物言い。外見だけで男子の注目を集めるならよくある話だが、雰囲気や佇まいだけで、女子の注目をも集めてしまっていた。


 拓海は、浩太からスマホアプリにメッセージが届いているのに気づいた。『すげー、美人じゃん!』と、書いてあった。


(……知るか)

 拓海はそう思った。拓海にとっては、そうとしか言えないのだ。


 成戸日菜菊は、拓海がだった。彼女は、拓海が抱えている秘密に大いに関係している。拓海は自己紹介を続ける日菜菊の顔を見た。


 拓海たちに訪れる、波乱の高校生活の幕開けだった。

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