エピローグ

グリーン・エデンが破壊され、寝る場所を失った私はお屋敷へと引っ越すことになった。

そもそもグラウス様とシリウス様が仲直りした今、私がみんなと一緒に暮らすことになんの支障もない……ない、はずなんだけど。


「シリウス! いい加減、ティアラの手を離せ」


「だってもっとシヴァと話したいんだもーん!」


心のしこりが取れたシリウス様は、本来の姿……甘えん坊な弟の一面を惜しげもなく発揮し出した。


「ははは、ダダっ子のお守りは辛いな……グレン」


「うるさいなー……ていうか、アレクセイはいつまでこの屋敷で暮らすつもり?」


「ここにいる方が王宮より面白いからな」


「職務怠慢な騎士だねー」


「ははっ、なんとでも。まあ、ぶっちゃけ……真面目な話をすれば、グラウス王子にはそろそろ王位を継承してもらわないといけないんだ。その説得のためにも、俺はここから離れられない」


「その話は聞き飽きた……とにかく! シリウス、あと30分だけだからな」


「えー、兄さんのケチー」


「誰がケチだ。もうかれこれ3時間は話しただろう」 


「3年前はずーっと一緒だったんだ、全然足りないよ~」


「シレン、御主人様を困らせちゃダメですよ」


鏡の中からシヴァ君が、シリウス様をやんわりとさとした。


「……じゃあ、あと1時間だ」


グラウス様はシヴァ君に優しい眼差しを向け、シリウス様に念を押す。


「結局、甘いよな」


私に耳打ちするアレクセイ様。


「ふふふ、グラウス様は優しいですから」


長年の誤解のとけた二人がこうやって仲良くじゃれ合っているのを見るのは嬉しい。


「そこの二人! 何をコソコソと……まったく。ティアラ、あとで俺の部屋に来い」


「は、はい!」


私に言い置くと、グラウス様はローブの裾をひるがえして出て行った。




ようやくシリウス様から解放されて、グラウス様の部屋へ向かう。


「お、お待たせしました、グラウス様……」


「ティアラ、この宝珠に手を」


結局、2時間も待たせてしまったから機嫌が悪いかなぁと恐る恐る部屋に入ったのだが……グラウス様はいつもの無表情で素っ気なく言った。


「あ、はいっ」


私が触れると、宝珠が神々しく光り出した。


「わあ、綺麗……」


「これがティアラの魔力のオーラだ。やはり、光魔法が主体だな……訓練すれば、回復系魔法も使えるようになるだろう」


私が魔法を?

……いまいちピンとこない。……し、止めておいた方がいい気もする。

おっちょこちょいだから、うまく使えなくて大惨事になりそう。


「とにかく、この宝珠にティアラの魔力を封じ込め定期的にメンテナンスすれば、シリウスはいつでもシヴァと一緒にいられる」


「わー、よかったです!」


シリウス様とシヴァ君には離れていた分、たくさん仲良くして欲しい……二人だって、私抜きで一緒に過ごしたいだろう。


「これでシリウスと始終くっついていなくても済むな」


「ふふふ……そんなに気になりますか?」


「気になる、なんて言い方じゃ生温なまぬるい……」


「……え」


「不快だ、おまえを誰にも触れさせたくない」


「えっ……」


グラウス様に腰をぐいと引き寄せられ、至近距離で見つめられる。


「おまえはわかっているのか」


「な、何を……?」


「俺の気持ちだ」


「え、えっと、わかって……ません」


いや、嘘……。

ホントはうっすらと、そうじゃないかって予感してるけど……でも。


「グラウス様の気持ち、教えてください」


本人の口から、ちゃんと聞きたい。


「好きだ、ティアラ」


「! ……ペロリンじゃなくて……わ、私、を?」


「ああ、もちろんペロリンも魅力的だがな」


「キュルエーーーンッ♪」


ペロリンが小さな蕾を嬉しそうに揺らす。


「今まで俺は……他人に、深く関わろうとしなかった。また、失うのが怖くて……ずっと遠ざけてきた」


まるで宝物に触れるように、私の頬を優しくなぞるグラウス様。


「あえて冷たく接する俺に、おまえは遠慮なく踏み込んできたな」


「だって……グラウス様は、本当はとっても優しい人だって気づいたから……」


グラウス様の手を取って、自分の頬に押しつける。


「最初は怖かったですけど……でも、私のこと……絶対に傷付けるような真似はしなかった。よくわからない、こんな不思議な花を頭に咲かせていても……グラウス様は、私のこと変なもの扱いしないで普通に接してくれました」


「当然のことをしたまでだ」


グラウス様がなんの気なしに言う。

そんな素っ気ない態度に、私はますます嬉しくなって微笑む。


「グラウス様には普通のことでも、私にはそんな人……初めてだったんです。だから、グラウス様は私にとってかけがえのない人なんで……う、わっ!?」


グラウス様に顎をクイと上に向けさせられ、瞳の奥を覗き込まれる。


「もう少し、明確な言葉が欲しいな。俺はきちんと愛の告白をしたぞ」


「え……あ、はい! すっ、好きです! 私……グラウス様のことが、ものすごく大好きですっ!!」


「よし、よく言った。ご褒美をやろう」


グラウス様がにっこりと微笑んだ。

わあ……なんて柔らかい笑顔。

普段とてつもなく無表情だから、笑うと一瞬で花が咲いたようにあでやかだ。


その美しい微笑みに見惚れていると――


「……んっ」


瞬きする間もなく、唇に柔らかい感触が……。


「……ムードのないやつだな。目くらいつむったらどうだ」


「え……い、今のって……きっ、キス!?」


「そうだ、いくらぼんやり者でもそれくらいわかるだろう」


「わかるわけっ……ない! ですよっ……!!」


私はあわあわと唇を押さえて後ずさる。


「な、何するんですか! ペロリンが……ペロリンが見てるのにっ」


「だからなんだ。まさか、ペロリンに見られるのが嫌だと? 始終、一緒に生活を共にしているというのに」


「それはそれっ、これはこれ! グラウス様だって、き、き、キスとか……見られるの、恥ずかしいでしょう!?」


「別に、ただの花だと思えばなんでもない」


そうだった! グラウス様はこういう人だよ!

他人の目を気にしないっていうか、無頓着むとんちゃくっていうか……。


――って、そんなことより……どうしても無視できない疑問が浮かんできた。


「ち、ちなみにグラウス様は今まで……き、キスしたこと、あるんですか?」


「……ノーコメントだ」


「あっ、ズルイ!」


「ズルイとはなんだ」


「ていうか、私っ……初めてだったんですけど! 私のファーストキスがあああっ!! 一瞬すぎてよくわからなかっ……」


「まったく、いちいち騒がしいやつだな」


グラウス様は私の腰を再び引き寄せると、ゆっくりと顔を近づけてきた。


「えっ、え!?」


「今度はじっくりと味わえ」


「えええぇぇ!? わ、ちょまっ……」


じっくりって、じっくりってええぇ!?

と思いつつ――今度こそしっかりと目をつぶる……。


「あ、ちゅっ……、んっ……」


やっぱり柔らかい……グラウス様の唇、あたたかくて……すごくドキドキするのに、ほっとするような……。


「ちゅぷっ、ちゅうぅ……あ、ん……っ」


あ、あれ? こ、今度はちょっと……長、い……?


「んんっ……あ」


舌の先で唇をこじ開けられ、下唇を吸われ……。


「あふ……ぐ、グラウ……んんっ……!」


お互いの舌が熱く絡まり、頭が真っ白になる。


「……これで、よくわかったか?」


「う……ふわぁ……」


「ふ……顔がとろけているぞ」


「あううっ……そ、そういうことは普通指摘しないものかと!」


「だが……可愛く見えるからな。思ったことはちゃんと伝えないと」


「え」


「フワアァァ……」


ペロリンが欠伸あくびのような溜め息を漏らした。


「……ほ、ほら! ぺ、ペロリンが呆れてますよっ」


私は恥ずかしさでどうしようもなくなって、照れ隠しにペロリンを使う。


「ペロリンは俺たちに興味などない」


「うっ……まあ、それはそう……かも?」


ペロリンが関心のあることといえば食べ物くらいで、普段はほとんど反応しないし。


「でも……まあ、多少不便かもな。ベッドの中で愛し合うには」


「ベッド!?」


しかも……あ、あ、愛し合う!?


「……外でするつもりか? 意外と大胆だな」


「なっ、何をするって……」


「まさか、そんなことも知らないのか? 男女でおこなう性……」


「わーわー! 知ってます知ってます! 直接的な表現はしなくて大丈夫です! 恥ずかしいっ」


「ふっ、ははは……」


グラウス様がおかしそうに噴き出した。

その明るい笑顔を見たら心臓が飛び跳ねて、もう何も言えなくなってしまう……。


「あう……意地悪ですね。あんまりいじめないでください……そういうことに耐性たいせいないんですから」


「くくくっ、悪かった。じゃあ、これだけははっきり答えてやろう……俺も一応の知識はあるが、経験はない」


「あ……は、はい。そ、そうですか」


ううっ、グラウス様ってホントにもう……!

だから、真顔でそういう話を淡々とされても……ど、どう答えればいいの!?


でも……内心、ちょっとほっとしてたりして。

グラウス様が他の人と……なんて、なんかもやもやするもんね。


「はあぁ……そうですかって、本当に意味がわかっているのか?」


「え? 意味はわかってます……けど、どう答えていいか」


「答えるも何も……俺は、お互い未経験なのに、さすがに暗闇でチャレンジするには難易度が高いと言っているんだ」


「はっ!?」


「つまり、ペロリンに見られることは不可避だ」


「あわわ……」


何を、そんな冷静に……そんなっ、戦略を練るみたいに……!


「まあ、暗くてもなんとかできないことはないが……お互い、無言でというわけにもいかないだろう」


「え?」


あえぎ声は誤魔化しようもない。ペロリンに聞かれないようにするには、かなりの……」


「わーわー! だから露骨すぎ!!」


「まあ、俺は黙っていることも可能だろうが……おまえはがま」


「わーわーわー! もうダメっ、ストップ!!」


もう羞恥メーターが振り切れてるっ、いっぱいいっぱいだ!

私はグラウス様の口を両手でふさいで、身体ごと壁に押しつけた。


「……ふふふ、恥ずかしがり屋だな。わかった、もう何も言わない……その代わり」


「そ、その代わり……?」


グラウス様は答えず、私に再び優しいキスをした。




<第一部・完>


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【完結】植物系王子と植木鉢少女 ~植木鉢扱いだった少女、クールな冷徹王子に溺愛される~ かなめ @kaname_tsukishiro

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