30.グリーンシッター

「ぐ、グラウス、様……?」


頭がはっきりしてきて、私はようやくグラウス様をしっかりと見上げる。


「よし……これでもう、大丈夫」


グラウス様がずっと私のお腹に当てていた手を離した。


「んっ……アイタタタ! なんか、変っ! お腹、メッチャ筋肉痛みたいな!?」


「自分で刺しておいて……自業自得だろう、馬鹿者」


「兄さん! 言ったそばから……」


「……む、そうだった。慣れてないものでな」


グラウス様は眉をひそめながらも、私が上半身を起こすのを手伝ってくれる。


「あ、そっか……私、怪我を……」


「どうだ? 動けそうか」


「はい……なんだか鈍い感覚は残ってますけど……うわー! こんなにすぐ治っちゃうなんて、治癒ちゆ魔法ってホントすご……」


言い終わらないうちに、グラウス様に思いっきり抱き締められた。


「え……っ」


「まったく、心配をかけて……俺を助けようだなんて、100年早い」


いま気づいたけど、グラウス様……びしょ濡れだ。

ペロリンに飲み込まれてたんだもんね。

でも、そんなグラウス様もかっこいい……まさに水もしたたるいい男…………


なんて、抱き締められた衝撃で、全然関係ないことが頭に浮かんでしまう。


「あ、わわ……ご、ごめんなさい……だって私が、魔力のこと黙ってたからグラウス様を危険な目に……だからっ、どうしても助けたくて……! それに、朝起きられないこととか体調がおかしいとか……ちゃんと真面目に聞かないで……」


「そんなこと、気にしなくていい。俺にはおまえを失いそうになることの方が辛い……こんな無謀な真似、もう二度とするな」


「う……ご、ごめんなさ」


「いや、謝るのは俺の方だ。ティアラ……いや、それとも礼を言うべきか。おまえのおかげで、シリウスとも和解できた」


「え? ほ、ホントですか!?」


グラウス様から身を離し、シリウス様を見つめる。


「ホントだよ……それと、悪かった」


「もっとちゃんと謝罪しろ」


アレクセイ様がシリウス様の頭を押さえ付け、無理やり下げさせた。


「ちょ、その態度! 仮にも僕、王子なんだけど!」


「王子なら王子らしく、冷静に賢く振る舞ってもらわないとな。感情に任せ、暴れるなんてもってのほかだ」


「うー……だから、悪かったってば……反省してる」


「ま、これからグレンと一緒に厳しくしつけてやるからな」


「ちょ! 頭、グリグリしないでよ……髪が乱れるっ」


あれ……なんだかこっちも、いつの間にか仲良くなってるみたい。


「そ、そういえば、シヴァ君は!?」


「あ! ティアラ、手を!」


シリウス様が私の手に触れると、鏡の中にシヴァ君が現れた。


「ティアラ様! よかった……元気になったんですね!」


「うん、グラウス様のおかげでね」


「ふふ、シレンも手助けしたんですよ。ねっ、シレン?」


「え……シリウス様も?」


私はシリウス様の肩に手を引っ張って、こちらを振り向かせる。


「……べ、別に、君のためじゃ……」


「やっぱりツンデレか」


アレクセイ様が呆れたように溜め息をつく。


「ふふ……ありがとうございます、シリウス様」


「……ホント、お人好し。お礼なんて言う必要ない……怪我したのは、僕のせいなんだから」


「でも、シリウス様がやりたくてやったんじゃないってわかってますから。グラウス様と仲直りできて、本当によかった……」


「……まったく、ティアラは優しすぎるよ……本当にごめん。そして、ありがとう……色々と」


「ティアラ様、いくらグリーンシッターだからってあんまり無茶しちゃダメですよ」


「はあっ? ティアラが『グリーンシッター』!? あの伝説の? 本当に実在したのか……」


アレクセイ様がしげしげと私を見つめる。


「あ、その……ぐりーんしったー? って、何ですか?」


「ティアラ、ペロリンは聖樹の……世界樹の苗木だ。そして、グリーンシッターは世界樹の守護者」


「キュエッ!」


宝珠を吐き出し、元の大きさに戻ったペロリンは誇らしげに蕾を揺らした。

普通サイズの花になっても、偉そうな態度は変わらないみたい。


「普通なら、生まれたときから体内に世界樹の種を宿し、ほとんどの者が気づかないまま生涯を終える。そうして土にかえったとき、世界樹の苗木となる」


「は? じゃあ、世界樹の苗木って死体から生えるのか?」


「どうとでも言えるが……文字通り、一生をかけ種を守ってグリーンシッターとしての寿命が尽きた際、地上に発芽するんだ」


「じゃあ……ティアラは、生きているうちに頭に生えちゃったってことか」


「断言はできないが、その可能性が高いだろう……そもそも、世界樹の苗木がペロリンのように豊かな感情を持つことも、人食い花のように変化するのも、今まで例がないことなんだ」


「はあ……まあ長年、世界樹の研究をしてきたグレンがそう言うなら確かなんだろうが……信じられん、そんなご大層なやつには見えないぞ」


「私も、全然自覚がありません」


「光魔法を使えるのが、グリーンシッターであるれっきとした証拠だ」


光魔法は、高度な魔法で実際に使える者はほとんどいない。

数少ない光魔法の使い手がグリーンシッターであったと、死後に多く発覚しているらしい。


「……それより、ティアラ」


グラウス様が言いにくそうに、口元へ手を置いた。


「その……コホン。いつまでシリウスと手を繋いでいるつもりだ」


「あ……」


私が手を引っ込めようとすると、シリウス様が掴んで離さない。


「だってティアラに触ってないと、シヴァが消えちゃうんだもの」


「そういえば、シヴァ君はどうなるんです? まさかこのまま、本当に消えちゃうなんてこと……」


「……ティアラ様、ボクにはもうシレンと入れ替わるだけの魔力がありません」


「だが、肉体がないおかげでこれ以上魔力と生命力を消費することはない。こうやって鏡越しであれば、これからも会うことはできるだろう」


「うわーいっ、嬉しいです! これからもずっと一緒だね、シレン!」


「……でも、これでもうシヴァは自由に動き回れない……」


「なに言ってるの、シレン。もともと、その身体はシレンのものなんだから……今までボクが借りていただけ。ボクはシレンと一緒にいられるだけで幸せだよ」


「シヴァ……」


「あとどれだけ一緒にいられるかわからないけど……離れていた分、いっぱいお話しようね」


「……というわけだ、グレン。ティアラはしばらくお預けだな」


ニヤニヤしながらアレクセイ様がグラウス様の肩をポンと叩いた。


「む……わかった。この宝珠にティアラの魔力を込められないか、試してみよう」


「あのな、いくら王族だからって、宝珠をホイホイいじるなよ」


「そうだよ、あんなに宝珠に手を加えたら危険だって言っていたのに」


「……だが、このままではティアラが何時間もシリウスに拘束されてしまう」


「拘束って……グラウス様、大袈裟ですよ」


グラウス様が、何をそんなにこだわっているのかわからない。


「あはは……兄さん、ヤキモチ?」


「そうだ」


「ひぇっ……グラウス様が!? 私にっ……?」


私は信じられない気持ちで、思わず悲鳴を上げてしまった。


「はは、一旦好きだと認めたら潔いなぁ~……でも、つまらん。面白くない」


アレクセイ様が不服そうに腕を組んだ。


「え? 好き? 誰が……誰を?」


「それは、もちろん……」


「アレクセイ、それ以上は野暮やぼだよ」


「え? え?」


「シレン、ティアラ様は大怪我したばっかりなんだよ。休ませてあげないと」


「ああ……そうだね、わかったよ。シヴァ、またすぐに会えるから」


「はーい、またね。シレン」


シヴァ君にうながされると、シリウス様あっさり手を離してくれた。


「仕方ないから、ティアラを返してあげる。でも兄さん、またすぐに貸してね」


「ちょ、シリウス様……そんな、人を物にみたいに」


「だって兄さんがティアラを独り占めしようとするんだもの。ちゃんと許可を取らないと」


「ひっ、独り占め!?」


「こいつは俺のものだからな。勝手に触れることは許さん」


「は!?」


グラウス様が、な……なんて? 俺のって……? 私が? グラウス様のもの……?

ああもう、全然理解が追いつかない……。

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