29.失いたくない

私が倒れ込むと、ペロリンがのたうち回ってグラウス様を吐き出した。


「オウオウ……ッ……ハギュウウッ……!」


「ティアラ……! 何やって……どうして! あんなヤツ、どうなったって君には関係ないだろう!?」


シリウス様が泣きそうな顔で私を抱き起こす。


「ぐ、グラウス……様は?」


「なっ……馬鹿じゃないのっ、お人好し! 今は人の心配してる場合じゃ……!」


「グレン! 大丈夫か!?」


グラウス様のところへはアレクセイ様が行ってくれたみたい……よかった。


「僕は……僕は、君を殺そうだなんて……思ってないっ!」


シリウス様が私のお腹に両手を当てて、止血しようとしてくれてる……。


「し、シリウス様……私は、大丈夫……グラウス様を、た、助けて……」


「いやいや、一番死にそうなのは君なんだよ!! 状況、わかってる!?」


「だって……全然、痛くない……」


「ダメだ、血がどんどん流れて……くそ! 僕には治癒ちゆ魔法なんて使えない……もう……もうっ! なんなんだよ!!」


「……どけ」


グラウス様が真っ青な顔で、アレクセイ様に支えられてやってきた。


「兄さん!!」


「グラウス様……よ、よかった……」


「なんていう無茶を……大丈夫だ。今、治してやる」


グラウス様は私のお腹へ手を当て、何やら呪文のようなものを唱え始めた。


「……む、魔力が……魔法が使えない!?」


「なんだって!? まさか、ペロリンに全部吸い取られたのか!?」


「まずい! これじゃあ、傷を塞げない……」


あれ……アレクセイ様はまだしも、グラウス様まで慌ててるなんて、珍しい……な。


「おいっ……ティアラ! しっかりしろ!」


「あ……」


グラウス様……私の名前、初めて……呼んで……?


「嬉しい……私の、名前……ちゃんと呼んで、くれて……」


「名前なんて何度でも呼んでやる!」


わあ……ホントに?

でも、私にはもう……グラウス様の顔が……よく、見えない。

そのうち、グラウス様の声も……だんだんと、聞こえ……なく、なって……。


「ティ……ティアラ! まずい、目の焦点が……!」


あれ、これは……本格的に、ダメっぽい……やつ?


「グラウス様、あり……がとう、ございました……わ、私、グラ……ウス様と出逢えて……幸せ、でした……」


なら……これで最期、なら、ちゃんと言っておかないと……私の、気持ち。


「何を、今生こんじょうの別れのような……」


「私……ぐ、グラウス様のこと、好きっ……」


「おいっ! ダメだ、ティアラ……俺を置いて、逝くな……!」


それがそのとき聞いた、最愛の人の最後の声だった――……。




「……し、死ん、じゃったの……?」


シリウスがティアラの手を握ったまま、がっくりと肩を落とす。


「いや、まだ……諦めるのは早い!」


俺はすぐさま、ティアラと同じく床へ伏せっているペロリンの元へ駆ける。


「この宝珠なら……!」


蕾の奥の方から二つの宝珠を取り出し、片方を地面へ投げつけ叩き割った。


「わっ、いきなり何するんだ! ずいぶんワイルドだな、グレン」


「グズグズしてる暇はない、ティアラはまだ仮死状態だ。いま割ったのはシリウスが改造した宝珠で、こっちは……ペロリンが最初に飲み込んだ王宮の宝珠」


「はっ!? 国宝の宝珠をなんでペロリンが……」


「え……ってことは、ペロリンは宝珠を二つも……?」


「説明は後だ。とにかく、これには魔力が溜まっている」


左手で宝珠を握り締め、右手はティアラのお腹へ当てる。


「おい待て! グレン、治癒ちゆ魔法を使うつもりか!?」


「これしかティアラを救う方法はない」


右手がほのかに光って少しずつだが、ティアラの傷を修復していく。

だが……このままでは、圧倒的に魔力が足りない。


「……くっ、うぅ」


おのれの魔力を最大限に引き出し、治癒ちゆ魔法へと変換していく。


「グレン、止せ! お前……今、そんな状態で高度な魔法を使ったら……」


「もともと、望んでっ……手に、したわけじゃない……魔法なんて、使えなければ……っ、シリウスを苦しめることも……なかっ……た!」


「に、兄さん……」


シリウスがオロオロと、戸惑ったように俺を見つめる。


「でも……いくら宝珠の力を借りても、今の兄さんじゃ……」


「この……力のせいでっ、す、救う……どころか……シリウス、おまえたちを……余計苦しめた。許して……くれ」


俺はティアラの傷を治すために、今までで一番の魔力を注ぎ込んだ。


「ぐっ……ああぁ!」


「ああっ……だから、兄さんダメだってば! さっき魔力切れを起こしたばっかりで、これ以上魔力を使えば……本当に、い、命まで削ることに……っ」


「は……っ、構わない……もう、二度と……失いたくないっ」


「兄さん……」


「あのとき、おまえのことも……シヴァも、どちらも……失いたくなかった……しかし、俺が……欲張った結果、二人を……く、苦しめることになった……すまない、シリウス……シヴァ……」


「御主人様! ボクは何も恨んでません、後悔だってしてません!」


シヴァが鏡の中から俺たちへ大声で訴えかけてきた。


「シレン、御主人様に力を貸してあげて! ティアラ様を、一緒に助けて……!」


「し、シヴァ……だ、だって……」


「シリウス、た、頼む……俺のことはどうでもいい、ティアラだけは……失いたくない……今度こそ、助けたいんだ!」


「うう~……ああもうっ! 本当にっ……不器用なんだから!!」


髪をかき乱して、シリウスが俺の手に自分の掌を重ねてきた。


「シリウス……」


「……仕方ないから、僕の魔力を分けてあげる! す、少なくとも、今の兄さんよりはマシだからねっ……!」


「ツンデレかよ……っていうか、こんな事態になったのはシリウス様のせいだろ」


「う゛! だって……だって兄さんが、こんなに僕たちのこと……思ってたなんて知らなかったんだ!」


「最初から素直に二人で話し合えばよかったん……って、あ!?」


アレクセイがしゃがみ込んで、すっかりしぼんで小さくなってしまったペロリンをちょんとつついた。


「フアッ……ピュキュー……」


「おい、ペロリンが意識を取り戻したみたいだ……これならっ……!」


「ドロン……あ、あと一息だ。おまえも……手伝え」


「え? 俺? 俺に魔力なんて……」


「まあアレクセイも一応、王族の端くれだからね。少しは足しに……ほら、やっぱり」


シリウスがアレクセイの肩に触れ、魔力の有無を確かめた。


「はー……わかったよ。言っとくけど、魔法が使えるほどの魔力はないぞ」


「大丈夫だ、この宝珠に触れるだけでいい」


「宝珠ってどんな仕組みなんだよ、出したり吸い取ったり……魔力ポンプか? どっちにしろ、とんでもない代物しろものだな」


「あ、よかった……兄さん、顔色が良くなってきたよ」


シリウスとアレクセイ、二人の魔力のおかげで俺の身体まで急速に回復していく。


「あ……ティアラも、脈が強く……いい感じだぞ!」


ティアラの手首に触れ、ドロンが明るく叫んだ。


「……う、ん……?」


ティアラが弱々しくだが、薄く目を開ける。


「ティアラ……! はあぁ……よかった……っ」


俺は思わず脱力して、ティアラの胸元へ倒れ込んだ。


「ははっ……さすがのグラウス王子も、愛しのティアラ様には完敗か」


「え……? え?」


何がなんだかわかってない顔で、ティアラは目の前の俺を見つめる。


「いい、そのままじっとしてろ」


俺は力を奮い起こし、ティアラの治療を続ける。

まだ意識がはっきりしないうちに、ティアラの傷を完全に修復しないと。

もうこれ以上……痛みを感じさせたくない。


「……よし、これでもう、大丈夫……」


治療を終え、大量の汗をぬぐう俺をじっと見つめるシリウス。


「……初めて見たよ、そんなに必死な兄さん。きっと僕たちのことも……そうやって、必死で助けようとしてくれたんだね」


「シリウス……」


「でも兄さん、思ってるだけじゃ……伝わらないこともあるんだよ。ティアラにはちゃんと伝えて、兄さんの気持ち……」


救えなかった負い目から自分の気持ちを押し殺し、シリウスときちんと向き合わずにきた結果……また、大切な人を失うところだった。


「ただでさえ、兄さんは無口で無表情で……言い方はキツイし厳しいし、ホント不器用で……なに考えてるか、ものっすごくわかりにくいんだからね!」


「酷い言いようだが……まあ、グレンが口下手なのはその通りだしな」


「ティアラには、兄さんの……本当は優しいところとか愛情深いところとか、なんでかわかってるみたいだけど……ちゃんと思ってることは、口に出して伝えないと」


「……ああ、シリウス。おまえのときのような失敗はしない」


これからは目一杯、愛情を注いでいこう――

大切な人が、目の前にいるうちに……

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