28.メタモルフォーゼ・フラワー

「ちょ、ペロリン! た、食べちゃダメーーー! 早く、宝珠吐き出してっ!!」


私はペロリンの首(茎)を掴んで揺さぶる……が、ペロリンはびくともせず……。

グワワーーーンっと巨大化した。


「きゃあああっ!?」


ペロリンはみるみるうちに蕾を膨らませていく。

それは以前、王宮で宝珠を飲み込んだときとは比べものにならないくらいの大きさで、私は思わず床へ倒れ込んだ。


「おい、大丈夫か!」


グラウス様が助け起こそうとして、私の肩を掴んだ。


「……ん!? おまえ……この力は……いつの間に魔力を?」


「あ……わ、そ、それは……」


「ギュワワワーーーッ!」


ゆうに私の身体の3倍は巨大になったペロリンが暴れ出し、周囲に咲いている綺麗な花たちを薙ぎ倒す。


「くっ! なんて力だ……!」


ペロリンに引きずられないよう、グラウス様は私を支えてくれる。


「ペロリン! まだまだ食べ足りないだろう! ほら、あそこに最高のエサがあるよ!」


「エサ? エサって……」


「さっきの宝珠……魔力を無尽蔵に溜められるよう改造してあるんだ。兄さんの魔力を根こそぎ奪うためにね!」


「何?」


「アアアアーーーン……パクリッ!!」


気を取られた隙に、ペロリンが大きく口を開けグラウス様を飲み込んだ。


「あああっ!? グラウス様!!」


全身を完全に飲み込まれ、グラウス様の姿は外から見えない。


「ペロリン、早く吐き出して! グラウス様はペロリンのこと、大好きなんだよっ……!」


「ウミューッ、チュウチュウ! ブチューーーンッ!」


「ちょ、なんていう熱烈な抱擁……! ぐ、グラウス様! 魔法でなんとか逃げてくださいっ!!」


食べる(?)ことに夢中なペロリンへ何を言っても無駄だ。でも、グラウス様なら魔法が使える……!


「無理だよ! 今の兄さんには抵抗するだけの魔力がない! そのためにこの3年かけて、魔力を徐々に奪ってたんだから」


「え!?」


「さっき言ってたお茶……僕は、兄さんが寝る前にお茶を飲む習慣があることを知ってた。だからその茶葉に魔力を減退させる薬を混ぜたんだ」


「あ……じゃあ、グラウス様の言ってた朝起きられなくなったって言うのも……」


「そう、薬の副作用だろうね。兄さんはただの寝不足だと思い込んでたけど」


グラウス様は、ちゃんとそう知らせてくれてたのに……私は『可愛い』なんて茶化ちゃかして、真面目に受け取らなかった。


「しかし君が、食生活だの睡眠不足だの余計なこと吹き込むから、茶葉のからくりに気づかれちゃったじゃないか」


「ムキューーーッ! ギュウウウンッ!!」


ペロリンの蕾がもぎゅもぎゅと変形して、中にもがいている人がいることが外から見てもはっきりとわかった。


「ぐ、グラウス様ーーー!」


「でもまあ、君のおかげでこうやって兄さんを追い詰められたんだから感謝しないとね」


「そ……そんなっ、シリウス様! ダメっ……グラウス様を助けて!!」


なんとかシリウス様の近くまで這いずっていって、足元へすがり付く。


「安心して……殺しはしないよ」


紅い瞳を怪しく光らせ、シリウス様が私の顎をクイと上へ向けた。


「魔力を奪うだけ……でも、それで十分」


本当に? それだけで済むの……?


「なんでも魔力に頼ってやってきた兄さんにはきっと耐えられない。自分の持っている力に溺れ、僕たちを破滅させたんだ。兄さんにも、少しくらい絶望を味わわせなきゃ……」


「止めてっ……グラウス様は二人を助けるために、必死だっただけ! 今だって……すごく大切に思ってる! こんな風に争ったりしちゃダメっ!!」


私はシリウス様の手を強く掴んだ。


「大切になんて思ってるもんか! 言っただろ、あいつは自分のことしか考えてなっ……! うっ……! な、何……この感覚!?」


シリウス様の紅い瞳が白く変色し、黄色になったと思ったら……ついには黄金に輝いた。


「……ン、……レン……シレン!」


「え? し、シヴァの声が……する!?」


「し、シリウス様っ……鏡! あっち、姿見を見てくださいっ」


私はシリウス様の肩を掴んで、姿見の方へ向けた。


「シレン! やっと気づいてくれた……! ボクの声、聞こえるんだね!!」


「シヴァ……! シヴァなの!? 本当に?」


「か、鏡にシヴァ君が映ってる……でも、目の前にいるのはシリウス様……?」


私は愕然がくぜんとして、思わずシリウス様の手を離した。

すると途端に、鏡の中のシヴァ君が消えてしまった。


「あっ、シヴァ!?」


「え? あれ、なんで!?」


「ティアラ……君だ、君の魔力で僕の中のシヴァが呼び出されたんだ」


「わ、私!?」


「早く! 君が僕に触れてないとシヴァが消えちゃう!」


「えっ、消える!? わあっ、ダメダメ!」


私が慌ててシリウス様の手を取ると再び、鏡の中にシヴァ君が現れた。


「シレン、話したいことはたくさんあるけど……とにかく、御主人様をペロリンから出してあげて!」


「シヴァ……シヴァまで、兄さんを庇うの? あいつは僕たちを引き裂いたんだ!」


「そうじゃない、シレン! よみがりの魔法は、ボクがどうしてもって御主人様に頼んだんだよ」


「……だとしても、シヴァは兄さんに騙されたんだ。自分がどうなるか知らなかったんだろう? 現に、君は身体を失った!」


「違うよ、全部知ってて……シレンだってホントウは気づいてたでしょ? ボクの寿命が残り少ないの……そして現実に今、もうゲンカイなんだ」


「…………」


「ボクは消える。でも、それはボクが望んだこと。御主人様はボクの望みを叶えてくれただけ」


「でも……でも! 兄さんは拒否することもできたはずだっ」


「クキャアアアアアッ!!」


ペロリンが一際高く叫び、グリーン・エデンの壁に頭(蕾)を打ち付け始めた。


「ペロリン! 止めてっ……そんなことしたら、グラウス様が怪我しちゃう!!」


「シレン! 早く御主人様を助けてっ」


「無理だよ、ペロリンは変格した宝珠のおかげでもう制御不能だ。僕にはどうにもできない」


「おいっ、何があった!? ガラスが割れて……って、おいおい! 何ごとだよ!?」


アレクセイ様が飛び込んできて、辺りの惨状に驚く。


「グラウス様がペロリンに飲み込まれて……!」


「はあ!? なんだってそんなことに……と、とにかく、ペロリンをなんとかしないと!」


アレクセイ様がペロリンに向かって剣を抜く。


「シレン、御主人様はもう長く保たない! ホントウに魔力が残り少ないんだ!」


「大丈夫だよ、兄さんの魔力は無尽蔵だもの。簡単に吸い尽くせるわけない」


「いや……ティアラ様がグリーンシッターとして覚醒かくせいする前は、大丈夫だったかもしれない。でも今は、ペロリンの力をティアラ様が強めているから」


ぐ、ぐりーんし……?

よくわからない単語が出てきて戸惑う私……でもっ、今はそれどころじゃない!


「わ、私!? 私がグラウス様を苦しめてるってこと!?」


「……さすがの兄さんもグリーンシッターには敵わない、か」


「シヴァ君、私はどうすればいい!? 何か……なんでもいい! グラウス様のためにできることない!?」


シリウス様を押しのけ、私は前のめりでシヴァ君に話しかける。


「ペロリンはティアラ様の魔力によって、パワーアップしてます。ティアラ様がいる限り、きっと動きを止めない」


「え、それって……私のせいで、グラウス様が死んじゃうかもってこと……?」


ペロリンのせいで……いや、私と出会ったせいで、グラウス様が……死ぬ?


「君のせいじゃないよ、兄さんの自業自得さ」


「シレン! シレンだって、ホントウは御主人様に死んで欲しいだなんて思ってないでしょ!」


「…………」


頭におかしな花が咲いた私を、変なもの扱いせず普通に接してくれた、唯一の人が……。

私のせいで、死ぬ…………



そんなの……そんなのっ――絶対、ダメ!




「あ、ティアラ! 手を離すな……って、何する気!?」


「私のせいでグラウス様を死なせるなんて、絶対……絶対ダメっ!」


私は落ちていたガラスの破片を手に取った。


「グラウス様は、私が……守る!!」


そして思いっきり、自分のお腹に――突き刺した!


「グギュアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」


「ティアラーーー!!!」

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