27.時はきた

ティアラに触れられ、僕とシヴァが強制的に入れ替わってから数時間後――

屋敷から、騎士の制服に着替えたアレクセイが出てきた。

これから城へ出勤するらしい。


「あいつ……ここに住んでる意味あるのか?」


ペロリンを警戒するためとか言ってたくせに、ティアラにすっかり懐柔かいじゅうされて……情けない。


そしてその直後、兄さんとティアラがグリーン・エデンの方へ仲良く並んで歩いていく。

ティアラはニコニコしながら、無表情の兄さんに一生懸命語りかけている。

幸せそうなその姿は……なんだか数年前の自分の姿に重なるようで……。


僕は慌てて、二人から目を逸らした。


「……さて、せっかく自由に動けるんだから色々と準備を進めなきゃ」



そうして暗躍あんやくしていると、時間はあっという間に過ぎた。

日もとっぷりと暮れ、兄さんやティアラはもう寝静まっている。アレクセイはまだ帰ってきていない。


「ふう、それにしても……お腹、減った。人間の身体って不便だな……」


僕は何か食べ物を物色しようと、屋根裏部屋から出て台所へ向かった。

ふとテーブルの上を見ると……食事が用意されていた。


「ティアラ、か……余計なことを」


食事だけでなく、メモまで置いてある。


『シヴァ君・シリウス様へ、食事は大切です。きちんと食べてくださいね』


……まったく、なんだってこう……能天気というか、間抜けというか。

兄さんといい、ティアラといい……どうして僕の周りには、お人好しばっかり集まるんだ。

シヴァだってそうだ……僕の身代わりになって身体を失ったってのに、責めもしないで兄さんのそばでニコニコして。


「だからって、許されたなんて勘違いしないでよ」


いっそ、食卓をめちゃくちゃに破壊してやろうかとも思ったが――

なんだかそれも子供っぽい気がして……僕はティアラの作った食事を大人しく食べた。


「……美味しい……食事するのなんて何年ぶりかな……」


いつも入れ替わるときはシヴァが必ず満腹で寝るので、僕は食事する必要なんてまったくなくて。


「……ご馳走様でした」


味も量も問題ない……ただ、こんなに美味しい料理を独りぼっちで食べるのがせつなかった。



食事を終えた僕は、屋根裏部屋へと戻り……いつものようにまた一人で、膝を抱え月を見上げる。


「シヴァ……僕が眠ったら……また意識を失ったら、ちゃんと……帰ってくるよね?」


このまま消えちゃうなんてこと……。

いや、絶対にない。


そんなこと、絶対……ない。

でも……そうなったら、シヴァがいなくなったら……僕はどうなるだろう?


「おやすみ、シヴァ……また、明日……」


僕は祈るような気持ちで、瞳を閉じた。




・・・・・・・・・・。




シヴァ君が消えた次の日の早朝――

グリーン・エデンで眠っていた私は、ガラスが盛大に割れる音で飛び起きた。


「わひゃっ! な、何っ!?」


「クエーッ! キエエエッ!!」


ペロリンもバッチリお目覚めで、すでに厳戒態勢だ。


「ティアラ!」


なんとなく予感していた通り、怒り狂ったシリウス様が目の前へ現れた。


「シヴァをどこへやった!?」


「え、しっ、シヴァ君……戻らないんですか?」


掴みかかろうとするシリウス様から、私は捕まらないよう距離を取る。


「いない! どこにも……まさか、もう……消えた、のか?」


「消えた? シヴァ君が!? でも、あんなに元気だったのに……」


「……ここ数ヶ月、シヴァの魔力は弱ってた……でもっ、今まで認めたくなくて……!」


シヴァ君は、もともと自分の寿命が残り少ないと言っていた。

まさか、それで……? 今が、その時なの!?


「なのに、君のせいで! 一気に魔力の流れが変わった! ティアラっ、シヴァを返せ!!」


シリウス様が魔法でガラスの破片を操って、私へ向かって飛ばしてきた!


「ぎゃあああああっ!」


飛びすさって、すんでのところでガラスを避ける。


「くそ、ちょこまかと……逃げるな!」


「シリウス様、落ち着いてください! 私を攻撃したって……」


「シヴァを返せーーーっ!!」


逆上したシリウス様には、私の声が届かないみたい……再びガラス攻撃を仕掛けてくる。


「ちょ、シリウス様! 止めてください!!」


今度も避けようとして――私は見事にすっ転んだ。


「嘘っ……!? イヤーーーーーっ!!」


倒れ込む私に、降り注ぐガラスの破片……絶対絶命!


そう観念したとき、動けない私の前でガラスの破片が綺麗にすべて落下した。


「え!?」


「あっ!?」


同時に驚きの声を上げる私とシリウス様。


「シリウス……落ち着け」


背後から、グラウス様の普段より低い声が響いた。


「ぐ……グラウス様!」


「に、兄さん……なんで……」


シリウス様の気が逸れた隙に、私はグラウス様の方へ慌てて駆け寄る。


「怪我はないか」


「はい、あ……ありがとうございます」


「どうして、こんな早く起きて……昼まで目覚めないはずなのに……!」


「やはり、おまえの仕業か……シリウス。あのお茶は……最近、飲むのを止めた」


「お、お茶? お茶って、なんのことですか?」


唐突に始まった会話に、私の頭にはたくさんのはてなマークが浮かぶ。


「こいつに……食事は大事だと口酸っぱく言われたからな」


グラウス様は私の顔をじっと見てから、再びシリウス様へ向き直った。


「最近の体調不良も、もしかして……と、食事内容を改め……そして、あのお茶に思い当たった」


「……そう、僕だよ。魔力を減退させる薬を茶葉に混ぜて、兄さんにずっと飲ませていたんだ」


「えっ、魔力を? シリウス様……なんでそんなこと!?」


「決まってるだろう、兄さんに復讐するためさ! こいつは絶大な魔力に溺れ、怪しげな魔術に手を染め……僕とシヴァを破滅させた!!」


「誤解です! グラウス様は、助けるために……っ」


「黙れっ! 無関係なやつにどうこう言われたくない!」


「う……だ、黙りません! だってもう、グラウス様は私の大切な人で……無関係だなんて思えないから!」


「……おまえ、そこまで……」


グラウス様が驚いたように、私を見つめる。

誰がどう言おうと……私の中でグラウス様の存在は大きくて、もう誤魔化しようがない。


「……ふぅん。そうやって、兄さんを庇うんだ。だったら……関わったこと、後悔させてやる!」


シリウス様は懐から、丸い玉を取り出した。


「む、それは……宝珠!」


「そう、僕がここ……グリーン・エデンの聖樹で改造した宝珠だよ。兄さんは、僕たちで失敗したってのに、懲りずに宝珠の研究を続けていたね。だから僕も、利用することにした」


「いつの間に……グリーン・エデンの中へ?」


「入れ替わったときにこっそりとね。僕にとってここはもう……楽園じゃない。そもそもバケモノになった僕が、そんなくだらない感傷に振り回されると思う?」


「シリウス、宝珠に手を加えることは……危険だ。何が起こるか、未確定要素が多すぎる」


「そんなの、身を持って知ってるよ! 先に手を出したのは兄さんだ!」


宝珠について知識のない私は、緊迫きんぱくした会話に付いていけない。


「だから、兄さんの大好きな宝珠を使って復讐してあげる。しかもね……復讐の仕上げにぴったりな逸材いつざいを見つけたんだよ」


逸材いつざい……?」


グラウス様と、同時に首を傾げた。


「それはね、ティアラ……君だよ!」


シリウス様は思いっきり振りかぶって、宝珠をペロリンへ向かって投げつける。


「プキュアッ! アアァァァンッ!」


当然のように、ペロリンは口を開け……宝珠を吸い込んだ!


「ああああああああああっ!!」


「モッキュモッキュ♪」


ペロリンは止める間もなく、宝珠を美味しそうにゴックンと飲み込んだ。

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