26.僕はシヴァの中

楽しそうに笑うティアラ……それを、穏やかな目で眺める兄さん――

そこにアレクセイまで加わって、なんだかとっても幸せそうだ。


「まったく、なんなんだ……あの女」


僕は無性にいらついて、その場から立ち去る。


でも……僕には行くところなんて、ない。

結局、いつもシヴァと入れ替わった際に隠れる屋根裏部屋へ向かった。


「シヴァ……どこへ行った? 真っ昼間に入れ替わるなんてこと……今までなかっただろう?」


ティアラのせいで、僕たちの魔力がかき乱された。

そう、ただそれだけ。

明日になれば……シヴァは戻ってくる。


「でも……もしかしたら……」


シヴァが消滅するかもしれない――


「いやいや大丈夫! 全部、あいつのせいなんだからっ」


僕は一番恐れている可能性を、必死で打ち消した。

ティアラめ……突然現れたと思ったら、僕たちの均衡きんこうをめちゃくちゃにして……!


屋根裏部屋の窓から外を眺めながら、僕の思考は3年前へさかのぼっていった……。




3年前、あの、やっと病気から解放されると信じて疑わなかった日――

意識を失い、次に目覚めたときには……長年、僕の身体をむしばんでいた病魔が去っているのをすぐに実感できた。


「……はあぁぁぁ……身体が軽い……」


しかも、全身に魔力がみなぎっている。

こんなことも、ここ数年なくて……ただ、やせ細った身体は弱り、すぐには動かせなかった。

僕はベッドに寝たまま、しばらく放心状態で。


「……ここは……天国、かな? それとも、地獄……?」


死んだら目の前に広がるのは綺麗な花畑――

なんて思い描いていたのに、僕の予想に反して目に入ってきたのは……なぜか、長年見慣れている天井だった。


「慣れた場所から、再スタート……なんて、神様も……粋なことしてくれる……ね、っと」


ようやく、魔法の力も借りて身体が動かせるようになった。

ベッドから起き上がり、僕が最初に目にしたのは――……


「え……兄さん!?」


床に倒れている兄さんの姿だった。


「な、なんで……なんでっ、兄さんがここに?」


僕は慌てて兄さんに駆け寄り、魔力を使って抱き起こす。


「よかった……息してる。怪我もない、みたいだけど……でも、髪の色が黒く変わって……?」


プラチナブランドの綺麗な髪……兄さんとお揃いなのが、僕の密かな自慢だったのに……。


いや、そんなことより……待って。

何か、おかしい……。


「僕、もしかして……死んでない……?」


どうもここは現実の、僕が生きていた世界のようだ。


でも、それなら……もっとおかしい。

だって、いつも僕から片時も離れず、必ずそばにいた存在が……いない。


「シヴァ……? どこ?」


僕は兄さんを魔法でベッドへ移動させ……そして、あることに気づき呆然とした。


「これ、シヴァの服……」


さっきまで僕が寝ていた隣に、シヴァの服が置いてあった。

いや、置いてあるというか、綺麗に人型を残して……まるで着ていた者だけ、そこから忽然こつぜんと消えたような……。


「ちょっと……待って。ど、どういうこと……?」


焦って辺りを見回すと、開いたまま置いてある本に気づいた。


「『よみがえりの魔法』……魔力変換の秘術?」


よみがえり、だって……!?

しかも、秘術?

そんな……何か、嫌な予感がする……。

僕は恐る恐る、ページをめくっていく。


「魔力を持って、魔力を制す……魔力強き者、絶大な魔力を弱者に分け与え……生命力に変換……って、まさか兄さん!?」


兄さんは、僕が不治の病におかされてることを知ってからずっと、なんとか治療しようと躍起やっきになっていた。

使えるのはこの世で数人しかいないとされる、治癒ちゆ魔法まで習得して……。


「この秘術は禁忌きんきとされ……実際、有効かどうか真偽は問われる……!?」


そんなまさか……兄さんが、こんな怪しげな術に手を出すなんて……。


「有り得ないよね? 兄さん……」


兄さんは聡明で、いつだって冷静だった。

立ち振る舞いだって、いっそ冷淡に見えるほどクールで……。


「兄さん、シヴァはどこ……? 早く起きて……ねえ、教えてよ……兄さん……」


憔悴しょうすいしきった顔で眠る兄さんの手を握って……そこで、僕の意識は途絶えた。




・・・・・・・・・・。




(……あ)


そして、次に目覚めたのは……シヴァの中――

僕はシヴァの目を通して、世界を見ていた。


「御主人様、おはようございます」


「ああ、おはよう」


挨拶を返したものの、兄さんは書斎に向かったまま、顔を上げようとしない。


「あの日からもう、ひと月経つんですね」


「シヴァ……今日も、シリウスの魔力は感じるか?」


(!)


「はい、感じます! シリウスはボクの中で生きてるんですよ!」


(シヴァ! シヴァ! ここだよ、僕はここにいる!)


「だから絶対、そのうち戻ってきます。今はボクの魔力が強くて、シリウスは出てこられないのかもしれないけど……」


「しかし、そうなればシヴァ……おまえは……」


「きっと、消えちゃう……んでしょうね。でも……ボクはもともと、……で……だから」


そこでまた、唐突に意識が途絶えた。


そんな風に、シヴァの視界と繋がったり遮断されたりを繰り返して――

ある日突然、シヴァと身体が入れ替わった。


「わ……戻ってきた?」


シヴァじゃない……ちゃんと自分で身体を動かしている。

そのことに若干違和感すら感じるくらい、シヴァとして生きるのが日常になっていた。


そして、しばらく入れ替わりを繰り返すうち、僕はある法則に気づいた。

シヴァは満月の夜、魔力が最大に満ちる。

身体がワーウルフへと戻り、野山を駆けずり回りたくなってしょうがなくなる。

そうして発散し、力を使い果たした次の日……シヴァの意識がないときだけ、僕はこの世界に存在できるのだ。


なんという、皮肉だろう。

一緒にいたいのはシヴァなのに……シヴァと楽しく生きていきたい――それだけが僕の願いだったのに。

僕たちはもう二度と、一緒にはいられない。


(どうして、なんで……こうなった!?)


そのもやもやした気持ちを……いだいた疑問を……あのときすぐに、兄さんへ直接ぶつければよかったのかもしれない。

でも……シヴァを通して見る兄さんは、以前とまったく――変わりなかった。


兄さんが、危険な秘術を使って僕とシヴァをこんな目にあわせたのに……。

成功するか本当に効くかどうかもわからない、禁忌きんきの魔法で、僕たちを引き裂いた。

こんなの、兄さんが大好きな研究の実験台にされたようなものだ。


「兄さんだけ、以前と変わらず生きてく……なんて、絶対許せない……!」


そんな風に……僕の中で、だんだんと憎しみがつのっていった。



そうして――

僕は、ある計画を実行することにした。


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