21.ときめく王子様

「……なんだか仲良さげですねー」


ドロンと植木鉢女が中庭で話しているのを眺めていると、シヴァが俺に声をかけてきた。


「ふふふー、ティアラ様のことが気になりますか? 御主人様」


「いや全然」


「またまたー、そんな素っ気ないこと言ってぇ……あの荒くれ騎士がティアラ様に何かしないか、心配で見守ってたんでしょう?」


「ふん、また騒動を起こされるのはごめんだからな」


「はいはい、まあいいですけどね。御主人様が本当はすっごく優しいの、ティアラ様にはバレバレですから♪」


「……なぜ、そんなに嬉しそうなんだ」


「ボクは御主人様に幸せになって欲しいんですよ。ずっとボクたちのために、必死で頑張ってくれて……自分のことはほったらかしなんですから」


「俺が好きでやっていることだ、シヴァが負い目を感じる必要はない」


「そうやって全部一人で背負しょい込んでっ……ティアラ様は優しくてとっても楽しい人です! きっと御主人様を幸せに……」


「勝手に俺の幸せを決めつけるな」


「でも……御主人様はあれからすっごく寂しそうで、笑顔も減りましたっ」


背伸びしてまでいきどおるシヴァの頭を優しく撫でた。


「俺は十分、今のままで幸せだ。それに、もう……これ以上失いたくない」


大切なものができれば、また失うのが辛くなる。


「御主人様……」


「あっ、グラウス様! シヴァ君もいたんだ~っ」


植木鉢女が俺たちに気づいて、嬉しそうに駆け寄ってきた。

ドロンもおもむろに立ち上がり、こちらへやってくる。


「何してるんですか? あ、グラウス様たちもお散歩?」


俺を熱心に見上げる瞳に、ふとせつないような懐かしさを感じた。


「私もアレクセイ様とお散歩してて……このお庭、とっても綺麗で素敵ですね!」


「キュピーッ、クエエンッ」


楽しそうに笑う植木鉢女と、元気よく揺れるペロリン。

それを見たら、なんだか心が温かく……? これがシヴァの言う、『幸せ』……か。


「グラウス様……? どうしました?」


いや……きっと、ペロリンのせいだろう――植物はいつだって、心を安らがせてくれる。


「……相変わらず、間の抜けた顔だと眺めていただけだ」


俺はそう納得して、いつものように植木鉢女をあしらった。



・・・・・・・・・・。



ペロリンと植木鉢女、それにドロンまでこの屋敷に住み込むようになって数日が過ぎた。

二人はコソコソと何かやっているようだったが、騒動を起こさないならそれでいいと放っておいた。


そんなある日――



ソファでうたた寝していた俺は、頭部に温かいぬくもりを感じ瞳を薄く開いた。

この、くすぐったいような……心地良い感触……誰かに頭を撫でられている……?


「あ……」


「……何を、している……?」


覚醒していくおぼろげな意識の中、引っ込められた手を逃がさないよう取る。


「う、うなされていたので……頭を撫でてました。すっ、少しは楽になるかなって」


「……そうか、また……」


――夢を見ていた。

シリウスの……いや、もう取り戻せない日々の……夢。


「グラウス様、顔色が悪いですよ……大丈夫ですか?」


気遣うように俺を見つめる植木鉢女……ペロリンは寝ているのか、無反応だ。


「貴様は……おせっかいだな」


思わず握り締めた植木鉢女の手を、さっと離した。


「う、すみません……なんか心配で。でも……勝手に触られるの、イヤですよね」


「いや……なぜか、不快では……ない」


自分でもなんでそのように答えたのか……きっとまだ、寝惚ねぼけているのだろう。


「え……そ、そうですか? じゃあ……」


何を思ったか、おずおずと手を出すと俺の頭を撫で始める。


「……何をしている。別に、また撫でろと言ったわけでは……」


「だって、撫でたいんですもん」


「…………っ」


怖がっていたと思ったら、今ではこんな風に柔らかく微笑みかけてくる。


「はあ……好きにしろ」


なんだか照れくさくなって、目を閉じ……されるがままに撫でられる。


「うふふ、グラウス様の髪サラサラー……綺麗ですねぇ」


「男の髪が美しいところで、なんの得もない」


「いやいや、汚いのと綺麗なのとじゃ大違いですよっ! 特にグラウス様はメッチャ美形なんですからっ」


「よくわからん理屈だな」


そして、なぜそんなに力説する必要があるのか……思わず頬が緩んだ。


「この黒髪……昔は、明るいプラチナブランドだったって本当ですか?」


「……ドロンだな、また余計なことを」


「はい、アレクセイ様から聞きました……昔はシリウス様と、同じ髪色だったって」


「シリウスたちに使った魔法の影響だ。魔力の代わりに持っていかれた」


「え? 持っていかれたってどういう……?」


「本当なら魔力全部か、血、髪、もしくは目など肉体の一部を奪われていてもおかしくなかった」


「ええええっ!? メッチャ危険! よかったです、それで済んでっ」


「……ちなみに、寝起きが極端に悪いのもそのせいだ。その前はもっとすっきり目覚めていた」


そうだ……それこそ、こんな風に誰かに接近されるまで気づかないなんてこと、有り得なかった。


「えー、ホントですか~? ただねぼすけさんなのが恥ずかしいから、そう言っているんでは?」


「ねぼすけ、だと?」


「私はねぼすけなグラウス様、いいと思いますけど。なんか可愛いっていうか……完璧すぎるイメージだから、それくらい隙のあった方が……」


「誰が……ねぼすけだ!」


俺はがばりと起きて、植木鉢女をソファへ押し倒す。


「わっ……あ」


「どうだ、寝起きでこれだけ動ければ……」


植木鉢女を見ると、顔を真っ赤にして固まっている。


「あ、う……」


「お、おい……」


どうも俺はこういったことに無頓着なようだが……さすがに、こんな可憐な反応をされれば丸分かりだ。


「はうう……っ」


「…………」


そしてどうやら――

俺も、悪い気がしていない……。


「グラウス、様……?」


ますます目を見開く植木鉢女に、少しずつ顔を近づけていく。

このまま口付けたら、どんな反応をするか……もっと見てみたい――



「……あーっ! またラブラブしてるっ、いいなぁ御主人様!!」


「し、シヴァ君っ……!」


二人して即座に起き上がった。


「ティアラ様、御主人様に夕食ができたって伝えにきたんじゃなかったんですか?」


「うっ……そ、そう! 夕食の時間です、グラウス様!」


「そ、そうか……よし、ではいただこう」


なんでもない風を装って、乱れた髪を整える。


「ねぇティアラ様、ボクにもラブラブ……じゃなかった、ナデナデしてくださいっ」


「うふふ、いいよぉ。シヴァ君いい子いい子~♪」


離れていくぬくもりを、少し残念に思う……そんな自分に戸惑った。

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