20.騎士とのタッグ結成

午後になると、グリーン・エデンへ招かれざるお客様がやってきた。


「ティアラ殿、ごきげんよう。引っ越しの挨拶を、と思いまして」


「あ、アレクセイ様……」


「ふふふ……結局、こんなところに押し込められたんですか」


ガラスの扉越しに、にこやかに微笑むアレクセイ様をじっと見つめる。


「そんなに警戒しないでください。私は紳士ですよ、レディは丁重に扱います」


うーん……と、言われても。


「その凶悪な魔物が危害を加えない限り……ね」


「そういう一言が、余計というか……」


怖いんですけど!


「大丈夫ですよ、ペロリンならお昼寝中です……っていうか、そもそもそちらが変なことしなければ、安全ですからっ」


「なら、散歩でもしましょう。お互い、部屋の中よりはリラックスできるでしょう?」


「……は、はあ」


言うことを聞かないかぎり、ずっと付きまとわれそうだ。

私はグリーン・エデンから出て、アレクセイ様と辺りを散策することにした。



「しかし、驚きました……グレンが君をグリーン・エデンへ入れるなんて」


「え? 普通に案内してくれましたけど……」


「グリーン・エデンは、グレンにとって特別な場所で……普段はグレン以外、立ち入り禁止なんです」


あ……シリウス様のことがあって、非常事態だからかな……。

きっと、できるだけ私が安全な場所にいられるようにしてくれたんだ。


「それをいいことにここ数年……グレンは公務もそこそこにあそこへ引きこもって、研究とやらに没頭して……」


「数年……って、シリウス様のことがあってからですか?」


「なっ……! 君、シリウス様のことまで知ってるのか!?」


「知ってるっていうか、シリウス様に……会いました」


「シリウス様に!? どうやって……って君、シリウス様が今……その、どういう状況かわかってるのか?」


アレクセイ様は探るように訊いてきた。


「その様子ですと……アレクセイ様もご存知なんですね。シヴァ君とシリウス様のこと」


私は昨日の出来事を簡単に説明した。

アレクセイ様から、二人の新情報を聞けるかもしれないと思ったからだ。


「驚いた……そこまで知ってるとは。君……グレンと知り合ったのはついこの間だろう? たった数日で、ずいぶん親しくなったようだな」


「親しくは……ない、ですよ」


「いやいや、十分だよ。グレンの最大の禁忌きんきに触れたんだから」


アレクセイ様は感心したように私を見つめた。


「しかしシリウス様、やっぱり生きてたのか……。ならまず、真っ先にグレンに会うべきだろう……恩知らずだな」


「今まで、誰の前にも姿を現さなかったんですね?」


「俺は……っとと、私は」


「あはは……もうめんどくさいから、取り繕わなくていいですよ」


「そう? そうだな、じゃあ……」


と、アレクセイ様はにかっと笑うと無造作に芝生へ座り込んだ。

うん、こっちの方が自然で全然いい。


「俺はシリウス様のこと、実際はそんなに詳しく知らないんだ」


同じ王宮育ちのグラウス様とは親しかったが、このお屋敷で生まれ育ったシリウス様と会うことはほとんどなかったという。

歳も、アレクセイ様はグラウス様の二つ上で、シリウス様とは七つも離れていた。


「しかもシリウス様は、おおやけには生まれたことも伏せられていた。生まれた瞬間に死の宣告をされたからね」


もともと身体の弱かった王妃も出産時に亡くなり、そのお子も長生きはできまいと周囲は考えたらしい。

その頃は世継ぎも何人かいて、王家はこれ以上不幸な知らせが重なることを避けた。


「グレンもしばらくは、弟の存在を知らなかったんだ。でも、シリウス様に会うようになって……ものすごく明るくなってね」


「グラウス様が明るく? 明るいグラウス様……明るい……想像できない」


「あはは、正直だな。でも昔のグラウスは、髪だって明るいプラチナブランドで……キラキラしてて、まるで天使みたいだった」


「ええっ!? 髪の色まで違ったんですか?」


「例の3年前……あのせいだって話だけどな。魔力の影響らしいけど、あれから真っ黒に変わって……」


「そういえば……シリウス様の髪色も、プラチナブランドだった……かも」


暗かったから断言できないけど、シリウス様も明るいブランドで……シヴァ君のシルバーとは微妙に髪色が違った。


「3年前……その少し前からだったかな、グレンと会うことが減ってね」


アレクセイ様は騎士の訓練、グラウス様は公務にいそしみ、お互い多忙ゆえに疎遠になっていったという。

とは言え、公務では会えるので特に心配はしていなかった。


しかし……


「グレンが何かやらかしたのはすぐにわかった。まず、げっそりとやつれて……外見が様変わりした」


「やらかしたってそんな言い方っ……グラウス様は二人のために、一生懸命頑張ったんですよ!」


「……何をムキになってる? ずいぶん、グレンの肩を持つじゃないか」


「む、ムキになんて……ただ、グラウス様はやらかしたくてやらかしたわけじゃあ……」


「あー……ふぅん。なるほどねー……お前、もしかしてグレンのこと……」


「もっ、もしかして……なんですかっ!?」


「またムキになってる……ふふふっ!」


アレクセイ様はニヤニヤと私を眺めてきた。顔が赤くなってるのが自分でもわかる。


「とにかく私は! グラウス様とシリウス様を、なんとか仲直りさせたいんですっ」


「…………は? 二人を仲直り……あははは!」


アレクセイ様は一瞬、きょかれたように固まって、すぐに噴き出した。


「な、なんで笑うんですかっ……私は真面目に言ってるんです!」


「真面目に? はははははっ、これまた驚いた。お前って見かけによらず、すごいこと考えるな」


一言多くない?

見かけによらずって……まず、どんな風に見えてるんだろう。


「今までこの問題には誰も触れない、いや触れられない……当人でさえ、封印してきた禁忌タブーなんだ」


「でもっ、グラウス様は……苦しんでます。なんとかしてあげたいんです!」


「俺だって……グレンが苦しんでいるのはわかっていたが、今までどうにもできなかった」


「私なら……シリウス様は、私の前には出てきてくれました。もしかしたら、何かできることがあるかもしれません」


「……たしかに。一理ある」


「グラウス様だって、このままでいいなんて思ってないはずです。せめて二人が話し合えるような機会が作れれば……」


「君が、その機会をもうける……と?」


「だ、断言はできませんが……なんとかして、二人を説得するなり引き合わせるなり」


「あのかたくななグレンをどうにかしようだなんて……やっぱり面白いな、お前」


「面白がらないでくださいよ……私は真剣なんです!」


「ふふ……まあ、そうだな。いい加減グレンには、こんな森の中に引きこもってないで、本格的に王位を継いでもらわなきゃならないんだし」


王位……そっか、グラウス様は本来なら、お屋敷を出て王宮で暮らすべきなんだ。

この国の王様……になる、王子様……なんだから。


……あれ、何かが心に引っかかるような……?


「そうしないと……最悪な展開も考えられる。それだけはどうしても避けたい」


「最悪な展開? どういう意味ですか……?」


「ああ、こっちのこと。とにかく、うまくいけば俺にもメリットがある。協力してやるよ」

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