19.緑の園(グリーン・エデン)
突然投げかけられた静かな声に振り向くと、グラウス様が無表情で立っていた。
「植木鉢の分際でちょこまかと……」
「……お、怒ってますか?」
「怒ってなどいない、落ち着きのなさに呆れているだけだ」
「う、す、すみません……」
「ドロンの言う通り……これ以上ウロチョロしないよう、閉じ込めておくべきか」
「や、やっぱり怒ってるんじゃ……」
「くどいぞ。いいから来い、部屋の準備ができた」
「じゃあボク、朝ごはんの用意をして待ってますね!」
ピリついた空気をスルーして、シヴァ君が無邪気な笑顔で送り出してくれた。
・・・・・・・・・・。
「あれ……グラウス様、どこへ行くんです?」
てっきりお屋敷のどこかの空き部屋にでも案内されるのかと思ったら、屋外へ出ていくグラウス様。
「私の部屋ってまさか……外ですか!?」
「……うるさいやつだな、少しは静かにできないのか」
「だって、せっかくこんな素敵なお屋敷なのにっ……!」
住めないなんて……ああ、無情!
「ここだ」
「……え」
グラウス様が立ち止まり、ガラスの壁に覆われた建物を指し示した。
「わあ、ここ……植物園?」
「まあ……同じようなものだ」
鍵を開けグラウス様と一緒に中へ入ると、そこは一面――緑の楽園だった。
「うわあぁ、綺麗……す、すごーい……素敵っ!」
ドーム型の天井、透き通ったガラスの壁に囲まれ、青々とした大小さまざまな植物が生え茂っている。
「キエーッ、クエックエッ!」
たくさんの緑を目にして、ペロリンも大興奮だ。
「気に入ったようだな」
「はい、すっごく素敵です! 緑がいっぱいで……」
「貴様じゃない、ペロリンが気に入ったのならそれでいい」
グラウス様の素っ気ない態度にガクッと肩を落とす。
「どこまでいっても、ペロリン第一か……少しくらい、私のことも気にしてくれても……」
「何か言ったか?」
「いえっ、なんでも!」
「ここは、もともと俺が調べ物をするのに使っている書斎スペースだが……」
大きな机と本棚がいくつか並ぶ一画に、少し不自然な感じでベッドが置かれていた。
「ソファをどけて、ベッドを搬入した。これで、しばらくの間寝起きするには十分だろう」
「はい、思ったより快適そうです! わざわざすみません、ありがとうございますっ」
私がにっこり笑いかけると、グラウス様はすっと目を逸らした。
「この
「わあっ、ロマンチック! 『グリーン・エデン』っていう名前なんですね、この植物園!」
「……そうだ。俺が名付けたわけではないが」
「へえ、じゃあ誰が命名したんですか? すごく素敵な名前ですよねっ」
「それは……コホン、今はどうでもいい」
グラウス様は口元を押さえて、咳払いをした。
「重要なのは、このグリーン・エデンがペロリンにとって最適な環境だということだ」
「は、はあ……」
「湿度や空調は一定に保たれ、壁には外からの攻撃を防ぐ特殊な魔法がかけてある」
「……ペロリンはきっとどんな過酷な環境でも、生き延びると思いますけど」
「貴様の意見など聞いてない。ペロリンにはより快適な環境で過ごしてもらいたいのだ」
はいはい……なんか悲しいことに、このペロリン至上主義にも慣れてきた。
「そして……もう一つの
そうか、シリウス様の誤解を解かない限り……お屋敷で暮らすわけにもいかないか。
「シリウスはここには……近寄らないだろう。シヴァとの思い出が多すぎるからな」
グラウス様は懐から鍵を取り出して私に渡した。
「この鍵に魔法をかけておいた。この鍵がなければ、外からは俺しか開けられない」
「何から何まで……ありがとうございます」
「俺は宝珠を取り出す方法を調べる。貴様はできるだけ大人しくしていろ」
「……できるだけ、に妙なプレッシャーを感じるんですけど」
「気のせいじゃない、思いきり圧をかけているんだ。これだけ言ってもなお、貴様は何かやらかしそうだからな」
私だって、やらかしたくてやっているわけじゃない……と釈明しても無駄そうなので黙っていた。
・・・・・・・・・・。
「静かにしてろと言われてもー……ヒ・マ!」
「プキュー、ブエエンッ」
「ヒマだよねぇ? ペロリン」
私はグリーン・エデンを散策してみることにした。この中にいればとりあえず安心だろうし……。
「わあー、綺麗な……というか、珍しい植物がいっぱいだぁ……」
「クエッ! キエエエーーーッ!!」
「あわわっ!? 何、いきなりーっ!?」
辺りをうっとりと眺めていた私は、ペロリンにグリーン・エデンの奥へ引きずられていく。
「もう、どうしたの? 今まで大人しかったのに……」
「ピュアーッ! プエプエッ!」
「えっ! これって……もしかして、聖樹?」
クラウンザード大聖堂で見たあの大樹よりはかなり小振りだけど、そっくりそのままミニチュア版だ。
「ブルンブルンッ!」
自信たっぷりにうなずくペロリン。
「どうしてこんなところに聖樹が……」
私は聖樹へ吸い寄せられるように近づき、そっと手を触れた。
「わあっ!?」
その途端、私の身体がキラキラと輝き出す。
「ピュキュエッ! ピュキュエッ!」
なぜかペロリンが嬉しそうにぴょんぴょんしているが、こっちはそれどころではない。
「なっ、なんで光ってるの~!?」
自分の身体を抱き締めながら、慌てて聖樹から遠ざかった。
「ちょ、なんなのこのキラキラ!? もう止めて止めてっ、グラウス様に大人しくしてろって言われたばっかりなんだから……!」
振り払うようにバタバタする私に、大興奮するペロリン。
「ブエブエッ! キュエェーーーン!」
「あーヤダヤダ! これ以上やらかしたら、今度こそ私たち……追い出されちゃう!」
「フキューン? フエェ……」
「あ……キラキラが消えてく……」
私はほっとして、倒れ込むようにベッドへ寝転んだ。
「もう……なんだったの、今の?」
収まったのはよかったけど……グラウス様に言った方がいいかな?
「でも、身体が光ったなんて知ったら……グラウス様、きっと頑張って原因を調べようとするよね……」
さっきは追い出されるとか言ったけど――
一見、冷たく無愛想に見えるグラウス様……でも本当は、優しくて面倒見のいい人なんだって私にはだんだんとわかってきた。
……うん、黙ってよう。これ以上、余計な迷惑かけたくない。
「ていうか、私にも……何かできることないかな」
衣食住に加え、宝珠の件まで……お世話になってばかりでは心苦しい。
かといって、私に何ができるかっていうと……。
「うーん、グラウス様の力になれそうなことと言えば……あ」
すぐに、シリウス様の顔が浮かんだ。
グラウス様、すごく気にしてたし……私も、シリウス様の誤解を解きたい。
「もう一度、どうにかしてシリウス様と会えないかな……」
そしてなんとか説得して、二人を会わせてあげられたらいいんだけど。
「プキューン……クエエ」
「ね? ペロリンだって、グラウス様のあんな辛そうな顔……見たくないよね」
私はなんだかせつなくなって、フワフワ漂うペロリンをぎゅっと抱き締めた。
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