18.禁忌の魔法



シヴァ君と一緒に、一階のリビングへやってきた。


「ボクたちは、シレンがものすごく小っちゃいときから友達だったんです」


シヴァ君は昔を懐かしんでいるのか、遠くを見ながらシリウス様の話を語ってくれる。

二人が出会ったのは、シリウス様が5~6歳くらいの頃だという。


「ちなみに……シヴァ君は今、いくつなの?」


「んー……100年くらい生きてますけど、人間の歳で言うと10代前半らしいです」


「ひゃくっ……!? 思ったより年上だった!」


「あはは、純血のワーウルフは500年生きると言われています。100歳なんてまだまだヒヨッコですよ」


「ごひゃくっ……すごい!」


「ただ……ボクはお母さんが人間で純血ではないので、500年も生きられませんけど」


「え……」



そこから、シヴァ君の身の上話が始まった。


人間とワーウルフのハーフとして生まれたシヴァ君は、仲間に馴染めず……かと言って完全な人間にもなれず、ワーウルフの中でずっと浮いた存在だった。


そんなとき、森の中でシリウス様と出会った。

仲間にいじめられていたシヴァ君を、幼いシリウス様は魔法で一生懸命助けてくれたという。


「シレンは生まれつき身体が弱くて……王子様でしたけど、王都から離れてこのお屋敷でずっと暮らしてました」


人里離れた、世間から隔離かくりされた森の中のお屋敷――

家族もおらず、使用人と暮らすシリウス様も寂しかったのだろう……二人は、すぐに仲良くなった。


「そのうちボクは……だんだんと仲間のいる森へは帰らず、ここに居着くようになって」


使用人は快く思わなかったようだが、そこは王子様でありお屋敷の主人でもあるシリウス様が押し切ったそうだ。

しばらくすると兄であるグラウス様も加わって、三人で一緒に長い時間過ごすようになった。


「三人で? グラウス様とシリウス様って……仲が良かったの?」


「ええ、ものすごく! 御主人様は王子様のお仕事がとっても忙しかったんですけど、お見舞いだと言ってはよくシレンに会いに来てました」


今とは状況がだいぶ違うみたい……ますます何があったんだろう?


「シレンも、御主人様が大好きで……ボクも二人が大好きで……ああ、楽しかったなぁ!」


満面の笑みを浮かべるシヴァ君、尻尾をフリフリしてるのが見えるようだ。


しかし、その楽しい日々も長くは続かず――

シリウス様の病状は、成長するにつれ、どんどん悪化していった。

そして3年前……とうとうお別れのときがやってくる。


「ボク、どうしてもシレンに生きていて欲しくて……御主人様に頼み込んだんです。シレンの命を助けてくださいって」


「グラウス様に? でも、グラウス様はお医者様じゃ……」


「御主人様は治癒魔法も使えるんですよ。だから、シレンの病気も治せるかと……」


治癒魔法まで使えるなんて……グラウス様って、ホントすごいなぁ。


「でも……ダメでした。シレンのような重病を治せるような魔法はなくて」


しかし、グラウス様もそれまでただ手をこまねいていただけではなかった。

シリウス様の病気を知ってから、なんとかしようと長年頑張っていたそうだ。


弟の不治の病を治したい――

そんなグラウス様の心境を思うと……ものすごく哀しい。

だって3年前……いや、それ以上前となれば、グラウス様だってまだまだ子供だったはず。


そして……いよいよ、シリウス様の意識がなくなったとき――


「御主人様はずっと、ボクたちに言うのを躊躇ためらっていましたが……一か八かの方法があるって教えてくれました」


シヴァ君はその場面を思い返しているのか、悲しそうに眉をひそめる。


「シレンとボク……二人の魔力が合わされば、シレンを助けられるかもしれないと」


「えっ、そんなすごい方法があったの!?」


「でも、それは禁忌きんきの魔法でした。うまくいくかはわからない……しかも、魔力を使い切ればボクは消えることになるだろうって」


「ええっ……そ、それじゃ、シヴァ君はシリウスの身代わりになろうと……?」


「身代わりなんて大袈裟おおげさですよ」


「ダメダメそんなのっ、あー……なんかうまく言えないけど……!」


昔のことだとわかっているのに、なんとか止めようとする自分がいた。


「――ティアラ様、ボクはね……自分がもともと短命だってわかってたんです」


シヴァ君はいきなり老成ろうせいしたかのような眼差しを私に向ける。


「人間とのハーフだから、って100年の命だろうって……」


「え……え? でも待って。たしかさっき、シヴァ君……もう100年くらい生きてるって」


「そう、だからボクは、シレンと出会った時点で……自分の寿命がもう、そんなに残されてないのを知っていました」


「……そ、そんな……」


「知らなかったのはシレンだけで……もちろん、博識な御主人様は最初から何もかも承知の上です」


色々と衝撃で、シヴァ君にかける言葉が見つからない。


「ボクが先か、シレンが先か……御主人様はわかっていて、それでもボクたちを静かに見守っていてくれたんです」


グラウス様……!

どちらも、そう遠くない未来にいなくなるとわかっていて……ずっとそばで?

グラウス様だって、二人を失うのはものすごく辛かったはずなのに……。


「ああっ……ティアラ様、泣かないで」


「え? あ……」


シヴァ君に言われて初めて、自分が泣いていることに気づいた。


「ご、ごめん……大丈夫。う……ぐすっ、ちょっと、グラウス様のこと考えたら……」


「ええ……ボクも、いま思うと……御主人様にものすごく残酷なお願いをしてしまったって反省してます」


シヴァ君がハンカチで私の涙をぬぐってくれる。


「でも、ボクはどうしても……シレンに恩返しがしたかったんですよ」


「恩返し?」


「仲間外れにされて……独りぼっちで寂しかったボクを救ってくれたのはシレンですから」


「ああ……うん、独りぼっちは……辛いよね」


私も……ずっと、疎外されて生きてきた。

積極的に排除されなかっただけマシだけど……それでも、寂しくなかったとは言えない。


「シレンに出会えなかったら、ボクはなんの幸せも知らないまま……獣としてどこかで野垂のたれ死んでたと思います」


人間にもワーウルフにも、仲間として認められず……そんなの、哀しすぎる。


「だからボク、なんの躊躇ためらいもなく御主人様にお願いしたんです。ボクの生命いのちを使ってくださいって」


それでシレンが少しでも長生きできるなら、残り少ない寿命なんてどうでもよかった――

自分のできるせめてもの恩返しだと、シヴァ君はグラウス様に頼み込んだ。


「シヴァ君……でも、きっとシリウス様はそんな風には……ううん、グラウス様だって……」


「ふふふ、シレンが知ったら、絶対猛反対したに決まってます。でももう、そのときには……シレンの意識はなかった」


「じゃあ……グラウス様が、最終的に……決めたんだね」


「一刻を争う状況だったんです。御主人様も……さんざん渋っていましたが……それでも、僕たちを救うためにやってくれました。自分も巻き込まれるかもしれない、危険な禁忌きんきの魔法だと知りながら……」


「そ、そんな危険な魔法だったの……」


「ええ、絶大な魔力を持つ、御主人様にしかきっとできなかった。御主人様が無事なのがその証拠です」


私はぼんやりと、グラウス様が魔法を褒められてもあんまり嬉しそうじゃなかったのを思い出した。


「でも……ボクの魔力が強かったせいなのか、シレンだけじゃなくボクまで生き残ってしまって」


シヴァ君の体は消えても魂は消滅することなく、シリウス様の身体に乗りうつってしまった。

そしてシリウス様は……


それきり、この世に存在してるにも関わらず……グラウス様の前には現れないという。


「ボクがすっきりと消えれば、きっとシレンはまた普通に生きられるのに……」


「そんな……そんなこと言わないでっ……!」


自らを責め、悲痛な顔をするシヴァ君の手を私はぎゅっと握った。


「ティアラ様……でも、ボクは……もう」


「うまくいくかどうかわからなかったんでしょ? もしかしたら最悪、二人とも消えてたかもしれない……」


「……はい、そのくらい一か八かの危ない方法でした」


「ならやっぱり、シヴァ君が消えなくてよかった……それだけは間違いない! だって……だってっ、そうじゃなきゃ……」


――グラウス様だって救われない……。



「……お喋りはもう済んだか」

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