17.やっぱり眠れない

「――バケモノ……そうか、シリウスがそんなことを」


私から話を聞き終わると、グラウス様は脱力したようにベッドへぼふっと腰かけた。


「シリウスを見たのは、3年ぶりだ……今まで、俺の前には決して現れなかったからな」


「え? あ、3年って……」


シリウス様も、3年経ったとかどうとか……。


「シリウスが現れていることは……シヴァから聞いて知っていた。ときどき記憶が抜けていたり、あらぬ怪我をしていたり」


「それって、二重人格……ってことですか?」


「似ているが、違う。シリウスの身体に、シヴァの魂も宿っているんだ」


「なっ……ど、どうしてそんなことに……?」


「それは……。…………話したくない」


あ……また、あの苦しそうな顔……。

私はグラウス様の辛そうな表情を見て、それ以上問いただすのをやめた。


「とにかく……シリウスが、壮大な勘違いをしているのはわかった」


「は、はい! とんでもない勘違いですっ」


私がグラウス様の特別な存在とか……むしろ、いまだに植木鉢扱いなんですけど!

女扱いとは言わない、せめて人間扱いして欲し……。


「仕方ない、今夜は俺の部屋で寝ろ」


「……い?」


考え事をしている途中、さらっととんでもないことを言われ固まった。


「何をほうけた顔をしている。また襲われたらどうするつもりだ」


「え? あ……そっか」


「シリウスが厄介やっかいな勘違いをしているからには……植木鉢とはいえ一応、保護してやらねば」


それって、グラウス様が私を守ってくれる……ってこと?


「貴様は目の届かない場所に置くと、すぐに騒動を起こすからな」


「う……起こしたくて起こしてるわけでは」


「とにかく、明日からの対応は別途べっと考えるとして、今夜は俺の部屋へ来い」


「……はい、ありがとうございます」


言い方は素っ気ないけど、グラウス様ってやっぱり優しいな……。



・・・・・・・・・・。



「お、お邪魔しまーす……」


元いた部屋から枕だけ持って、グラウス様の部屋へお邪魔する。


王子様の部屋というからには、どんだけ豪華なんだろうと思ったけど……実に質素だ。

強いて言えば、ベッドが普通よりデカイことくらい。


「俺はまだやることがある、先に休んでいろ」


書斎机(こちらも大きい)に座って、何やら調べ物を始めるグラウス様。

うーん、サマになるっていうか……知的な感じで絵になる。


「クアア~ァ……」


「何をボケッと見ている。ペロリンが眠そうだぞ、早く休め」


かっこいいなぁ、なんて見惚れているとグラウス様にうながされた。


「あ、じゃあ……」


ベッドに背を向け、ソファへ直行する私。


「おい……何をしている。ベッドがあるだろう、そっちだ」


「え、さすがにベッドを占領するのは悪い気が……私、このソファで大丈夫ですよ」


「誰が占領などさせるか。俺もあとからベッドに寝るから気にするな」


「一緒に!? ますます気にしますが!?」


「ベッドでなければペロリンが窮屈だろう。いいから遠慮するな、植木鉢の分際で」


有無を言わさない雰囲気……一応、私だって女の子なんですけど?

まあ、昨日も一緒に寝たわけで……今さらか。

グラウス様にその気がないのはわかりきってるし……って、自分で言っててなんか悲しくなってきた。


「それじゃあ、遠慮なく……お先に、おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


そう――ベッドに横になったものの、緊張もあってかなかなか寝付けなかった。



・・・・・・・・・・。



「……ん?」


まだ朝日の昇りきってない時刻、かすかな物音で目が覚めた。


「うぅん……」


「グラウスさま……?」


隣で寝ているグラウスが何やらうめいていた。


「ちが、う……」


「違う?」


「うんん……」


やっぱり、うなされてる……。


「だから……ああ、するしか……シリウス……」


あ、シリウス様のこと呼んでる……すっごく苦しそう……。


「何が、あったんですか……?」


乱れた前髪を整えるように指でいて、グラウス様の綺麗な顔を見つめる。


「こんなに苦しそうなの……見ていられません」


なんだか、こっちまで辛くなる……。

私は、グラウス様の深く刻まれた眉間の皺を消すように優しく撫でた。


「……ん……」


心なしか、グラウス様の表情がふっとやわらいだような気がする。


「ふふ……メッチャ無防備……なんか可愛い」


鋭い眼光がない分、いつもの剣呑けんのんさが薄らいでいる。


「お、怒られるかな……で、でも……っ」


私は思いきってグラウス様へ近づいて、そのまま寄り添いながら眠った……。



・・・・・・・・・・。



「御主人様っ、また抜け駆けして! ズルイですよっ」


突然、ドアがバーンッと開く音がして跳ね起きた。と同時に、威勢のいい大声が……。


「ティアラ様、おはようございます! もうっ、どうして御主人様の部屋で寝てるんですか!?」


「し、シヴァ君!? シヴァ君……だよね?」


「今日こそ、ボクが一番にモーニングコールしたかったのにぃ!」


このキュートな言動……紛れもなくシヴァ君だ。


「シヴァくぅん……よ、よかったぁ……」


私は半身を起こして、シヴァ君に抱きついた。


「ティアラ様……? よかったって……何がですか?」


ペロリンを警戒しつつ、シヴァ君は首を傾げる。

ちなみにペロリンはよほど疲れているのか、まだ寝ていて無反応だ。


「んうぅ……」


寝起きが悪いグラウス様も、ペロリンと一緒にベッドへめり込んでいる。


「昨日、シリウスっていう人が現れてっ……」


「シリウス……!? ティアラ様、シレンに会ったんですか!?」


あれ……シヴァ君、とっても嬉しそう?


「いいないいなー! シレン、元気でした!?」


ええ!? 元気?

私は予想外の反応に戸惑いつつ、話を続ける。


「シヴァ君……シレンって、シリウス様のことだよね……知ってるの?」


「知ってるも何もっ、シレンはボクの大切な親友です!」


「親友……? シリウス様が!? ……シヴァ君、その話……シリウス様のこと詳しく教えて!」


私は寝ているペロリンを起こさないよう抱え、グラウス様の部屋からシヴァ君を連れ出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る