16.今夜も眠れない

「はー、疲れた……やっと眠れる」


今日も怒濤どとうの一日だった。

アレクセイ様は引っ越し準備をしに一旦帰ったし、とりあえず今夜は安心して眠れそう。

……と、私はふかふかなベッドへそそくさともぐり込んだ。




しかし――


「……ん?」


夜半過ぎ、バタバタと何かが暴れるような物音で目が覚めた。


「ムギュムーッ! モゲッ……!」


「……んーもう、うるさいなぁ……なぁに? ペロリン、またなんか変なものでも食べた……?」 


「また丸呑みされたらたまらないからね、対策しないと」


「え……?」


いきなり上から覆いかぶされて、身動きが取れなくなる。


「なっ!? 誰っ……むぐっ!」


口を手で塞がれ、目の前にはなんと……


「んんんっ!?」


「あはは、ビックリした?」


しっ……、し……っ、シヴァ君の顔が!


「うううんっ……ふむんっ!?」


「……静かにしてくれるなら、離してあげる」


パニック状態だけど、ここは一旦冷静に冷静に……ぶんぶん頭を振る私。


「いい子だ……やっぱり、兄さんには勿体ないね」


シヴァ君(?)は妖艶ようえんに笑うと、私のおでこに優しいキスをした。


「……っ!!???」


「くすっ、面白い顔……からかい甲斐がありそうだ」


とりあえず、口を塞いでいた手は離してくれたが……今度は両手を掴まれベッドへ押しつけられる。


「兄さんが気に入るのもわかるよ。君って、いたぶるには最高のオモチャだ」


「し、シヴァ君……? これって……どどど、どういうこと?」


「シリウス」


「え?」


「僕はシヴァじゃない。シリウス=シレン=クラウンザード、グラウスの……弟だ」


「ええっ……!?」


グラウス様の弟っ!?


「でっ、でも! グラウス様にはたしか、お、弟さんなんていなかったはず……」


「ふふふ、すごい驚きようだね」


グラウス様の弟??

でも、グラウス様とはそんなに似てないような……思わずマジマジと見てしまう。


「あ……目の色が……」


「……ああ、シヴァはアンバーだったね」


琥珀色だった瞳は、今や燃えるように真っ赤だ。


「シヴァく、じゃなかった……シリウス、様? なんだか、さっきよりちょっと成長してません?」


ぷにぷにだったほっぺがシュッと痩せ、精悍せいかんにさえ見える。


「本来ならこの姿が正解なんだ。あれから3年経ってるわけだから……17歳か、ティアラと同い年だね」


「は?」


「シヴァの実年齢に合わせているのか……見た目も身体も僕のものだっていうのに、ホント忌々いまいましい呪いだよ」


あれから? 3年……?

わからないことだらけで、頭の整理が追いつかない――


けど、とにかく一番気になるのは……今の、この状況!


「あのっ……こ、この体勢……ものすごく話しにくいんですけど。……なんとかなりません?」


「ならない。せっかく忍んできたんだから……もっと僕をたのしませてよ」


きっぱりと断言された上、よくわからない要求に戸惑ってしまう。


「くすっ、何がなんだかさっぱりって顔をしているね」


「そりゃ、いきなりこんな状況っ……理解に苦しみます!」


「じゃあ、教えてあげる。ティアラ……僕は、君を壊しに来たんだ。兄さんの新しいオモチャを……ね」


「え? 私がオモチャ?」


「君は、兄さんのお気に入りみたいだから」


「お気に入りって……グラウス様の? ち、違いますっ……私は……っ」


「いや、僕にはわかる」


シリウス様はまたもやはっきりと断言した。


「兄さんが僕ら以外と……あんな風に楽しそうに接することなんて、今までなかった」


僕、ら……?


「君は、兄さんにとって特別なんだ」


「ち、違う……特別なのは私じゃなくてっ」


ペロリンですから!


「そんな大切な君を僕のモノにしたら、兄さん……どうなるかな? 苦しむと思う?」


「なに、言って……」


「それとも、僕たちのときのように……失ったってなんとも思わないか」


「僕たちのとき? どういう意味……うっ!」


言い終わらないうちに突然、顎を掴まれた。


「壊しちゃったら……ごめんね? でも、どうしても……試してみたいんだ」


シリウス様の紅い瞳が一層妖しく輝く。


「……知りたいんだ……どうして僕を、こんなバケモノにしたのか……」


私は不穏な気配を感じ、両手だけでなく全身で抵抗する。


「やだ! 離してっ……!!」


「キエーーーッ!」


私が叫んだ瞬間、グルグル巻きにされていたペロリンがトゲを吐き、布を突き破った。


「おっと、危ない……」


シリウス様は俊敏に後ろへ飛びすさった。


「やっぱりペロリン……君、すごく邪魔だよ。燃やしちゃおうか」


慌てる様子もなく過激なことを言うと、右手から火の玉をぽっと出現させた。


「ま、魔法……!?」


「あはは、なに驚いてるの? 王子なんだから、魔法が使えるのなんて当たり前でしょ」


私はベッドを挟んで対峙したシリウス様を目で追いつつ、最大限に警戒する。


「それとも……まだ、信じてない? 僕がグラウスの弟だってこと……紛れもない王子なんだって」


「そそっ、そんなこと言ってない!」


「どいつもこいつも……知らないからって、存在しないことには……ならないんだっ……!」


最後の方は叫んで、火の玉を私に向かって投げつけてきた!


「ぎゃーーーっ!」


私が避けると、火の玉は後ろの窓ガラスへ直撃しガシャーンっと割れた。


「あ~あ……下手に動くと危ないよ。僕は、ペロリンさえ消えてくれればいいんだからさ」


「ペロリンが燃えたら、私だって危険です!」


「ブギャアアアッ! ベロベロッ!!」


「騒がしいぞ、何を暴れている!」


グラウス様が音もなく、部屋の中へ現れた。


「ぐ、グラウス様……!」


「一晩くらい静かにできないのか、このっ……」


そこでグラウス様がはたと固まって、シリウス様を見つめた。


「シ……ヴァ……いや、シリウス……?」


「……チッ」


シリウス様は舌打ちすると、割れた窓枠に足をかけた。


「ちょ、危ないっ……ここ、二階……!」


慌てて制止したが、シリウス様は華麗に窓から飛び立っていった。


「あ……そっか、魔法……シリウス様も、飛べるんだ……」


へなへなとその場にへたり込むと、後ろから呆然とした声が聞こえてくる。


「なぜ、シリウスが……? 貴様と……?」


「わかりません……っていうか、シヴァ君は? シヴァ君はどうなったんです!?」


「シヴァは……シヴァとシリウスは……同一人物だ」


「は? と、とても同じ人には思えません……シリウス様はなんだか怖くて……シヴァ君とは全然別人です!」


グラウス様は眉間のしわを一層深くして、苦しそうに呟いた。


「そうだ、別人だ。しかし、貴様に話したところで……わかるまい……」


「グラウス様……?」


「それより、怪我はないか? ペロリンは!?」


「あ……はい、大丈夫です」


「キュエーン♪」


元気に答えるペロリン(と一応、私)を見て、グラウス様の硬かった表情が少しだけ緩んだ。


「……その……シリウスは……何か、言っていたか?」


私の手を引いて立たせながら、グラウス様は珍しく言いよどむようにいてきた。

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