12.グッドモーニングドッグ?

「うおっ!? はようっ、ございます……?」


他に誰かいるなんて思ってなかったから、とっても驚いた。


しかも目の前に現れたのが、これまた……とびきりの美少年である。

グラウス様ほどの究極的な美しさには及ばないにしても、かなり人目を引く可愛らしさだ。


「あーっ、御主人様! 抜け駆けはひどいですよっ」


「ぬ、抜け駆け!?」


さっきのベッドシーン(というとなんかいかがわしい!)が頭をよぎって、思わずドキリとしてしまう。


「何を人聞きの悪い……抜け駆けなどしていない」


「でもでも、ボクがティアラ様に一番に朝の挨拶をしたかったのにっ」


え、なんで私の名前を知ってるんだろう……?


「朝……と言っても、もうとっくに昼の時間だが」


「うっ……だって仕方ないじゃないですかっ、朝方帰ってきたから起きられなくって……!」


「えっと……き、君は……誰?」


二人がやけに親しげに話しているのに面食らいつつ、私はおそるおそる尋ねた。


「昨日はありがとうございましゅたっ……あう、噛んだ」


「昨日……? 私たち、初対面のはずだけど?」


銀色のふわふわした髪が、大きな目にかかって耳まで覆っている。

見れば見るほど可愛らしい……こんな印象的な美少年を見たら、絶対忘れられないはずだ。


「そんな……ティアラ様! ボクです、シヴァですよ!」


「シヴァ……?」


名前にも、まったく心当たりがない。

グラウス様のことを『御主人様』と呼ぶからには、このお屋敷の関係者だよね……。

立派な執事服を着てるけど、でも執事というわりには幼い気がする。

かっこいいというより可愛さがまさっているせいで、私より2つ3つ年下に見えた。


「プキュルーッ!」


「うわっ、ペロリン! もう元気になったんですか!?」


突然鳴いたペロリンを見て、銀髪の美少年はビクッと身体を震わせた。


え、ペロリンのことまで知ってる!

ますます誰だろう……?


まだ怪訝けげんな様子の私を見て、シヴァ君は悲しげな顔をした。


「えっと……じゃあほら、このネックレス! 昨日もしてたでしょう?」


首元から銀色のネックレスを引っ張り出して、私に一生懸命見せてくる。


「あっ? ホントだ、そのネックレス……ワンちゃんの!」


「そうです! あっ、でも……ワンちゃんって、犬のことですよね? ボクは犬じゃありません! れっきとした狼ですっ」


クリクリとした琥珀色の瞳が、一瞬キラッと金色に輝いた。


「狼だったんだ……って、そんなことより! なんで人間になってるの? しかもすっごい美少年っ」


「ビショ……? ってなんですか? 人間の言葉はときどきムズカシイです……」


「『とっても綺麗な男の子』ってこと」


「つまり……褒め言葉、ですね! わーい、ありがとうございますっ」


「わ~あ、なんか信じられない……狼とは思えないよ! シヴァ君、人間になれちゃうなんてすごいっ」


「えっへん! これもぜぇんぶっ、御主人様のおかげです!」


「御主人様……って、グラウス様のこと?」


「そうですっ、ボクの素敵な御主人様です!」


シヴァ君はグラウス様の腕へ、ぴょんと跳ねるように飛びついた。


「はしゃぐな、シヴァ……少し落ち着け」


グラウス様はやれやれといった表情をしながらも、シヴァ君の頭を優しく撫でた。


「じゃあ、グラウス様の魔法で人間の姿に?」


「まあ……そういうことだ」


「わあっ、グラウス様の魔法ってホントすごいことができるんですね!」


ワンちゃん……じゃなかった、狼を美少年に変身させちゃうなんて……グラウス様、恐るべし!


「そうです、御主人様はとってもすごい人なんですっ」


「わかる! 昨日だって、空をばびゅーんっと飛んでたし!」


「それだけじゃないんですよ、この間なんて……」


「シヴァ、そろそろ昼食の時間だ」


シヴァ君と二人で盛り上がっていると、グラウス様が会話をさえぎった。


「あ、はい! ボク、急いで準備しますっ」


「あっ、私も手伝う!」


「いえいえ、ティアラ様は御主人様の大切なお客様ですから、そんなことさせられません」


「いや、こいつは客人などではない」


ピシャリと言い放つグラウス様。


「へ? そうなんですか?」


「え、えっと……じゃあ、私……」


つい二人の親しげなノリに乗っかっちゃったけど、今さら不安になって私はグラウス様を見上げた。

ある意味、これから私は幽閉ゆうへいされるようなもので……たしかにお客様じゃない。


「やっぱり、牢屋……とかに入れられちゃうんですか?」


「ここに牢屋なんてありませんよ」


「あ、そうなの?」


ちょっとほっとした……無情なグラウス様だったらやりかねない、なんてちょっと思ってたから。


「俺は、客ではないと言っただけだ」


「え? じゃあ……」


「……これからここで暮らす。こき使ってやれ」


ニヤリと意地悪そうに私を見つめ返すグラウス様。


「わーっ、ホントですか! それはお客様よりもっと素敵ですっ!」


シヴァ君が飛び跳ねて喜んだ。人間の姿なのに、モフモフな尻尾を振るのが見えるようだ。


「はああぁ……よかった」


それならそうと同居人だとか居候いそうろうだとか、もっとわかりやすく言ってくれればいいのに……ホント、グラウス様って意地悪だ。


ジトーっと私が見つめても、グラウス様は澄ました顔をしている。


「ティアラ様、これからよろしくお願いします!」


「うん、よろしくね! シヴァ君っ」


「クエクエッ、クエーーーッ!」


ペロリンも便乗するように挨拶をした。


「うわあっ!」


突然鳴いたペロリンから飛びすさるシヴァ君。


「あはは、すごい驚きよう……」


「す、すみません! 命のオンジンのティアラ様にむかってこんな失礼な態度……でも、まだちょっとペロリンは……」


「ああ……昨日の今日だもんね、仕方ないよ」


得体の知れない巨大な花に丸呑みされたら、そりゃトラウマにもなっちゃうよね。


「でもっ、せっかくティアラ様と一緒に暮らせるんですから! ペロリンとも仲良くなれるよう……が、頑張ります!」


シヴァ君はこわごわながらも手を出して、ペロリンを撫でようとした。


「ツーン……ッ」


「ちょっとペロリン!」


しかしペロリンの方は、シヴァ君を完全スルー。

二人(?)が和解(?)するのは、前途多難ぜんとたなんなようだ……。

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