11.初めて一緒に迎えた朝

「あー……あったかぁい」


温かいぬくもりに包まれながら、私は心地の良い眠りから覚めた。


「うーん、よく寝た……。……ん?」


しかし次の瞬間、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受け固まってしまう。


「えっ……ぐっ!?」


目の前に美しい容姿をした王子様が……そう、グラウス様が眠っていた。


――なぜか、私のことを抱き締めながら!


「うぁぁ……えぇぇぇ?」


あまりのショッキングな出来事に、思わず思考が停止する。


「な……ん? なんで、どうしてグラウス様が……」


私と一緒に寝てるの!? しかも、かなりの密着度……!


「えっとえっと……そうだ、とにかく!」


まず腕を振りほどかないと……このままじゃ、ドキドキしすぎて心臓が壊れるっ!


「うんしょ……っと……」


自分の腰に回るグラウス様の腕を、そっと引きがそうとした。


……が。


「……んん」


「え?」


「んー……ダメだ」


グラウス様は逆にぎゅうっと力を強め、その上――


「……離さない」


私の胸に顔をうずめてきた。


「っ!? ~~~~~っ……!!!」


私は声にならない悲鳴を上げた。

だってだって、私のライフはもう0ですっ……!


「ん……?」


するとグラウス様は薄く目を開け、私をゆっくりと見上げた。


「んー……?」


アイスブルーの瞳からはいつもの剣呑けんのんさが鳴りをひそめ、湖面のように穏やかだ。


「あぅあぅ……」


しかし、こちらの心境はといえば……ざんざか荒波が押し寄せている!!


「んーー…………」


まだ目の焦点しょうてんが定まってない。完全に寝惚ねぼけてる……。

グラウス様は私を抱き締めたまま、しばらく瞳を開けたり閉じたりしていた。


「ひ、いぃっ……」


それにしても――寝起きのグラウス様の色っぽさといったら……!

まっすぐな黒髪は乱れがちだが、それが逆に野性味を増して、普段よりもっとセクシーに見えた。

そして薄いシャツ一枚というラフさが身体の線を際立たせ……男性らしい色気がダダ漏れになっている。


「…………ああ」


ボーッとしていたグラウス様だったが、ようやくハッキリしたようだ。

グラウス様って、朝弱い?


「しまった……寝てしまったか」


「……ひゃうぅぅ……」


すっかりいつもの調子に戻ったグラウス様とは反対に、ずっと抱き締められている私は……言葉を発する気力もない。


「何をしなびた顔をしている」


誰のせい!?


「いやそれより、ペロリンの様子はどうだ!?」


グラウス様はやっと私を離して、ガバリと起き上がった。


「わあっ……!」


いきなり拘束を解かれ、嬉しいような寂しいような……。


「クエッ、キュエエッ!」


ペロリンはいつの間にか、元通りになっていた。


「はあっ……ふうううっ……!!」


私は激しく乱高下らんこうげする呼吸をととのえる。


「おい植木鉢、寝惚ねぼけてないでさっさとペロリンの様子を……」


寝惚ねぼけてませんっ! 寝惚ねぼけてたのはグラウス様の方でっ……って、ん? これは、湿布?」


ペロリンに白い湿布のようなものがベタベタと張りつけてあった。


「魔力を込めた札だ。有効がどうかはわからなかったが、できるだけペロリンが元気になるよう尽力じんりょくした」


「そこまでしなくても……時間が経てば、すっかり元通りになったと思いますよ。今までもそうでしたもん」


ペロリンはどんな衝撃を受けてもいくらしなびても、いつも自力で回復した。


「たとえそうだとしても、何もしないよりはマシだと思ってな」


わからないなりに一生懸命お世話をしてくれたんだ……グラウス様の優しさが嬉しい。


「ありがとうございます、グラウス様」


「貴様のためではない。ペロリンに何かあったら困るからな」


あ……グラウス様、さっきから……。


「……ふふふっ」


グラウス様のふとした変化に気づいて、私はもっと嬉しくなる。


「何がおかしい」


「だってグラウス様、いつの間にか『ペロリン』って名前で呼ぶようになってますよ」


「……う!」


ばつが悪そうに口元をおさえるグラウス様。


「ペロリンって名前、あんなに不服そうだったのに」


「不服は不服だ! ……しかし、いつまでもその花だのあの花だの言うのは不便だからな。名前で呼んだ方が都合がいいだろう」


いつも冷静なグラウス様にしては、早口でまくし立てた。

もしかして、照れ隠し……かな?


「なんだ、ジロジロと見るな! 鬱陶うっとうしいっ」


あはは、顔が少し赤くなってる……可愛い~!

怖い怖いと思ってたけど……意外とわかりやすい人、なのかも。


「ふふふっ……」


私がいつまでも笑っていると、グラウス様はジトっとした目でにらんできた。


「……ずいぶんと余裕な態度だな。昨日はあんなに人のことを怖がっていたくせに」


「え……こ、怖がってなんか……」


「ふん、とぼけても無駄だ。気づかないとでも思ったか」


「う……す、すみません」


私が素直に謝ると、グラウス様はさっと目をらした。


「別に……畏怖いふされるのには慣れている」


「でも……今は、そんなに怖くありませんよ」


「無理しなくていい」


「無理なんてしてませんってば。だって、なんだか少しずつわかってきましたから」


「何が?」


「グラウス様って、思ったより……可愛いんだなって!」


「なっ、かわっ!?」


あ、動揺してる……ホント、思ったよりわかりやすい。


「貴様のような小娘に可愛い扱いされるのは心外だ」


「小娘って……まあ、グラウス様にとっては17歳なんて……って、あれ? でもたしかグラウス様って……」


「22だ」


「全然若いじゃないですか! ……もっと年上に見えますけど」


「どうせ老け顔だと言いたいのだろう」


グラウス様はムッツリと眉根を寄せた。


「老け顔だなんてそんな……落ち着いてて大人っぽいと思っただけですよ。でも……ふふっ!」


「なんだ」


「そういうところが可愛いんですよ。老け顔かどうか気にするなんて」


「気にしてなど……! ……はあ、もういい。一生言ってろ」


「ふふふふふ」


笑い続ける私を見て、グラウス様はなんとも複雑な顔をした。


「よく笑うやつだ……まったく、調子の狂う」


グラウス様が肩にかかった黒髪を振り払い、ベッドから立ち上がった。


「あ、グラウス様……これからどうします? 実は私、お腹がペッコペコで……」


「なんともまあ、図々しいやつだな」


「いやー……あはは、でも生理現象には逆らえませんし」


「そうだな……ペロリンも苗床がえては具合が悪いだろうし」


「……なえどこ? って私のことですか!? それはちょっと……ひどくないですか?」


「ひどいも何も……俺にとって、貴様はペロリンの植木鉢以外の意味はない」


くううっ! なんだかちょっとだけイイ感じ、とか思ったのに……。

それこそ図々しいか……今は、グラウス様に煙たがられないだけマシだよね。


「とにかく何か食べませんか? 私、お料理なら得意ですよ」


「ほう、植木鉢が名コックとは……我ながら、いい拾い物をした」


「拾い物って! もう……わざとそういう言い方して、怒らせようとしてますよね? 可愛くないっ」


「ふん」


ふふふ、なんだかグラウス様の対処法が少しずつわかってきたかも。


「じゃあ私、何か作ります。台所、お借りしますね」


「いや……しかし、そろそろ来るはずだ」


「来る?」


一体誰が……っと、問いかけるまでもなく――


「おはようございます!」


突然、可愛らしい少年がドアを開けて飛び込んできた。

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