10.救いの手

私はおとずれるであろう、落下の衝撃に備えた……!


「あああああ~~~ぁ……」


が――


「……あ?」


「まったく、何をしているかと思えば……」



呆れ果てた声が頭上から聞こえ、驚く間もなくぐっと手首を掴まれた。


「えっ……!?」


「こんなところで道草か」


「ぐ、グラウス様……?」


え? え? なんで……!?


「植木鉢女、俺は大人しく部屋で待っていろと言ったはずだが」


「あっ、ごめんな……ひゃいっ!?」


腕を強く握られ、そのまま一気に上へ引き上げられた。


「う、わっ……」


「すぐに戻るだろうと待ってみたが……一向に帰ってくる気配もない」


「あ、それはその……」


「俺を待たせるとはいい度胸どきょうだ」


グラウス様は険しい表情で、私に顔を寄せてくる。


「って、近っ!」


木の上に並んで立ったせいで、自然と抱き締められる恰好かっこうになった。


「ワウワウ!」


ワンちゃんが嬉しそうに、私とグラウス様の足元へ絡みついてきた。


「いくら探してもいないから、逃げ出したのかと思ったぞ」


「にっ、逃げるなんてそんな……!」


アレクセイ様に助けを求めようとはしたけど……。


「まあ、逃げようとしても無駄だがな」


「え、それって……」


「貴様を手放すつもりはない」


「うっ……」


端整たんせいな顔で詰め寄られ、思わずドキッと胸が高鳴る。


「宝珠を取り戻すまでは、な」


ああ、宝珠……そうだった。

グラウス様の言い方って、いちいち思わせぶりだからつい勘違いしそうになる。


「そ、それより……ぐ、グラウス様、ち、近いですっ……!」


私は超絶美形王子との近距離にそろそろ耐えきれなくなって、もじもじと身をよじった。


「何? ……ああ」


「ああ? ああ……って」


「ふっ」


ん? いま一瞬、意地の悪い微笑みが……見えた、ような?


「まあ……こんなに狭い場所だからな、仕方あるまい」


そうからかうように言って、より一層顔を近づけてくる。


「ええっ!? 狭いって……にしても近すぎ……!」


「そうか? 暗くて、貴様の顔がよく見えないからな」


いやいや、そんなの嘘……絶対、わざとやってる!

私が恥ずかしがるのを面白がって……グラウス様って意地悪だ!


「わ、私がドキドキしてるの、わかっててやってますよね!?」


「いや、わからんな。何しろ俺は鈍感らしいからな、そうやってはっきり言ってもらわないと」


ええ、嘘! まだ根に持ってる!?

そんなに『鈍感』って言われたのイヤだったの!?


「ほう……なるほど、これが貴様のドキドキしてる顔か」


「う……ぬうぅ……」


顔がどんどん赤くなっていくのが自分でもわかる。

くうう、意識なんてしたくないのにぃ……。


これもそれも、グラウス様がこんなにイケメンすぎるのがいけないのよ!


たわむれはこのくらいにして……おい、植木鉢女」


気が済んだのか、グラウス様はすっと真顔に戻った。


「早く俺の質問に答えろ。なぜ、大人しく部屋で待っていなかった」


ええっ、今?

きちんと説明するには、時と場所が(あと圧倒あっとう的に体勢が)悪い!


「そ、そんなことより今はっ、下に魔物が……!」


「そんなこと、だと? 人に待ちぼうけを食わせておいて……まあいい。あとできっちり聞かせてもらうぞ」


グラウス様は眉をひそめ、木の下をうろつくガルムを一瞥いちべつした。


「ガルムか……」


「魔物なんて、こんな近くで初めて見ました」


「人の多い場所には現れんからな」


「グラウス様なら、魔法で一撃……ですかね?」


「……いや、無駄な殺生せっしょうは止めておこう」


「え?」


「こいつらの領域に無断で立ち入ったのは貴様だ。いなくなれば、退散するだろう」


「ああ……はい」


意外だ……無情なグラウス様なら、魔物なんてさくっと退治しちゃいそうなのに。


「それより、ペロ……この花はどうした? さっきから元気がないようだが……」


「え? ああ、それが……なんだかちょっと弱ってるみたいで」


ワンちゃんを丸呑みしようとして……と続けようとしたが、グラウス様は途端に血相けっそうを変えた。


「何っ!? それを早く言え!」


そうして私をひょいと抱き上げた。


「わあっ……また、お姫様抱っこ!」


「すぐに屋敷に戻るぞ!」


私の悲鳴を無視して、グラウス様は早口で言った。


「ワウンッ!」


ワンちゃんがまるでグラウス様に返事をするように鳴いて、私の腕へダイブしてきた。


「え? え? 戻るってどうやっ……」


グラウス様が突然、なんの前触れもなく――――空を飛んだ!


「てぇーーーーーっ!?」


身体に感じた強風と重力で、一瞬気を失いそうになる。


「……ん、わーーーっ!? うそうそっ、すごーーーいっ!!」


「耳元で叫ぶな! 大人しくしていればすぐに着く」


「だって空を飛んでるんですよ!? し、信じられなーーーいっ!」


「だから叫ぶな! うるさくて敵わん」


グラウス様は顔をしかめ、こちらを見ようともしない。


「静かに、なんて無理ですっ! 空を飛ぶなんて初めてなんですもん!!」


「キョロキョロしていると酔うぞ」


「だって、木があんなに小っちゃく見えて……!」


「……どうなっても知らんからな」


諦めたようにムッツリと黙り込むグラウス様。


「わああっ、すごい! 王都があんなに遠い~~~!」


「ワウワウーーーンッ!」


ハイテンションな私に呼応こおうするように、胸の中のワンちゃんがご機嫌で鳴いた。


「空を飛べちゃうなんて、グラウス様ってやっぱりすごい人なんですね!」


「……別にすごくない。魔法が使えるだけだ」


「まず、魔法を使えるだけですごいことなんですけど……」


暗闇にけるようになびくつややかな黒髪に見惚れていると、ぐにゃりと視界がゆがんだ。


「ん? わ……なんだか……急に、気持ち悪……く?」


「だから、静かにしてろと言っただろう。飛行魔法に慣れていないせいだ」


「う……す、すみませ……」


「いいから黙って目をつぶっていろ」


「は、は……い」


初めての飛行体験に大興奮したのも束の間――

私は急激な重力と浮遊感に耐えきれず、意識を失った……。

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