9.丸呑みワンちゃん

「あああああ! やっぱりーーー!! そんな気がしてた!」


「ギャウンッ! ウオーーーンッ!」


「わあああああっ! ワンちゃん、食べちゃダメえええっ!!」


慌ててペロリンの首(茎)を掴んで、ゆさゆさ揺さぶる。


「あっ、あとでなんか必ず食べさせてあげるから! 肉でも魚でも魔物でもたらふく!」


「ギャンギャンッ!」


ペロリンの中から、ますます悲痛な鳴き声が!


「うわあっ、ダメダメ! 絶対ダメ!!」


ペロリンを地面に叩きつけるが、ワンちゃんは一向に出てきそうにない。


「モッキュッ、モッキュッ」


「イヤーーーっ、可愛いワンちゃんが……! このままではペロリンにおいしくいただかれてしまう……っ!」


最悪の事態を想像した瞬間、ペロリン全体がピカッと光った。


「ンギュッ!? グッ、グエーッ! ウゲーーーッ!!」


ペロリンは慌てふためいて、ワンちゃんをぶぺっと吐き出した。


「わあっ!? アクロバティック!」


ジャンピングダイブして再びワンちゃんをキャッチすると、全身ヌルヌルにはなっているものの無傷だ。


「キャウーーーン!」


「ワンちゃん、大丈夫だった? ごめんね、うちのペロリンがっ」


タオルなどないので、エプロンドレスの前掛けで一生懸命ワンちゃんを綺麗に拭いてあげる。


「オゲー……ウエエエ」


ペロリンは地面にひれ伏して、なんだか苦しげにゲーゲー吐き出している。

あーあ……悪いことした罰ね。


「ワンちゃんすごいねー、強い子だねー! 見直しちゃったっ」


しかし見直すと言えば――


ペロリンってば……ちょっと見直した矢先にこれだよ!


「ワンちゃんのこと、助けてくれたと思ったのに……ただ食べたかっただけなのね!」


「ンペ? フ……フフーン♪」


知らんぷりしてとぼけるつもりだ。

ホンっト、見直して損した……。


「てか、ずいぶんとまあゲッソリして……。なんかいっぱい吐き出したけど、これ……何?」


地面に転がる丸いボールのようなものを拾い上げる。全部で3個あった。


「アッポー! アッポー!」


「アッポーって……アップル?」


七色に光る、リンゴ……のようだ。メッチャ怪しいけど、ツヤツヤ光り輝いて綺麗……ではある。


「これ、ホントにリンゴぉ……? 食べられるの~?」


なんにしろ、ペロリンが食べ物を吐き出すなんて初めてだ。


「クエッ! クエッ!」


よくわからないけど、胸を張ってオススメされているようだ。


「ペロリンに全力で勧められると、それはそれでものすごく怖いんだけど……」


「シュエッ! キエエッ!!」


失敬な! と言わんばかりにツルを振り回すペロリン。


「わかったわかった……とりあえず、持っていこ」


なんだかそのまま置いていくのも勿体ない気もするしね……。

私はリンゴをよく拭いてから、リュックに仕舞った。


「とと……こんなことしてる場合じゃなかった。じゃあね、ワンちゃん」


名残惜しいけど、可愛らしいワンちゃんとはここでお別れしなくっちゃ。


「私、急がないといけないんだ」


魔物じゃなくてよかったけど、こんなところでノロノロしてたら、いつまた何に出くわすかわかったもんじゃない。

それに、逃げ出したんだと思われないためにも、早くグラウス様に会って身の潔白けっぱくを証明しなきゃ!


「もう、罠なんかに引っかかっちゃダメだよ?」


「キューン、キュウーン……」


しかしワンちゃんは、クンクン鳴きながら私の後を付いてくる。


「あれれ……」


しばらく歩き続けても、ワンちゃんは私を追いかけてきた。


「うーん、付いてきちゃってる……どうしよっか? ペロリン」


「グェェェ……」


「あれ? どうしたの、ペロリン……」


ペロリンはいつの間にかくったりとして、私の頭へ帽子のようにへばり付いていた。


「もしかして……さっき、ゲーゲー吐いたせいで疲れちゃったの?」


「クェ……」


「もう~、すぐになんでもかんでも飲み込むからそうなるんだよ」


自業自得と思いつつ、ちょっと可哀想かな……。

まあとりあえず、ペロリンはそのうち復活するだろうから放っておくとして。


「ワウワウッ」


問題は、健気に私を追いかけてくるワンちゃんだ。


「うう、なんて可愛いのっ……でも、私は明日をも知れない身……!」


できれば飼ってあげたいけど……グラウス様のお屋敷、ペット可かなぁ……?


「クゥーン?」


いや、そもそもこの子……どこかの飼い犬っぽいよね。ネックレスみたいな首輪してるし。


「君、きっと御主人様がいるでしょう? そこへ帰った方がいいよ」


「ワゥーン……」


まさに捨てられた小犬のような目で見つめてくるワンちゃん。


「……くうっ! やっぱりこのまま放ってなんかおけないっ……」


「キャウーンッ♪」


私がかがみ込んだ瞬間、ワンちゃんは嬉しそうに飛びついてきた。

そのまま抱き上げると、私に鼻をメッチャ擦りつけてくる。

うふふ、かーわーいーいっ!


「おー、よちよち……可愛いね~」


頭におかしな花が咲いてるせいで、親しい友人はできなかったけど……不思議と動物には好かれた。


「とりあえず、飼い主さんが見つかるまで一緒にいよっか」


「キュウウン♪」


と、一歩踏み出した瞬間――


「グルルルッ……」


狼のような獣に、周りを囲まれているのに気づいた。


「ひえっ、お、狼……?」


「ガルルッ!」


ち、違う……獣じゃない!

たしか『ガルム』とかいう、犬の魔物だったはず……孤児院の教本で見たことがある。


「ガウウッ!」


腕の中でワンちゃんが勇敢にも、ガルムたちへ吠えかかった。


「ダメダメ、ワンちゃん! こ、こんなの、絶対勝てっこないって」


ワンちゃんをぎゅうっと抱きかかえ、一目散に走る私。


「とにかく逃げよう! 木の上に登ればなんとかなるはず……ほら、ワンちゃん先に登って……!!」


「キャウキャウッ!」


異を唱えるように鳴くワンちゃんを、木の枝へ無理やり押し上げた。


「ほらほら、もっと上に行って!」


「ガウウウウッ!」


続いて登ろうとする私のスカートに……ガルムが食いついてきた!


「ぎゃわーっ! ペロリン、助けてっ!」


「ガルッ!」


スカートに噛みつくガルムが、一匹二匹と増えていく。


「あわわっ……ペロリン、ホント今だけでいい! 一生のお願い! だから助けてっ!!」


「キュ……ウゥゥ」


「え……? ちょっと、まだ力が出ないの?」


ペロリンはエネルギー切れなのか、巨大化できないらしい!


「あーもうっ、肝心なときにぃ!」


「クエェェ……」


「嘘ーっ! もう……ダメ!」


木に必死でしがみつくが、ガルムがスカートをぐいぐい引っ張ってきて……そろそろ腕の力が限界だ!


「イヤーーーっ、このままじゃ食べられちゃう~!!」


「ワオオーーーーーンッ!」


ワンちゃんが一際大きく吠えた瞬間、私の手が木からずりっと離れた。


「きゃああああああああああっ!!」

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