8.追い詰められて

「うう……なんだって私がこんな目に……」


人気のない、真っ暗闇な森の中――

私はただ、ひたすらに歩いていた。



「このバケモノがっ! 二度と王都に入ってくるんじゃないよっ!」


「戻ってきたら、その花ごと燃やしてやるからな!」


「あぁんもうっ、逃げられちゃったぁん! せっかく、アレクセイ様に褒められるチャンスだったのに!!」



容赦なく浴びせられる人々の罵声ばせい(最後のはともかく)が、今も頭にこびりついて離れない。


「えぐえぐ、メッチャ怖かった……」


衛兵だけでなく住人総出で追いかけられた私は、なんとか追っ手を振り切って近くの森へ逃げ込んだものの……。


「……これから、どうしよう」


グラウス様と合流するべきなんだろうけど……でも、森の外へ出たら見つかってしまうかもしれない。


「ヤダヤダ、捕まったら絶対ペロリンごと退治されちゃう!」


にしても……アレクセイ様があんな風に豹変するなんて。


「まさか、あんな善良のカタマリみたいな人に殺されかけるとは……一体どんだけ、悲惨な人生なのよ」


人当たりもよくって親切で……王国騎士団の団長で、上流貴族なのに貧しい人々にも優しくって……。

まるで、本物の王子様みたいに優雅だったのに……やっぱり、ペロリンを見て平常心でいられる人なんていないんだ。


ますます絶望的な気分になって、夜道をトボトボ歩く私。


「はあ……お腹空いたなぁ。でも、リュックには何も入ってないし……」


今日は晩餐会の手伝いをしに来ただけだから、お金も食料も、ましてや着替えなんかもちろん持ってない。


「はああぁ……こうなったら、直接グラウス様のお屋敷へ行くしかないか……」


グラウス様のことは正直まだ怖いけど……でも、魔物として殺されちゃうよりマシだ。


「ていうかグラウス様、きっとものすごく怒ってるだろうなぁ……」


勝手に部屋からいなくなってたら、そりゃ逃げたと思われても仕方ないかもしれない。

今頃、絶対不機嫌なはず……はああぁ、ますます憂鬱だ。


「……にしても、ここ……どこぉ?」


一応、王宮を出る前にグラウス様からお屋敷の場所は教えてもらったのだが、メチャクチャに逃げ惑ったせいでよくわからなくなってしまった。


「フンフン、フフーン♪ フンフンフフーーン♪」


ペロリンは人の気も知らないで、ノンキに鼻歌(これぞ、まさに花歌!)なんぞ歌っている。


「ちょっとペロリン! 何、他人事のように歌ってんの!?」


言っても無駄だと知りつつ、ペロリンに愚痴るしかない今の私。


「これもそれも、ペロリンが人前でいきなり巨大化するから……!」


「モキュン?」


「……って、うん。まあ……今は、また縮んでるからいいけど」


大きくなったペロリンだったが、再び腕の中におさまるくらいのサイズまで縮こまっている。

どうも、巨大化を維持するのはペロリン的にもしんどいらしい。


「フモフモ、フモーンッ♪」


省エネのつもり(?)なのか、今は自力で浮かばず私に抱っこされている。


「そもそもペロリンが巨大化したのって、私のせいだしね……」


よく知りもしないのに、勝手に信用できると思い込んで……ペロリンのこと、アレクセイ様に打ち明けようとしたのが間違いだったんだ。


はあ……ホント、私って馬鹿……。


「しかもペロリンはすんでのところを、助けてくれたんだもんねっ」


「キエッ、キュエッ、フモフモーンッ!」


「ありがとう、ペロリン!」


ぎゅっと抱き締めると、ペロリンは思いっきり迷惑そうに身をよじる。


「クエッ!? ギエエッ!!」


そのとき、どこからかガサゴゾと何か動く物音が聞こえてきた。


「ひっ!?」


「ンゲッ!」


ペロリンをより強く抱き締め、その場で固まる私。


そ、そういえば、恐ろしい魔物が出る……っていう噂があるんだっけ、この森。

王族の魔力で守られている王都は安全が保証されている。が、しかし一歩外へ出れば……。

だから王都の人々も、森の中にまでは私を追ってこなかったのだ。


「はうう……もう、ホント勘弁……」


そ、そうだっ、歌でも歌おう!

ちょっとは怖さが紛れるかもしれない。


「私は花~ぁ……私は木ーぃっ!」


「ギョエッ!?」


「私は植物うぅ……私は大地~いぃ、私は自然んんーーーっ♪」


「ギエッ……グエェェェ」


適当な節をつけて歌っていると、ペロリンが苦しみだした。


「ちょっと、何その態度!?」


「ヴエエッ、オエエエッ!」


「さすがに失礼すぎない? 私が音痴だって言いたいの!?」


「ギュンギュン!!」


ものすごい勢いで首を振るペロリン。


「う……ま、まあ、聖歌を歌ってたらなぜか止められたけど……そんなにひどいかな?」


「ギュンギュンギュン!!!」


「あのね、そんな全力で首振ったらもげるよ。まったく……わかったわよ、そんなにイヤならもう歌わな……」


ガサガサガサッ!


「ぎゃーっ、出たーーー!」


さっきよりもっと大きい物音がして、思わずしゃがみ込んでしまった。


「いざとなったら、助けて! ねっ、ペロリン!!」


「クエッ!? キエッ! キュエキュエッ!!」


明らかに不平の声を上げるペロリン。


「ちょ……ペロリンだって、御主人様である私が魔物に食べられたら困るでしょ?」


「ブンブンッ! グルングルン!」


ますます全力で首を振り出した。

まるで、『お前なんか御主人様じゃない』と言わんばかりの態度だ。


「むーっ、ちゃっかり人の頭に寄生してるくせにっ! 私が死んで困るのは……」


「……キュウーン……クゥーン……」


すったもんだしていると、急にか細い声が聞こえてきた。


「ん? 何よ、ペロリン。突然、そんなしおらしい声出して……」


「ヌンヌンッ」


私が立ち止まるとペロリンはツルで、木の上を指し示した。


「へ?」


「キュウゥン……」


木を見上げると、そこにはなんと網にかかった小犬の姿が……。


「ああっ! いたいけなワンちゃんが罠にかかってるー!?」


「クフゥン……キュウゥゥン……」


木の上に吊り上げられたワンちゃんは切なげな声で鳴き、私を熱心に見つめてくる。


「なっ、なんてひどいっ……今、助けてあげるからね!」


張り切って木に登ろうとスカートをまくり上げた瞬間、ペロリンがまた巨大化した。


「キシャーーーッ!」


「えっ!? なになに!?」


鋭いトゲをすぱぱぱぱと飛ばし、木に引っかかっていた縄を切り裂くペロリン。


「わっ! わっ!? おおぉ~~……っと! よし、ナイスキャッチ!」


網ごと落下してきたワンちゃんを両手で抱きかかえると、可哀想に……プルプル震えている。


「おー、よしよし……もう大丈夫だからね~」


「クフゥーン……」


「うわぁ、モフモフ……柔らかぁい」


「キュウーンッ!」


銀色の美しい毛並みを優しく撫でてあげると、ワンちゃんは少し元気になった。


「ん? あれ……なんか今、光った?」


ワンちゃんを地面へ降ろして、足元で光ったものを拾う。


「何これ……ネックレス?」


光ったものの正体は、銀色のネックレスだった。細い鎖に小さな丸い宝石が付いている。


「ワウ! ワウウッ!」


ワンちゃんがまるで、それは自分のものだ! と主張するように吠えた。


「うふふ、ワンちゃんのなんだ? あーこれ、もしかして……首輪代わりかな?」


「キャンキャン!」


ネックレスを首に付けてあげると、ワンちゃんはとっても嬉しそうに鳴いた。


「あ、そうだ……ありがとね、ペロリン」


まさかペロリンがワンちゃんを助けてくれるなんて……。

意外といいところあるじゃない!


「ジュルリラ……」


感心して見上げると、ペロリンは凶悪なヨダレを口からダラダラと垂らしていた。


「んんっ……? 何、そのヨダレ……」


ボタボタ垂れてくるヨダレを避けつつ、ペロリンをワンちゃんから遠ざける。


「待って、なんか……イヤ~な予感がするんですけど……」


「グワアッ……アーーーン!」


予感的中!


ペロリンは大きく口を開いて、瞬く間にワンちゃんを吸い込んでしまった!

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